Heroic squad
チリン……チリン……
昨夜セットしておいた目覚まし時計の音が鳴る。僕はバトルスーツを身に着け、必要な装備を詰め込んだバッグを肩に掛けた。
バッグの中には銃、弾薬、通信機器しか入っていない。
プライム――つまりマナを扱える人間である僕は、食事を摂る必要がない。食べたいと感じるから食べるだけだ。
だから荷造りはとても簡単だった。
月額三千クレジットの安アパートを出ると、僕は暇な時によく通うお気に入りの場所へ向かった。
アリアさんのカフェだ。
歩道をまっすぐ進み、何度か曲がって交差点を渡れば彼女の店に着く。
「あら~、シトくんじゃない。おはよう。今日は早いのね、まだ開店準備も終わってないのよ」
アリアさんは色鮮やかな花を抱え、カフェの前に植えていた。
「おはようございます。今日は任務があるので……少し早く来ました」
「まだ朝の五時よ。何か食べていきなさいな。サービスしてあげるわ」
無料という言葉を聞いた瞬間、僕は魔法にかかったように無意識のうちに店へ入っていた。
彼女は奥へ向かい、僕の大好物のココナッツケーキとピーチティーを持ってきてくれた。
朝にピーチティーを飲むと気分がすっきりするらしい。
「今回の任務、たぶん長くなりそうなんです。何日も来られないかもしれません」
僕はケーキをもぐもぐ食べながら言った。
「そうなの。調査任務かしら?」
「どうして分かったんですか?」
「もう、こう見えて私だって大人なんだから。それくらい分かるわよ」
彼女はなぜか誇らしげな顔をした。
「でも司令官の話だと、今回は調査と確認が目的でも、どんな状況でも戦闘できるよう準備しておけって……」
僕が説明すると、彼女の表情は曇った。
心配してくれているのだろう。
「シト、その任務……行かないという選択はできないの?」
彼女の声色が変わった。
「どうしてですか?」
「あなたが想像しているより危険だからよ」
「ははっ、そのことですか。大丈夫ですよ。今回はたくさんのプライムチームもいますし、それに僕も前より強くなりましたから」
僕は笑いながら少しだけ力こぶを作って見せた。
少しでも彼女を安心させたかった。
「そう……。それなら気を付けるのよ」
「はい」
僕は大きな一口でケーキを飲み込みながら時計を見る。
急いで列車に乗らないと間に合わない。
店を出る僕を見送るアリアさんの視線が、どれほど悲しげで不穏だったのか。
その時の僕は知る由もなかった。
彼女はいったい何を考えていたのだろう。
ゴォォン……
約一時間かけて、僕はC区域の防壁へ到着した。
他の防壁よりもさらに傷みが激しい。
コンクリートと鋼鉄が融合した厚さ五十メートルを超える巨大構造物。
外にある地獄を食い止めるための壁だ。
門を抜けて反対側へ出ると、そこには広大な軍事区域が広がっていた。
そのさらに先には、遥か昔に滅んだ文明の廃墟しか存在しない。
僕は急いで発着場へ向かう。
すると七隻のインターミナスが待機していた。
エンジン音が遠くから響いてくる。
僕は無数のプライムたちが整列しているステージ前へ向かった。
上空を飛び交う浮遊艇の燃料の匂いが、集合広場全体に漂っている。
人混みを見ると、僕は自然と他人の後ろへ隠れるように歩いてしまう。
しばらくすると司令官が壇上へ上がった。
年齢はそれなりだが、体格は今なお逞しい。
司令官たちはみんな同じ体型にでも育てられているのだろうか。
「皆さん、おはようございます。モニターでお伝えした通り、状況は把握していると思います。それでは今後の作戦について説明します……」
全部聞くと長くなるので簡単にまとめる。
今回参加するプライムは七チーム、計三十二名。
戦略部門の判断によってチーム編成が行われた。
司令官の説明が終わると、各自が指定されたチームへ向かう。
