New mission
お腹すいたな~~~~~
僕はゾンビのようにふらふらと体を引きずりながら、B区域へ出るための門へと続くメインストリートを歩いていた。エレベーターを降りた直後、僕はすぐに取り押さえられ、目隠しをされたままここへ連れて来られたのだ。
楽しそうに、無邪気に話している人々の声。そんなことができるのはA区域の人々くらいだろう。彼らはほとんど壁の外へ出たことがないのだから。富裕層と貧困層の社会格差は、その壁によって隔てられている。
通りを歩いていると、小学生くらいの少女たちの集団が勢いよく僕にぶつかってきた。
「いたっ、ごめんなさい!」
少女は顔を上げて僕を見た。僕も「気にしないで」と言うように微笑み返した。
「ねえ、早く来て! 焼き肉に間に合わなくなるよ!」
少女の友達が呼びかける。少女はもう一度頭を下げて謝ると、友達のもとへ走って行った。
「あのお兄さん、すごく変な格好してるね。恥ずかしくないのかな?」
「うんうん。それに大きな剣まで持ってるし、怖いよね」
少女たちはひそひそ話していたが、プライムとして鋭い感覚を持つ僕にははっきりと聞こえていた。
体にぴったりとしたボディスーツを着ている僕は、ファッションに敏感な金持ちたちにはかなり奇妙に見えるのだろう。でも僕は見た目よりも実用性重視だから、クローゼットの中はボディスーツだらけだ。それに布で包んだ大剣も背負っているが、持ち続けているうちにその重さすら軽く感じるようになっていた。
そのままさらに二時間ほど歩き、ようやくB区域への門に到着した。歩きながらずっと建物を眺めていたが、ここから門の向こうを見ると、A区域に比べてかなり老朽化し、あまり近代的ではない建物が目に入る。それでもなぜか安心感があった。
「本人確認が完了しました。B区域へようこそ」
女性職員が丁寧な口調で声をかけてきた。
僕は軽く体を伸ばしながら区域の時計塔で時間を確認した。現在13時47分。しかもメジャー・エクスパンションもすでに落ち着いているようだ。今のところやることはない……さて、どこへ行こうか。
諸葛亮のように顎を撫でながら考え込む。部屋へ戻って寝るか、それとも遊びに行くか。しかし中身が入っているのかも分からないほど軽い財布を思い出した。
「やっぱり……アリアさんの店に行こう」
アリアさんの店は大通りの交差点から少し入った場所にある。彼女は僕にとって家族のように感じられる唯一の女性だ。
彼女の店の名前はエデンマギアス。近所ではかなり有名な二階建てのカフェだった。
チリン――。
聞き慣れたベルの音が響く。
「いらっしゃいませ~。ご注文は何になさいますか?」
アリアさんの美しい声が聞こえた。幸い今は店内に客がおらず、僕はVIPになった気分だった。
彼女は僕と同じくらいの背丈で、長いブロンドの髪をきちんとまとめている。赤いチェリー柄のパステルブラウンのエプロンを着け、その下には裾がほとんど床まで届く淡い緑色のドレスを着ていた。
「ココナッツケーキとミディアムローストのラテをお願いします」
「あらあら、シトだったのね」
僕の声を聞いた瞬間、彼女はカウンターから顔を出した。そしてすぐに駆け寄り、僕を抱きしめる。息ができなくなるほどだった。
それに大きな胸が押し付けられて、本当に窒息しそうだった。
「無事だったのね。何かあったんじゃないかって心配してたのよ」
「あぐっ……あ、アリアさん……息が……」
僕はケーキを食べながら、これまでの出来事を詳しく話した。彼女はとても心配してくれて、もっと気を付けるようにと言った。
「えっと、アリアさん。僕もう十八歳ですよ。そんなふうに抱きしめなくても……」
「あら。でも私にはまだ十歳の子供みたいに見えるのよ」
そこじゃないんだって。
一番危険なのはあの大きな胸の方だ。あれは本当に危険だ。まるでロードクラスのメジャーが二体いるようなものだ。
そう思った僕はすぐにコーヒーを飲んでその考えを追い払った。
「そういえば、任務報酬は受け取ったの?」
「あっ……忘れてました。あの会社に何日も捕まってたせいで完全に」
やっぱりだ。財布が空っぽなわけだ。
完全に忘れていた。
とはいえ、その金を受け取るにはC区域へ行かなければならない。そこには軍の基地やプライム、そしてメジャーから壁を守る企業が集まっている。
