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第7話 「戦々恐々」――初陣と惨状


「まず、きみ達はこのあとすぐ、任務に向かってもらう」


教壇の前で、セラフィナがあっさり言った。

朝の座学室はまだ眠い空気が残っているのに、その一言で部屋の温度が変わる。


「えー! まだ朝ごはん食べてないのだー! 寝坊したのだ!」

ちびっ子みずきが机に突っ伏したまま叫ぶ。

「(もうお昼なんだけどなあ)」

新入りの少女、ジャックが呆れた顔で、ぼけーっと考える。


「……それで? 任務ってどんなのかしら? セラフィナ先生」

刹那せつなは姿勢を崩さず、淡々と続きを促した。


「ゾラン王国とミザラの国境付近で、少数武装派が暴れてるらしくてね」



その瞬間、前列のアクラが小声で隣に寄る。

「な、なぁバロロ。ミザラってどこだ?」

「わ、わかんねェ!!おい光月こうつき、ミザラってどこだ?」

呼ばれた光月は、ドヤ顔で鼻を鳴らした。

「おいおいィ……ミザラってのはここから南西にある国の事だぜェ。オレ様の嫌いな国だァ!」

嫌いな理由はたぶん、今はどうでもいい。



セラフィナは黒板に向き直り、チョークを鳴らす。

「きみたちの目的はふたつ。彼らを殲滅すること。それから――彼らのうち最低二人を、生きたまま捕獲すること」

「……え」


教室の空気が一瞬だけ固まる。

“捕獲”という言葉は、殺すより怖い。


そこへツヴァイが、びくびくしながら手を上げた。

「あ、あのぉ……そこら辺の地域って、たしか無敵隊むてきたいがいたはずじゃ……?」

「ば、バカみたいな名前の隊なのだ……」

みずきが素直な感想をこぼす。


セラフィナは一拍置き、わざとらしく咳払いをした。

「あぁ、えーっとね。それが……」


「全滅しちゃったみたい(笑)」


――え……?

冗談みたいな口調。

しかしセラフィナの顔は、冗談じゃない。


「ふん。どうせ全員男だったんでしょうね!」

女尊男卑マスター・エペが鼻で笑う。

ツヴァイが小さく首を振った。

無敵隊むてきたいは血気盛んな女性たちだったような……」

その瞬間、エペの目が光った。

「……なんでそんなこと知ってるんですか」

声が低い。

「いやらしい」

「えっ、いや、ちがっ……」

ツヴァイは即死したみたいに縮こまった。


セラフィナは軽く手を叩き、話を切る。

「とにかく緊急。今から向かわなくちゃならない。班はもう決めているよ」

黒板に、名前が並んでいく。



A班:バロロ/アクラ/ツヴァイ/ジャック

B班:光月/クレイ/みずき

C班:刹那/エペ/ゼグレ



最後の名前を見た瞬間、教室の空気がまた一段沈んだ。

“あの暗殺者”。

名前だけで、誰のことか分かる。



セラフィナは黒板の端に、それぞれの役割を簡潔に書き足す。

A:殲滅(制圧・掃討)

B:後方支援(援護・補給・状況維持)

C:捕獲(主犯対応・確保)



