第20話 「暗影迫来」――魔界への重く赤い信号
アクラたちが城下街にでてから4日目の朝。
誓刃校(戦士育成のための校舎)の座学室は、いつもより静まり返っていた。 高い窓から差し込む光が長机を白く照らしている。 椅子の軋む音すら、やけに大きく響く。
「突然呼び出して悪いね。きみたちに報告だ」
セラフィナが口を開く。 白衣の裾が揺れ、細い指が机を軽く叩いた。
座学室には孤誓隊 16歳組が揃っていた。 当然アクラとエペは揃っていないが。
空席がふたつ。 いや、みっつ。魔族に爆殺されたジャメラポムの席だ。
「この間の魔族案件の調査が順調でね。刹那たちが捕獲した例の2人だけど。 ーー彼ら2人から魔族の血が検出されたんだ」
アクラたちが魔族と戦っている間、刹那たちは武装集団の捕獲を命じられていたのだ。
「……魔族の血。源はやはり……」
刹那の疑問。 彼女は唇をかみ、机の端を握る。
「ーーそう。例の"爆"を操る魔族と同じタイプの血液だった。つまり魔族は彼ら一般人に血を飲ませ暴走させていたのだろう 」
場が凍る。誰かが固唾を飲み込む。 空気が重く沈む。
「そ、そんなの……あんまりなのだ」
ちびっ子みずきの声が震える。
「想像したら吐き気がするなァ…… 」
ミスターナルシスト・光月が目を伏せる。
「ーーそれで?結局 魔族の目的はわかったワケ?」
背の高い黒い男・クレイが場違いな声のトーンで返す。 2m近くあるクレイモアの柄に指をかけたまま、にやりと笑う。
「…………。双呪を探してました……!!」
留年した先輩であるツヴァイが震えながら返す。魔族襲撃事件の際に真っ先にゼグレを売った張本人だ。
声が裏返る。
「ああ。たしかに言っていたな。あの魔族は、双呪ってのを探してるらしい」
バロロの拳が、机の上でわずかに握られる。
「ーーそれってよォ。……つまりゼグレのことだよなァ??」
光月の言葉により全員がゼグレに目線を向ける。
沈黙。
東幻の王族である詩丸を暗殺した事件が瞬く間に広まったせいで、ゼグレが呪われているということも同時に有名となってしまっていた。
――しかし、ゼグレとセラフィナ以外はアクラが双呪だということを知らない。
「ゼ、ゼグレ……やっぱなにか隠してるのだ!!!」
みずきが大袈裟に身振り手振りで叫ぶ。
「ゼグレくん……そうなの?」
弓使いのジャックが不安そうに聞く。
「だ、黙ってないでなにか言ってくださいよぉ!」
ツヴァイが涙目で訴える。
「あは……怪しい。怪しいねぇ。言い訳でも考えてるのかな? 」
クレイがニヤつきながらクレイモアを握りしめる。 刃がわずかに軋む。
「ーー待ちなさい」
そう言い放ったのは刹那だった。 優雅なドレスが揺れ、机を強く叩く。
「話が飛躍しすぎよ。落ち着いて。まだゼグレさんが怪しいと決めつけるには早すぎるわ」
刹那の手が少し震えている。
「ーーきっとなにか、理由があるはずなのよ」
ゼグレはゆっくり顔を上げる。 その視線は冷たい。
「ーー知っての通り 俺は双呪だ」
空気が一段重くなる。
「だが なぜ魔族が俺を探しているのか。そこまではーー分からない」
「う、嘘はやめてくださいよぉ!!」
「――」
「ひぃ!」
ツヴァイが叫ぶもゼグレの冷たい視線が突き刺さり撃沈した。
「実際 俺が呪われたのはつい10日ほど前だ。……呪われるまで魔族と接触したこともないし 双呪が奴らにどんな価値があるのかも分からない」
「ーーただ 呪いをかけてきたのは 間違いなく魔族だった。」
「なにィ!?」
光月が叫ぶ。
「紫黒髪の 全身痩せぎすで包帯で身を隠した少年の魔族だ。奴は突然船に現れ、俺らに呪いをかけたあと また消えた」
「こ、こわい……」
ジャックが震える
「ーーーん?」
声を発したのはクレイだった。
漆黒の双眸が悪意を孕みゼグレを射抜く。
「いま "俺ら"って言ったよね」
教室の空気が張り詰める。
「それに名前も"双呪"…… ずっと気になっていたけどーーそれって2人用の呪いでしょ」
核心めいた一言。
場にいた全員が震え上がる。
「ねえ。教えてよ。双呪がどんな効果でーーキミの相方はだれなのか」
ゼグレは何も言わない。 拳をわずかに握る。
「もしかして、アーー」
「今はその話じゃない」
セラフィナが止めに入る。
「クレイくん。きみはもう少し人を疑うことの重さを理解するべきだ」
「あは。なに熱くなっちゃってんの。 ーーまぁなんか発展あったら聞かせてよ」
そう言い残してクレイは足で扉を開けて座学室を出て行ってしまった。
扉が閉まる音だけが残る。
「はぁ……困った人だねまったく」
セラフィナがため息を吐く。
「ーーさて。本題に移ろう」
視線が全員に向けられる。
「魔族の細胞を研究した結果、ヤツが死ぬ間際に何者かに向けて魔力信号を発していたんだ」
「……え?それは一体どこへ?」
刹那が真っ当な質問をする。
「それがね。ある地点までは続いていたんだけど そこを境に突然プツンと切れてしまっていた」