「アリアさん、ケーキをもう一つお願いします。お金は後で払いますから」
「いいのよ。サービスだから。無事に帰ってきてくれただけで嬉しいわ」
チリン――。
ベルが鳴り、旅行客らしい新しい客が入ってきた。
会話はそこで終わりになった。アリアさんは笑顔で客の対応へ向かう。
僕もエネルギーを蓄えなければならないので、二つのケーキをがつがつと平らげた。
その日の夕方、僕は福利厚生で無料利用できる旅客鉄道に乗り、C区域へ向かった。
18時11分
B区域―C区域連絡列車
NEX Rail 05
電磁レールのかすかな唸りが半透明の車内に一定のリズムで響いている。
冷房で冷えた長い座席に腰を下ろし、僕は左側に座って窓の景色を眺めていた。
街が少しずつ光り始める様子がゆっくりと流れていく。
B区域は次第に遠ざかり、壁によって遮られていった。
列車はB区域の壁を貫くトンネルへと入る。
ほんの一瞬でトンネルを抜ける。
人であふれていた街は、崩壊した廃墟と自然に侵食された世界へ変わっていた。
ここは新人プライムたちがC区域の壁外という地獄へ出る前に訓練を受ける場所だ。
数分後、豊かな森林地帯が広がるC区域へ入った。
僕は引き寄せられるように窓の外を見つめる。
沈みゆく夕日。
人影のない暗い森。
漂う霧。
どこか物寂しい雰囲気。
僕は自分の中のマナを蓄えていたあの場所を思い出した。
「なんだか似てるな……」
そう呟きながら冷たい窓に額を当てる。
終点まではまだかなり時間がかかる。
僕は窓の外の寂しい景色を見続けているうちに、いつの間にか眠ってしまった……。
「終点、C区域防壁駅に到着しました。ご乗車ありがとうございました。皆様の安全をお祈りします」
AIアナウンスと同時にドアが開いた。
僕はその声で目を覚ました。
冷たい空気が一気に流れ込む。
急いで席を立ち、列車を降りると、そこには見慣れた空気があった。
混乱。
緊張。
重圧。
ここでは一秒一秒が貴重だ。
僕は急いで駅を出て、報酬を受け取るため司令センターへ向かった。
階段を下りながらも、僕は振り返ってアーカー・アクセルタワーを見上げた。
A区域の中心に建つ、最も高い建物だ。
その頂上には、僕には何なのか分からないものが存在している。
それは強烈な光を放っていた。
C区域にいる僕からは百キロ近く離れているはずなのに、その光ははっきり見える。
見れば見るほど不思議だった。
あの光から放たれるエネルギーはマナだ。
だが濃度があまりにも高い。
いったい何なのだろう。
冷たい風が体に当たり、まだ行くべき場所があることを思い出す。
僕は階段を急いで駆け下りた。
最終列車に間に合わなくなってしまう。
その建物は高層で、中は物語に出てくるギルドのような場所だった。
職員が任務を斡旋し、回収品を買い取ってくれる。
さらに任務や状況を表示する巨大スクリーンも設置されていた。
「ようこそ。身分証をご提示ください」
女性職員が愛想よく迎えてくれた。
僕はぴったりしたズボンのポケットから身分証を取り出した。
「どうぞ」
彼女はそれを確認機へ通した。
「本人確認が完了しました。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「緊急任務、メジャー・エクスパンションの報酬を受け取りに来ました」
「承知しました。少々お待ちください。スコード番号をお願いします」
「4です」
女性職員はしばらくキーボードを打ち込んだ後、金額を表示した。
「緊急任務報酬25万クレジットです。銀行口座へ送金なさいますか?」
「お願いします」
その金額を聞いた瞬間、胸が躍った。
アリアさんの店のケーキを全部買い占められるほどの金額だ。
だが、その金額と引き換えにしたものを思えば……。
ぼんやりしていると、職員の端末に通信が入った。
彼女は応答した後、驚いた顔でこちらを見る。
「えっと、お客様。司令官がお会いしたいそうです」
「はぁ!? 僕がですか!?」
気付けば額から汗が流れていた。
さっきまでぼんやりしていたのに、今は心臓が激しく脈打っている。
司令官はプライムよりも高い立場にあり、作戦を立案し、下位プライム部隊を指揮できる存在だ。