「オレがリーダーだッ! 任せろォ!!」

バロロが拳を握り、前に乗り出す。


「オレ様の活躍に見惚れんなよォ!?」

光月が胸を叩く。朝からうるさい。

「おえぇぇ……きもいのだ……」

みずきが即座に吐き気を訴えた。対象は任務じゃない。


刹那は椅子から一ミリも動かず、短く言う。

「C班。目的は必ず——」


セラフィナは満足そうに口元を上げた。

「いいね。それじゃ、班ごとに役割の詳細を伝える。――出発まで、時間はないよ」


チョークの音が止む。

その静けさの中で、アクラは気づく。

これ、ただの“任務”じゃない。

誰かにとっては、見せしめで。

誰かにとっては、試験で。

そして――誰かにとっては、罰になる。


ゼグレが短く瞬きをした瞬間をセラフィナは見逃さなかった。



* * *


――四時間後。A班。

馬車は森の中を、一定の揺れで進んでいた。 木々が濃く、空は細切れにしか見えない。湿った匂いが鼻につく。


向かいの席で、新入りのジャックが何度も視線を動かしている。 落ち着かないというより、覚えようとしている顔だ。

「えっと……きみがバロロくんで、きみがアクラくんで……えーっと……」


少女の視線が、金髪の小柄な先輩に止まる。

「きみは……ツヴォくん?」

「ツ、ツヴァイですぅぅ……何回目ですかぁ……」

声が震えて、目にうっすら水が溜まる。 少女は慌てて両手を振った。

「あっ、えっと、ご、ごめんね! わざとじゃなくて……!」


アクラはため息をつき、少女の背に背負われた大きな弓へ目をやった。

「てかお前、やけにでけぇ弓持ってんな。普段から使ってんのか?」

「うん! でも……人に使うのは、はじめてかな……」

「こ、こえーこと言うなよ……」


その瞬間。

「アクラ! ちょっとこっち来てくれェ!!」

バロロが御者席の方から手招きした。 アクラは渋々立ち上がり、前へ移る。


「なんだよ、いきなり」

バロロは妙に真剣な顔で、声を落とした。

「お前、ジャックちゃんのこと、どう思う?」

「……ちゃん!? なんかお前が言うと気持ちわりーな」

「いいから答えろ」

「うーん……普通に健気っていうか。天然っぽいよな」


バロロの目が、変な方向に輝いた。

「オレ……ジャックちゃんのこと、好きかもしれねぇ!!!」

「はぁ……?」

「ダチよ。オレはこの任務が終わったら――ふたりで喫茶店に行く!!!」

「……あー、そうだな。応援してるぜ」


アクラは真顔のまま席へ戻った。 戻りながら、自分でもよく分からない種類の敗北感があった。 思春期の男子って、なんでこう……キモい方向に全力なんだ。


「な、なにかあったんですか……?」

ツヴァイが怯えた声で聞いてくる。

「いや、なんでもねぇよ。もう少しで着くらしい。準備だけはしとけって」

「……あと、これも持ってってもいいかな? さっき買ったんだ」

ジャックが小さく紙袋を掲げる。 中から、乾いた薬草と包帯の匂いがした。




――さっき、道中の小さな店に立ち寄った。 品揃えは雑多で、必要なものが必要な分だけ置かれている。


ジャックは目を輝かせて矢と傷薬を見比べ、 ツヴァイは値札を見て露骨にほっとし、 バロロは肉を抱え込みそうになり、 アクラは店長と短い会話をした。


店長は、ガタイのいい禿頭の男だった。笑い声がでかい。

「最近なァ、様子のおかしい客が増えてきてよ。村の連中が怯えてんだ。まぁ、追い返してるが……キリがねぇ」

“追い返してる”という言い方が、妙に現実的だった。 強いというより、ここで踏ん張ってきた人間なんだろう。


バロロが食料と水を、ジャックが矢と傷薬を選んでいると、 店長が唐突に言った。

「あんたら……もしかして孤誓隊か? なら、こいつらは持ってけ。タダだ」

「は?」

「昔、孤誓隊に助けられてな。恩返しってやつだ! ダハハハハ!!」

あの笑い方が、今も耳に残っている。




――そして今。

森の木々が途切れた。 光が広がる。

風が、変わった。

鼻の奥に、鉄の匂いが刺さる。


「……え」

ジャックが息を止めた。 ツヴァイが、口元を押さえる。

視界がひらけた先にあったのは――村だった。


半壊している。 家々は潰れ、焼け、壁が剥がれたまま傾いている。 地面は赤黒く濡れていた。水たまりじゃない。


血の海。


その中に、形を失ったものが転がっている。 服の切れ端。 小さな靴。 手を繋いだまま、離れられなかった影。

「……っ」

ジャックの頭の両側、電撃状の“ビリビリ”が、ひときわ強く光った。

次の瞬間、空気が弾ける。

ビリッ。

放電が走り、馬車の金具が一瞬だけ青白く光った。


「ご、ごめん……!」

ジャックが慌てて両手を握りしめる。 でも、震えているのは手だけじゃなかった。


ツヴァイは耐えきれず、馬車を飛び降りると草むらへ駆け込んだ。 喉の奥から、嫌な音がした。


バロロは顔をしかめ、すぐに周囲を見渡す。 声のトーンが変わっている。

「……気配、残ってる」

ジャックも、唇を噛んで弓を握り直した。


アクラは――

胸の奥が、苦しかった。 糸が張る。引き絞られるみたいに。 けど、それより先に、怒りが来た。

喉の奥が熱い。

「誰だよ……」

声が、低く漏れる。

「こんなマネしやがったやつ……!!」


前の夜、吐き気で何もできなかった。 ただ見てるだけで、終わった。


でも今回は違う。

立ち尽くすだけじゃダメだ。

拳を握る。 爪が皮膚に食い込む痛みで、頭が冴える。

「……おれが、ちゃんとしないと」

言い聞かせるみたいに呟くと、足が前に出た。


バロロが短く頷く。

「よし。A班、降りろ。――掃討だ」


森の出口の静けさが、逆に怖い。 風だけが、焼けた木の匂いを運んでくる。

そしてその奥で――まだ誰も見えていないのに、何かが見ている気がした。


アクラは、息を吸う。

覚悟を、決めた。


◇◇◇


次回:幽灯の双呪

初任務を迎えたA班。

村に広がるのは悲惨な現実。

目的である武装組織の討伐のために彼らは戦うのだが、犯人は思いもしない相手だった。


「暗雲低迷」


◇◇◇

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