「ある地点って……どこなのだ!?」
「ーーバリエ帝国の国境谷」
――寒気。
「えっと……バリエ帝国って、たしかここゾラン王国とかなり仲が悪いっていう……」
ジャックが眉を八の字にして言った。
「おいおいィ…しかもバリエ帝国は黒刃の2人の出身国じゃねぇかァ……」
ミスターナルシストこと光月が震えながら喉を鳴らす。
2人、というのはもちろん女尊男卑マスターのエペ。そして、先程乱暴に退出したクレイのことだ。
「国境谷……!? そこは人が出入りできないはずです……!」
ツヴァイが戦慄する。
「そう。場所は把握できた。でもさすがの此方でもそこまで容易に近づくことは極めて難しい。……だから誰に向けてどんな信号を残したかまでは わからないんだ」
全員が黙る。魔族とバリエ帝国に一体どんな関係があるというのか。
「ただ、推測はできる」
「彼は魔族。そして双呪を探していた……」
「それって……もしかして」
刹那が気づく。
「ーー魔界に向けての信号。その可能性が非常に大きい」
教室の窓の外で、風が鳴った。
そして翌日。5日目の昼。
城下街の裏倉庫。 風が強い。
「す、すごいです! 」
エペの剣が風を裂く。 空気が渦を巻く。
「ありがとうございます!みずきちゃんのおかげで、こんなに凄い能力が!」
「ふっふー!どーいたしましてなのだ!でも、お前はもともと潜在能力があったから、引き出してやっただけなのだ!!」
そう。エペは風属性を習得したのだ。
おそらく今まで風属性を使っていたのだが 本人が気が付かなかったのだろう。
「あーしから見ても、お前は最高の風属性使いになれると思うのだ!」
「わぁぁぁ!そうですか!」
目を輝かせるエペ。 頬が赤い。
みずき、光月によると エペはもうとくに特訓しなくてもコツは掴めているから自由行動で構わないとのこと。
ーーそれにくらべてアクラは……
アクラは拳を握る。 何も出ない。
「アクラさん。元気だしてくださいよ。まだ2日ありますから。我も……まぁあなたが男子とはいえ全力でサポートします! 」
その親切さが逆に辛い。
「おれ……本当に才能ないのかも」
「そ、そんなことありませんよ!だって人類は強弱の差はあれどみんな属性はありますから」
「でも平均発現は12歳なんだろ……」
「そ、そうですけど!クヨクヨしてたってしょうがないじゃないですか!」
「その通りだぜェ。のこり2日しかないからなァ」
ミスターナルシスト・光月が補足する。
風が止む。
「あれ?そういえば、バロロさんは?」
エペが何気なく聞く。
「あァ…あいつなら……」
そのころーー城下街 レリー喫茶店にて。
甘い香り。 焼き菓子の匂い。木の椅子。
「あ、あの……今日は誘ってくれてありがとう」
ジャックが視線を泳がせる。
「い、いいぜ礼なんて!オレもずっと誘ってみたかったしな……!!」
バロロの筋肉質な体格は明らかに場違いだ。
「この店の名前な!レリー喫茶店っていうだろ? レリーラ共和国の料理をレリーって呼ぶんだ!!……オレの出身国だからな!」
「へぇ〜!そうなんだ!」
「ま、まぁほらメニューだ!好きなの選べよ!オレのおごりだ!!」
「わぁ!ほんとうに?でもいいよ わたしが払うから」
「いいんだいいんだ!オレに払わせてくれ!」
「そ、そう?えへへ。ありがと〜!」
しかしジャックはなぜバロロが自分に好意的なのか 気づけずにいた。
「うーん……迷うなぁ ねぇ。なにがおすすめ?」
「おっ!オレのオススメはリルゥトゥルだ!レリーラを代表するすっげぇ美味いパンケーキ!」
「いいね!それがいいかな」
「飲み物は……甘いの好きか?」
「うん!大好き!普段食べれないから楽しみだなぁ」
「それならトルゥクがおすすめだ!イチゴティーっていったところだな!」
「おいしそう!バロロくんはどうする?」
「うおおおおっ!オレも同じのにするぞ!」
店が静寂に包まれる。
バロロの爆発的な声量は良くも悪くも注目されやすい。
「おっ……わ、悪いなみんな!」
「あはは おもしろい! 」
ジャックが無邪気に笑う。
その様子を周りにいたマダムたちが迷惑そうに睨む。
「それと……この間のこと、わたしを守ってくれたんだよね。……お礼しなくっちゃ」
バロロが死を覚悟でジャックを守り抜いたことだ。その代償としてバロロは片腕を失ったが……。
「お礼はいらないぞ!オレはただ……その、お前が好きで堪らなかっただけだから……」
しかしその告白はジャックの耳には届かず……
「あっ!リルゥトゥルきたよ!」
「お、おう!! 」
ーーしかし2日後、つまり約束の日の前日になってもアクラは何も発現できなかった。
◇◇◇
次回:幽灯の双呪
今まで偽ってきた。
アクラの性格はこんなものじゃない。
ただ誰かの真似をして、切り取って、貼って、あたかも"これが自分なんだ"と言い聞かせてきた。
逃げたい。逃げなきゃ。逃げなければ。逃げろ。
逃げて、逃げて、逃げて、逃げた先には――
「断崖孤走」
◇◇◇




