第六話 配送員の理屈
ナミはソファへ身体を沈めたまま天井を見上げている。
PROTOは無表情。
ヤクサは腕を組んでいた。
最初に口を開いたのはヤクサだった。
「一つ聞いていい?」
「どうぞ」
ナミが応える。
「なんで追いかけたの?」
ナミは瞬きをした。
「PR-0001をですか?」
「ええ」
ヤクサは頷く。
「襲撃された時点で警察案件よ」
「そうですね」
「追跡も警察の仕事」
「そうですね」
「倉庫への単独潜入なんて論外」
「そうですね」
返答だけ聞けば反省しているようにも聞こえる。
だがナミの表情はまったく変わっていなかった。
ヤクサは小さくため息を吐く。
「理解してないわね」
「してますよ?」
「してない顔してるわ」
ナミは少し考えた。
そして。
「届け先があったので」
当たり前のように答えた。
部屋が静かになる。
ヤクサが目を閉じた。
PROTOは数秒停止したように見えた。
「トドケサキ…」
ヤクサが復唱する。
「はい」
「それだけ?」
「それだけです」
ナミは首を傾げた。
逆に何かおかしいことを言っただろうか。
「荷物を預かった」
「届け先がある」
「途中で盗まれた」
「だから回収した」
「それだけです」
PROTOが端末へ何かを書き込む。
『行動理由を確認』
『配送責任感』
『合理性評価』
『著しく低い』
「ひどくない?」
ナミが抗議する。
PROTOは淡々と続けた。
『警察への引き継ぎが最適解です』
『追跡は不要』
『潜入は不要』
『交戦は不要』
「でも間に合わないじゃないですか」
ナミが言った。
PROTOが初めて沈黙する。
「待ってたら消えますよ」
ナミは続けた。
「警察が来る頃には車両も人も証拠も全部消えてる」
「そういう相手でした」
ヤクサがナミを見る。
軽口ではない。
本気でそう考えていたらしい。
「だから追ったの?」
「はい」
「一人で?」
「はい」
「仕事だったので」
また沈黙が落ちる。
PROTOが再び記録を取る。
『シガン・ナミ』
「はい」
『理解不能です』
「ありがとうございます」
『褒めていません』
横でヤクサが吹き出した。
堪えきれなかったらしい。
「相変わらずね」
「何がです?」
「そういうところ」
ナミには分からなかった。
本当に分からない。
ただ荷物を届けただけだ。
それだけの話だった。
その時だった。
部屋の外から足音が聞こえた。
ゆっくりとした足取り。
ヤクサの表情が少し変わった。
PROTOも視線を入口へ向ける。
ナミも振り返った。
一人の男が部屋へ入ってきた。
背筋の伸びた長身。
落ち着いた佇まい。
年齢は五十代半ばほどだろうか。
銀縁の眼鏡。
丁寧に整えられた髪。
軍人というよりは政治家。
あるいは大学教授のような雰囲気を纏っている。
彼が部屋へ入った瞬間、空気が変わった。
誰も説明しない。
それでも分かる。
この人物がこの場の中心なのだと。
男は穏やかに微笑んだ。
「夜分遅くにすまないね」
落ち着いた声だった。
ナミは思わず姿勢を正す。
男は彼女を見る。
そして静かに言った。
「ご苦労だった、シガン君」
独立公文書管理審査機構 第六課課長。
一条淡路守国光。
ナミが最も頭の上がらない人物の一人だった。




