第五話 記録に存在しないもの
ホログラムが切り替わる。
神京都全域の地図が消え、新たな情報が表示された。
ナミは眉をひそめる。
「これ何です?」
表示されているのは数字だった。
時刻。
座標。
通信記録。
認証情報。
大量のログ。
PROTOは端末を操作しながら答える。
『襲撃に使用された車両です』
「車両?」
『はい』
ホログラム上に複数の車両情報が浮かび上がる。
車種。
登録番号。
製造情報。
所有者。
そして。
次の瞬間。
その全てが赤色へ変わった。
「……あれ?」
ナミが首を傾げる。
「全部エラー?」
『エラーではありません』
PROTOは静かに答えた。
『存在しません』
部屋が静かになる。
ナミは数秒考え再度問う。
「存在しない?」
『はい』
「車両なのに?」
『車両です』
「走ってたのに?」
『走っていました』
「存在しないものが?」
『ええ、存在しません』
横でヤクサが額へ手を当てた。
PROTOはいつも通りだった。
ナミは頭を抱えた。
「分からない」
『正常な反応です』
PROTOが言う。
ホログラムが再び変化する。
今度は車両の映像。
海上道路。
倉庫街。
複数地点。
どれも襲撃に関与した車両だった。
『登録番号は全て実在しません』
PROTOが続ける。
『車体認証コードも存在しません』
「偽造?」
「そこまでは珍しくないわ」
「問題は別」
ヤクサが補足する。
PROTOが頷いた。
次の資料が表示される。
製造履歴。
流通履歴。
整備履歴。
全て空白だった。
『車両というものは必ず記録が残ります』
PROTOが言う。
『製造』
『輸送』
『販売』
『整備』
『廃棄』
『何らかの履歴が発生します」
ホログラム上の空白が拡大される。
『しかし今回の車両にはそれがありません』
「まるで」
ヤクサが静かに言った。
「あの時突然この世へ現れたみたいね」
ナミは嫌な気分になった。
そんな話があるだろうか。
車は勝手に生えてこない。
人間が作る。
組織が管理する。
記録が残る。
それが普通だった。
だが。
今目の前にある資料は違う。
存在していた。
確かに存在していた。
自分を襲った。
追跡した。
戦った。
それなのに。
記録には存在しない。
「PR-0001だけがイレギュラーじゃないってことですか」
ナミが言う。
PROTOは頷いた。
『そうです』
部屋が再び静かになる。
ヤクサも真剣な表情だった。
先ほどまでの軽口は消えている。
今ここにあるのは事実だけだった。
ナミはホログラムを見つめる。
PR-0001。
武装集団。
監視網の空白。
存在しない車両。
どれも一つの事件に繋がっている。
そして。
その全体像はまだ誰にも見えていない。
PROTOが端末を閉じた。
僅かな沈黙。
やがて彼女は静かに言った。
『ここから先は仮説になります』
ナミは顔を上げる。
PROTOの瞳がこちらを見ていた。
『今回の襲撃はPR-0001そのものが目的だった。』
『これはほぼ確定でしょう』
ヤクサが言う。
「ナミが狙われたわけじゃない」
『はい』
PROTOは答えた。
『襲撃対象はPR-0001です』
『しかし』
『PR-0001を配達していた人物が直接奪還に来た、相手は想定外だったと考えられます』
ナミは嫌な予感がした。
非常に嫌な予感だった。
PROTOは淡々と言った。
『現在、あなたは敵組織から強く認識されている可能性があります』
数秒の沈黙。
ナミは天井を見上げた。
「……帰りたい」
それが今の正直な感想だった。