腕輪型端末の画面にチームメンバーが表示されていた。
僕のチームは――
アリス・レッドアイズ
アルベルト・ヴァギリアン
シト
ミア
上の二人は名字からしてA区域の名家出身だろう。
僕はあまり身分制度には興味がない。
もともと孤児だったし――いや、子供時代の記憶自体がない。
気付いた時にはアリアさんの店の前をふらふら歩いていた。
あの日のことは今でも覚えている。
冷たい雨に打たれ震えていた僕に、彼女は温もりを与えてくれた。
僕にとって彼女は母親のような存在だ。
そういえば、アリアさんにも名字があった気がする。
なぜ今まで知らなかったのだろう。
帰ったら聞いてみよう。
その時、一人の人物が声をかけてきた。
腰まで届く赤髪の少女。
一般的なプライムのマントより高級そうな外套を羽織り、背中にはスナイパーライフルを背負っている。
さらにもう一人。
僕と同年代くらいの青年だった。
少しだけ僕より背が高く、毛先が青みがかった白銀色の髪。
アタッカー剣士クラス用の外套を身にまとい、腰には長剣を提げている。
見ただけで分かる。
二人とも間違いなくお坊ちゃんお嬢様だ。
しかもプライムとしても昇格間近だろう。
プライムのクラス昇格は、体内マナが一定量を超えると発生する。
例えばアタッカークラスなら、昇格後はデストロイヤークラスになる。
あの日から増え続けている僕のマナ量でも、まだこの二人には及ばない。
今回こそチームの足を引っ張らなければいいのだが。
「おい! お前、何ぼーっとしてるんだよ」
「あ、ごめん」
「アリス、もう少し言い方を考えろよ。まだ会ったばかりなんだから」
「分かってるってばー」
彼女は聞き流すような態度を取った。
「すみません。僕たち同じチームですよね?」
「はい。僕はシトです。よろしくお願いします」
少し緊張しながら手を差し出した。
「こちらこそよろしく。僕はアインです。それで彼女がアリス。友人が失礼しました」
彼は苦笑した。
「このバカー! 私そこまで失礼じゃないでしょ!」
赤髪の少女がアインの背中を叩く。
「ははっ、仲が良いんですね」
「幼なじみなんです。家の当主から彼女の面倒を見るよう頼まれてまして」
「子供扱いしないでよ。でもよろしくね」
「あ、うん。よろしく」
「ほら、ちゃんとできるじゃん。なのにどうして普段は――」
言い終わる前に二人は犬猿の仲のように喧嘩を始めた。
その時、最後のチームメンバーが姿を現した。
「あ、あの……皆さん、第4チームの方ですか?」
僕と同じくらいの背丈の少女。
ややふくよかな体型で、僕と同じタイプの外套を着ている。
背中には体と同じくらい大きな盾。
間違いなくディフェンダーだ。
これでチーム全員が揃った。
「私はミアです。よろしくお願いします。あまり強くないんですけど、一生懸命頑張ります……」
彼女は僕以上に緊張しているようだった。
他チームとの共同任務に慣れていないのだろう。
見ていると、プライムになったばかりの頃の自分を思い出す。
「そんなに緊張しなくていいよ。僕もそんなにすごくないから。よろしくね、ミア」
「シ、シトさん! よろしくお願いします!」
その後、アインとアリスも自己紹介をした。
だがミアは貴族出身の二人にかなり緊張しているようで、僕と話していた時よりさらに落ち着きがなかった。
「さて、せっかくだから能力を共有しよう。まず僕は近接アタッカーだ」
アインは模様入りの剣を抜いて見せた。
「私はサポーター! メイン武器はAWSスナイパーライフル。必要ならGlock19も使うわ!」
アリスは可愛らしく装飾された銃を誇らしげに見せた。
「僕はアタッカーです。主武装はMP5。サブがGlock19。それと使い捨ての光剣です」
「わ、私は……いえ、私は家伝の光剣を使います。あっ、その前に言わなきゃ。私はディフェンダーです。盾と剣がメインで、Bolter Pistolも使います」
