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第8話 「暗雲低迷」――腐った罪と甘味な毒


村に足を踏み入れた瞬間から、空気が腐っていた。

鉄と煙と、生臭い甘さ。

焼けた木の匂いに混じって、「まだ終わってない」って匂いがする。


アクラは剣を握り、血の跡を追うみたいに奥へ進んだ。

壊れた家の隙間、倒れた柵の影、黒く濡れた地面。視線が引っかかった。


逃げ惑う村人たちが、奥から這うように出てきている。

泣き声も、叫び声も、もう喉が枯れて出ないやつらの顔。


その先にいた。

物騒な武器を持った集団。


手には血。

袋の中に、頭。

刃にはまだ温度が残ってるみたいに赤黒い。


(見つかるのも時間の問題だ)


アクラが息を殺した、その瞬間——


「おらァァァ!!」

背後から、獣みたいな怒声が突き刺さった。

振り返る暇もない。

バロロがもう敵の塊へ突進していた。

でかい体が地面を蹴る音が、村の静けさを粉砕する。


「ま、待て! 無茶だ!!」

「ハッ! 舐めんなよアクラァ!!」

次の瞬間。

ドンッ!!

爆発音が鳴り、空気がひっくり返った。

砂埃と血しぶきと木片が舞い、目の前が白く霞む。


「——っ、今の……」

「……“爆”属性……ですね……」

ひ弱なツヴァイの声が、震えてるのに妙に冷静だった。

「あ? 爆属性?」

「えっ。し、知らないんですか?爆発を起こすタイプの属性で…」

アクラは舌打ちして剣を握り直す。

「と、とにかく加勢するぞ!!」


バロロが暴れたおかげで、近くにいた武装集団は一瞬だけ怯んだ。

——怯んだ、ように見えた。


でも、次に見えた目で分かる。

こいつら、もう“人”じゃない。


目が獣みたいに濁ってるとか、そういうレベルじゃない。

生物の中にある悪意だけを煮詰めて詰め込んだみたいな、見た瞬間に胃が拒否反応を起こす目。


「ハァ……ハァ……!」

バロロが肩で息をして、拳を構えたまま叫ぶ。

「こいつら、一体どうなってる!?