分かりやすく言えば、僕が兵士で彼が将軍だ。
そんな人物から個人的に呼び出されるなど、ろくな話ではない気がした。
「私がご案内します」
女性職員はカウンターを出て、僕を建物の最上階へ案内した。
エレベーターが開くと、全面ガラス張りの広い部屋が現れる。
だが僕が注目したのは景色ではなく、一人の大柄な男だった。
黒い制服。
短い濃茶色の髪。
どうやら僕を待っていたらしい。
正直、こういう人は苦手だ。
「君がシトだな」
若い司令官の低い声に骨まで震えた。
「まずは座りたまえ」
机の前には金属製の椅子が置かれていた。
僕は腰を下ろし、必死に落ち着こうとする。
「し、司令官が僕にご用でしょうか」
「ああ。新しい任務がある」
ふぅ……。
その言葉を聞いて大きく息を吐く。
どうやら何か失敗したわけではなかったらしい。
「ピュニック社から君のデータを受け取った。今後、君は試作型プライムの一人として扱われる。政府としても、その能力を見極めたいと考えている」
「ああ、その件ですか。だから呼ばれたんですね」
「その通りだ。結果を出せば政府からの支援も受けられる」
「それで、任務内容は?」
その瞬間、部屋中の窓を覆うカーテンが降り、室内が暗くなった。
そしてホログラム映像が目の前に映し出される。
「ここ数週間、調査チームと気象局からメジャーの行動について報告が上がっている」
司令官は説明を続けた。
低級メジャーが大規模な群れを形成していること。
海岸沿いの廃都市で高熱源や高濃度放射線が観測されていること。
それらは大量のメジャーが集結している証拠だった。
さらにタイラントクラスのメジャーも海岸線へ移動し始めている。
理由は分からない。
だが、メジャーの行動が人類に利益をもたらすことはないだろう。
「以上の理由から、政府は君を含む九つのプライムチームを調査任務に派遣する。明日朝七時、インターミナス号に乗艦しろ。今日は装備の準備をして待機だ」
「了解しました」
「期待しているぞ」
「全力を尽くします」
「よし、下がれ」
僕は立ち上がり、エレベーターへ向かった。
「私の名はマーティンだ。生きて帰って来られたら、また会おう」
その言葉を最後にエレベーターの扉が閉まる。
胸の高鳴りが再び戻ってきた。
今度こそ、チームの足を引っ張るわけにはいかない……。
“Suspicious Mecher Mission”
タイプ:メジャーの不審行動の調査および確認
平均生存率(新人):42%
備考:新人プライム・シトへの直接指名任務。拒否不可
その後まもなく、司令官の部屋に新たな来訪者が現れた。
彼女は若き女性プライム。
卓越したアルティメットスキルを持ち、所属スコードは次代の勇者候補と呼ばれていた。
「アイリス、報告に参りました」
「座りたまえ」
「了解しました」
「今回は君たち勇者スコードに新たな任務を与える。政府直轄任務だ」
司令官マーティンはいつものように任務内容を説明し、さらにシトのことについても話した。
シトの名前を聞いた瞬間、冷静な少女の表情がわずかに揺らぐ。
彼女はかつてシトの幼なじみだった。
しかし、あまり良くない事情によって二人は離れ離れになったのだ。
「なぜ彼がこの任務に選ばれたのですか? 彼はまだ新人アタッカーでしょう?」
マーティンは極秘資料のファイルを持ち上げた。
「機密レベル4だ。私の権限では断片的な情報しか得られない。今はまだ全てを話せない」
「ですが、この任務は新人プライムの生存率が極めて低いはずです」
マーティンは一枚だけの資料を見つめた。
「新人の限界を超える能力試験。鋭敏な感覚。興味深い技能……だが効率性に欠ける」
アイリスは少し驚いたが、表情は変えなかった。
「なるほど……政府からの直接任務ということですね」
マーティンは黙ったまま椅子を回し、アイリスから視線を外した。
その沈黙だけで彼女は全てを理解する。
「分かりました。私のスコードで引き受けます」
そう言うとアイリスはエレベーターへ向かった。
だが扉が閉じた瞬間、抑えていた感情が表に現れる。
彼女はエレベーターのガラス越しに見える軍事区域と、C区域を埋め尽くす灯りを見つめながらため息をついた。
過去の記憶の残像が、彼女の脳裏で静かに重なっていた。