彼女はかなりどもっていた。
だが新人にしては装備がかなり良い。
高出力の光剣。
由緒ありそうなアダマンティウム製の盾。
さらに高価なBolter Pistolまで持っている。
今のところ装備だけなら彼女が一番豪華だった。
「ははは、大丈夫だよミアさん。もっと気楽に話していいから」
「は、はい~~!」
「本当に装備が充実してるわね。まるで戦争しに行くみたい」
アリスは突然ミアに抱きついた。
ミアは顔を真っ赤にする。
「アリスさん、距離感近すぎませんか? ははは」
僕だって突然そんなことをされたら困るだろう。
チームメンバーたちが無邪気に笑い合う姿を見ていると、過去の記憶が目の前の光景と重なった。
そんな中、二人の女性が壇上へ上がった。
そのうちの一人の顔を見た瞬間、僕の笑顔は消えた。
なぜ彼女がここにいるんだ。
アイリス。
「皆さん、こちらへ注目してください――」
司令官が大きな声で呼びかける。
壇上の二人は合同部隊の指揮官だった。
一人は短い金髪の女性。
上半身を覆う外套に、白い太腿が見えるほど短いスカート。
星形のイヤリング。
柔らかさと鋭さを併せ持つ眼差し。
彼女はエニグマ。
ベータライン・インダストリー所属、World Eatersスコードの隊長だ。
試作型プライムとして知られ、新人ながらデストロイヤークラスへ昇格済み。
広域殲滅能力では新人層最強と噂されている。
さらにアルティメットスキルの解放者でもあった。
そしてもう一人。
この人については誰よりもよく知っている。
アイリス。
均整の取れた細身の体。
腰まで届く黒髪。
氷の刃のように鋭い瞳。
新世代の中でも最も注目される天才。
わずか二年で専用クラス「勇者」へ到達した唯一の存在だ。
驚異的な速度だった。
さらに彼女はStarlink社から直接招待されたプライムでもある。
女神のような美貌も相まって、今や強さと人気を兼ね備えた新世代のアイドルとなっていた。
戦場の士気を高める存在。
だが僕は祈っていた。
どうか彼女が僕たちの部隊長ではありませんように。
なぜなら、僕が嫌うものが彼女のチームにいるからだ。
「わああっ! アイリス様だぁ!! 連絡先聞きたいなぁ~。そう思いませんか、シトさん?」
「うーん……震えるほど欲しいね」
僕は無表情で答えた。
「あれぇ?」
ミアは困惑した顔をした。
私の名前を呼ぶ歓声が響く。
それだけで胸が満たされる。
今回の任務も必ず成功させるつもりだ。
その時、視界の端に一人の青年が映った。
少し高めの身長。
整った黒髪。
どこか無邪気な瞳。
そう――シトだ。
少し背が伸びたみたいね。
彼がチームを去ってから、もう一年以上が経っている。
ユニオンとStarlinkの契約によってアレックスが加入し、その代わりに彼は外された。
私自身が署名した。
残酷だったかもしれない。
でも、それは彼を守るためだった。
この先の任務はもっと危険になる。
私はただ彼に生きていてほしかっただけ。
それなのに……
どうしてこの任務を受けたの?
できることなら彼の指揮官になって、ずっと見守っていたかった……。
しかし運命はシトに味方した。
彼の部隊長はエニグマになった。
それを知って彼は少し安心する。
だがアイリスにとっては悔しい結果だった。
名前が発表された瞬間、彼女の眉がわずかに動く。
それでも冷静で落ち着いた態度は崩さなかった。
「積乱雲は南東へ移動し、小規模なサイクロンへ発達しています――」
ある基地のテレビから女性キャスターの声が流れる。
プライムや兵士たちは天気予報に注目していた。
「気象観測班は、原因不明の高温気団が海上で発生していることを確認しました……まるで海底で何かが突然噴出したかのように――」




