第三話 独立公文書管理審査機構
ヤクサの後ろを歩きながら、ナミは小さく欠伸を噛み殺した。
眠い。
とにかく眠い。
だが帰れない。
それだけは確定していた。
ラウンジを抜ける。
廊下の先には執務室。
会議室。
分析室。
観測室。
深夜にもかかわらず複数の部屋に灯りが点いていた。
人影も見える。
端末を操作している者。
資料を確認している者。
誰もが忙しそうだった。
ここは独立公文書管理審査機構(Independent Archives Review Authority)。
頭文字を取り通称IARA。
内閣府情報局の主幹組織である特殊行政機関である。
表向きには歴史資料や行政記録、公文書の保全と管理を行う組織として知られていた。
IARAは記録を管理するだけの組織ではない。
記録の中に埋もれた異常を発見し。
調査し。
必要であれば対処する。
大戦後の日本国において表から見えない場所で活動する組織だった。
そして。
ナミが所属する第六課は、そのIARAの中でも特に異色の部署である。
「相変わらず人使いが荒いなぁ……」
ナミはぼやいた。
「その発言、課長に聞かれたら怒られるわよ」
ヤクサが振り返らずに言う。
「課長もいるんですか?」
「いるわ」
「ですよね」
聞くまでもなかった。
この時間に課内が動いている時点で察していた。
今回の件はそれなりに大事になっているらしい。
廊下の突き当たり。
一枚の自動ドアが見えてくる。
その前でヤクサが立ち止まった。
「入るわよ」
ナミは視線を上げる。
ガラス越しに見える部屋。
中央には大型ホログラフテーブル。
壁一面の情報モニター。
複数の作業端末。
そして。
一人の少女がいた。
ナミは思わず足を止める。
何度見ても不思議な光景だった。
銀白色の長い髪。
淡い灰青色の瞳。
透き通るような白い肌。
年齢だけ見れば十代後半。
だが人間とは少し違う。
人形のように整い過ぎていた。
感情の変化もほとんど見えない。
静かな湖面のような存在感。
PROTOだった。
第六課所属。
だが厳密には人間ではない。
IARA内部でも特殊な立場にある存在だった。
PROTOは端末から視線を上げる。
そしてナミを見る。
『シガン・ナミ』
「はい」
『到着を確認しました』
「確認されました」
PROTOは数秒沈黙した。
そのままナミを見つめる。
『負傷は』
「軽傷です」
『睡眠不足は』
「重傷です」
横でヤクサが吹き出した。
PROTOは真顔のままだった。
『モニタリング結果と一致します』
「一致しなくていいです」
ナミはソファへ倒れ込む。
もう立っていたくなかった。
PROTOは気にした様子もない。
端末を操作する。
すると部屋中央のホログラムが起動した。
神京都の地図。
海上道路。
倉庫街。
そして。
PR-0001襲撃地点。
複数の地点が表示される。
図面を見たナミの表情から少しだけ疲労が消えた。
空気が変わる。
雑談の時間は終わった。
仕事の時間だった。
PROTOは静かに言う。
『シガン・ナミ』
「はい」
『今回の案件について報告をお願いします』
部屋の空気が引き締まる。
ヤクサもソファへ腰掛けた。
端末の記録準備が始まる。
ナミは姿勢を正し小さく息を吐いた。
長くなる。
本当に長くなる。
だが。
話さなければ始まらない。
「どこから話しましょうか」
PROTOは即答した。
『最初からお願いします』
ナミは天井を見上げる。
覚悟を決めた。