普通ならもうくたばってるはずだろ!!」


それもそのはずだった。

四肢がそげ落ちたやつが動いている。

腹が裂けて、内臓が覗いてるやつが笑っている。

痛みを知らない肉の塊が、武器を振り上げてくる。



——その油断を、敵は見逃さなかった。

「ゲハハハハァ!!」

耳障りな笑い声。

「て、てめぇら!! いきなり襲いかかってきやがってェ!だが見逃してやんよ——」

武装した男が、すっと横に滑るように動いた。

次の瞬間、ツヴァイの首元に刃が当たっていた。


「ひぃぃぃぃっっ……!」

「ツヴァイ先輩っ!」

ジャックの声が裏返る。

「チィ……!」

バロロが歯噛みする。


敵兵がツヴァイを盾にして、唾を飛ばしながら叫んだ。

「今すぐ武器を置いて俺らに従えば命は見逃してやる!さもなくば——こいつは終わりだ!!」


ツヴァイは震えながら、涙でぐちゃぐちゃの顔で叫んだ。

「ああぁぁ……! ご、ごめんなさいごめんなさい!許してください! 帰ったらこんな仕事やめますぅ!夢もお金もあげますだから見逃してください!!!」

泣きじゃくる。声が裏返る。鼻水まで出てる。


敵兵が眉をひそめた。

「……なんだこいつ。気持ちわりぃな……」


アクラが舌打ちする。

「ど、どうすればいい!? バロロ!」

バロロの拳が震えてる。

突っ込めばツヴァイが死ぬ。

引けば、全員が狩られる。

「くっ……こうなったら——」


次の瞬間。

ズバンッ。

乾いた音がして、敵兵の頭が——弾けた。

一拍遅れて、血と骨が飛び散る。

刃物じゃない。

“撃ち抜かれて破裂した”みたいに。


「ひええ……?」

ツヴァイが声にならない声を出して、へたり込む。

「落ち着いて! 大丈夫だから!!」

ジャックが走り寄って、ツヴァイの肩を抱えた。

声は震えてるのに、手は止まらない。


「ツヴァイ先輩、怪我はない?」

「は、はいぃぃっ……!」

アクラが、視線を上げる。


——矢。

敵兵の頭の残骸から、一本の矢が突き出ていた。

そして、その矢はまだ。

ビリビリ……と、青白く鳴っていた。


雷属性。


ジャックの弓矢に、雷が噛みついたまま放電している。

「す、すっげええ!」

バロロが目を見開く。

「今だっ!」

アクラが叫んだ。

怯んだ敵に、もう猶予はない。

バロロが爆ぜるように距離を詰め、残った連中を潰す。

アクラが斬る。

ジャックが矢を放つ。

ツヴァイは震えながらも、必死に距離を取って叫ぶ。


「き、来ます! 右から……っ!」

獣の目の集団は、最後まで“人”の顔を取り戻さなかった。

倒れても倒れても、しつこく動いて、最後はようやく——糸が切れたみたいに崩れ落ちた。


静けさが戻る。

村の奥から、風が吹く。

焼けた木と血の匂いが、遅れて鼻に刺さる。

アクラは息を吐いた。


……勝った。

勝った、はずなのに。

胸の奥の糸が、嫌な感じで張りつめたままだった。


(こいつら、ただの武装派じゃねぇ)

倒れた肉の中に、まだ“何か”が残ってる気がする。

村の奥の暗がりが、口を開けて待ってるみたいに。


バロロが、血のついた拳を握り直して言った。

「……奥行くぞ。まだ終わってねぇ。こんなの“前菜”だ」

アクラは剣を持ち上げる。

ジャックは矢をつがえる。

ツヴァイは泣き顔のまま、必死に頷いた。

そして四人は、村の奥へ進んだ。


村の奥へ進むほど、空気が重くなる。

焼け焦げと血の匂いに、薬みたいな甘さが混じっている。

それが、最悪だった。

“生き物の匂い”じゃない。腐りかけた何かの匂いだ。


四人が瓦礫の影を抜けた、その時——



「戦い、見てたぜぇ? 尻軽ちゃんどもよぉ」

背後から、ぬるっとした声が刺さった。


「わぁっ! びっくりした!」

ジャックが肩を跳ねさせる。

「な、なんだおまえ!」

アクラが反射で剣を半分抜く。


「んあぁ? てめぇら二人、今期からかぁ?どうりで腐った臭いがしねぇわけだぜ」

振り返った先。

薄暗い路地の入口に、細身の影が寄りかかっていた。


濃いアイシャドウ、だらしないタレ目。ギザ歯が覗く笑い方。背丈はそこまで高くは無い。せいぜいジャックより数cm上くらいだろう。

その服は整ってない。けど、血と土と、何かの脂が染み込んでいる感じがした。


「お前……久しぶりだな!! ジャメラポム!!」

バロロが声を上げた。

「えっ、知り合い!?」

ジャックが目を丸くする。

「おう! オレらの同期だ!一昨年までは一緒に活動してたんだが。でも一年もどこ行ってたんだ!?」

「なーに、祖国ちゃんが紛争でね。ウチが“処理”してたのさ。カネになりやがるからな!」

ジャメラポムは楽しそうに笑った。笑い声が、場違いにでかい。


ツヴァイが鼻を押さえて一歩引く。

「うっ……だからちょっと、におうのかな……」

「……あ〜? てめぇはたしか去年の——」

ジャメラポムの視線がツヴァイに絡む。

「あっ、あっ……やめてください! その話は……!」


ツヴァイが即座に縮こまり、涙目で両手を振る。

「けっ。まぁいいぜ」

ジャメラポムは肩をすくめ、村の奥を顎で指した。

「それで? まだ進むのか?」

「うん。村人のみんなに教えてもらったんだ。まだこの先にいるって」

ジャックが真っ直ぐ答える。


「わーった。……んじゃ、付き合ってやるよ。帰り道で死体増えると、ウチの趣味が増えるしなぁ」

「趣味の言い方が最悪すぎるだろ……」

アクラが顔をしかめる。

「置いてかないでくださぁい……!」

ツヴァイが半泣きでついてくる。




その後の戦いも、さっきと同じだった。

同じなのに、もっと消耗した。

殴っても倒れない。

斬っても止まらない。

痛みを知らない肉の塊が、ただ前へ来る。

ようやく掃討が終わった頃には、バロロの肩が大きく上下していた。

ジャックも息が荒い。

ツヴァイは膝に手をつき、喉の奥の震えを飲み込んでいる。


その中で、ジャメラポムだけが、妙に平然としていた。

「……って、あれ。お前なにやってんの?」

アクラが言う。

「んあぁ? 死体漁りだぜぇ」

ジャメラポムは倒れた敵兵の服をめくり、腰の革袋を引き裂いた。

中から錆びた短剣、紙切れ、飴玉みたいな乾いた塊が落ちる。

「趣味わる…! いくら敵兵でもよせよ……バチ当たるぞ……」

「うるせぇなぁ。これがウチの生き様なんだぜ。……かっけーだろーが」

「いやお前——」


言いかけたアクラの声が止まる。

ジャメラポムが、死体の足首を掴んで持ち上げた。

「"腐"。毒属性の派生ってとこだ。ウチがさっき魔術使って腐らせてぶち殺したんだぜぇ」

肉が黒ずみ、皮が剥け、骨が覗いて——いるはずだった。

でも。

「……おいアクラ。こいつら、おかしいぜぇ」

ジャメラポムの声が、少しだけ低くなる。


黒い肉の縁が、ぬるりと動いた。

剥けたはずの皮膚が、薄膜みたいに寄ってくる。

骨の欠片が、吸い寄せられるみたいに繋がっていく。


――再生。


ほんのわずか。

でも確実に“戻っている”。


「……再生してやがる」

ジャメラポムが舌打ちした。

「……は?」

アクラの喉が鳴る。


ジャメラポムは躊躇なく短剣を突き立てた。

ぐちゅ、と嫌な音。

血が、勢いよく吹き出す。

「うわっ……!」

ジャメラポムは血の匂いを吸い込み、笑いもせずに言った。


「あぁ〜……なるほどなぁ」

「最近じゃ珍しいけどよぉ……こいつら——」

ジャメラポムが、指先で血を弾く。



「魔族の血が混じってやがる」



——は?

「説明すっと長くなるけどよ。間違いねぇ」

ジャメラポムは死体を蹴り、村の奥を睨んだ。


「何者かが“魔族の血”を飲ませやがったんだ。だから死に切らねぇ。痛みも、恐怖も、壊れてる」

「魔族……? 魔族ってそれ、童話の中の言い伝えだろ!」

アクラが噛みつく。


ジャメラポムは鼻で笑った。

「寝ぼけたこと言ってんなよ。魔族はそこらにいやがる。……あぁ、そっか。東幻は情報統制が厳しいもんな」

「さりげなくディスるなよ……!」


ジャメラポムは肩を鳴らし、吐き捨てるみたいに言う。

「とにかくここは危険だ。A班の任務は“この地区の掃討”だろ? もう終わってる」

「……」

「これ以上は“別件”だ。魔族案件。下手に踏み込むと、ウチらが次の死体になる」



そこへ、奥を確認していたバロロが戻ってくる。

ジャックとツヴァイも追いついた。

「おーいアクラくん!」

バロロが息を整えながら言う。

「村人から聞いた。奥に“まだいる”って……」

アクラは、ジャメラポムの話を三人に伝えた。

言葉にした瞬間、空気がさらに冷える。

「……それって」

バロロが眉を寄せる。

「こいつら、暴走してただけってことかよ……」

「その魔族ってのをやっつけねぇ限り、根っこは残るのか……!」

アクラの声が荒くなる。


「その通りだぜぇ」

ジャメラポムは首を鳴らした。

「だからこそ、今日は帰れ。セラフィナに報告しろ。あいつなら動く。動かせる。……ここは、ウチらが背負うとこじゃねぇ」

ツヴァイが震える声で言う。

「で、でも……自分たちの任務はこれで終わりですし……そこまでしなくても……」


「ツヴァイ先輩!」

ジャックが前へ出る。

「わたしたちが報告しなきゃ、また村の人が困っちゃうよ」

アクラは唇を噛んだ。

本音なら、今すぐ奥へ行って全部斬りたい。

でも、胸の奥の糸が嫌な張り方をしている。


——ここで無茶したら、“何か”が起きる。そんな予感がする。

バロロが短く頷いた。

「……今日は一旦帰る。任務は完了。報告が先だ」

そして、低い声で付け足す。

「でも、終わりじゃねぇ。……絶対な」


ジャメラポムがギザ歯を見せて笑った。

「決まりだぜぇ。帰り道、油断すんなよ。……“匂い”が付いてる」

「匂い?」

アクラが聞き返す。

ジャメラポムは、村の奥を一度だけ見て、吐き捨てた。



「魔族はよぉ——匂いで追う」



四人の背中に、冷たい風が抜けた。

さっきまで勝ったはずの村が、今は“逃がさない場所”に見えた。

A班は撤退した。

撤退したはずなのに、

胸の奥の糸は、ずっと張ったままだった。

◇◇◇


次回:幽灯の双呪


登場人物もだんだん増えていき、少しずつその全貌が明らかになってくる頃合いなのではないでしょうか?

今回新たに登場した、ちょっと下品なジャメラポム。そして"魔族"とは一体何なのか。


「同床異夢」


◇◇◇

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