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神代基層(じんだいきそう)  作者: 久遠 玲
第四章 潰えゆく希望
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第二十八話 決戦①

横須賀を発った「守屋」は、「白山」「御岳」「磐梯」を前衛に配し、伊豆諸島南東海域へ進出した。


艦隊本隊に先立ち、8隻の潜水艦がすでに聖府軍の東方200キロの海中へ潜航している。

冷たい深海で息を殺し、来たるべき時を待っていた。


さらに呉から「石鎚」、佐世保から「立山」「霧島」、舞鶴から「大山」が先立って出航していた。

各方面隊の主力が、進路を一つに収斂させつつある。


集結しつつあるその戦力は、まさに国運を賭けた規模だった。



イージス艦八隻。

汎用護衛艦二十四隻。

対潜戦闘に特化した護衛艦十二隻。

補給艦四隻。

加えて潜水艦八隻、そして数十機規模の航空支援。


海上自衛隊が誇る海上戦力の、ほぼすべて。

それを、この海域に投じる。



もはや局地戦ではない。

国家の存亡を賭けた防衛戦である。

この防衛ラインを突破されれば、首都圏は直接の脅威に晒され、日本が取り得る軍事的選択肢は失われることを意味していた。


この戦線からの後退は、事実上の日本降伏を意味する。




首都防衛ライン外縁――。


海将・諏訪部明仁は、この海域を主戦場として選択した。


ここで止める。

その決意が、静かに艦隊全体へと浸透していた。




「現在、聖府軍は日本を射程圏内に収め、威圧を続けながら我々を待ち構えているように見えます。まるで、この一戦で全てが決すると思っているかのようです」


明仁の後方に直立する児玉宅哉(こだまたくや)が、戦術表示卓から目を離さぬまま言った。

海図上に展開する光点の群れが、静かに、しかし確実に緊張を高めている。


旗艦「守屋」には、新たな海将補が座乗していた。


明仁の側で、常に幕僚として補佐を務めてきた男である。

宅哉は冷静沈着でありながら、決断の瞬間には一歩も引かない。

その資質を、明仁は誰よりも知っていた。


異例とも言える早さでの海将補昇任には、明仁の強い推挙があった。

だが今、この艦橋に立つ宅哉は、誰の後押しも必要とはせず、己の責任として、この決戦の只中に立っていた。



「うむ。実に腹立たしいが、お前の推察は正しいだろう。この一戦で全てが決する。俺たちが退けば、もはや日本には状況を打開する手立てはない」


明仁は艦橋の前面窓越しに、遥かな水平線を睨んでいた。

肉眼で敵影が見えるはずはないが、そこに「いる」と知っている者の視線だった。

司令の目には、すでに敵艦隊の陣形までも映っているのだろうと、宅哉は思った。


「調査室の杵築からは、交戦するなと釘を刺されている。どんな卑怯な手を使ってでも避けろ、とな。だがな…」


首を左右に振り、鈍い音を立てて頸椎を鳴らすと、明仁は続けた。


「俺は正面からの殴り合いが性に合っている。姑息な細工は、どうも趣味に合わん」


言い終わると、宅哉を見てにやりと笑った。



その笑みは豪放に見えて、実のところ冷徹だった。


明仁の立案する戦術は、他の海将補や海将、さらには幕僚長までもが密かに教えを請うほど卓越している。

勝つためであれば、たとえ卑怯でも非道でも、躊躇なく採択し実行するのが明仁であった。

その明仁がどれだけ作戦を練り直しても、「交戦しない」という道筋は見出せなかった。


あとはどれだけ時間が稼げるか。

その方法もいくつか考案したが、どれも有効とは思えなかった。

むしろ、日本側が迷えば迷うほど、状況は不利に傾く。


聖府は――天(Tian)は知っている。

この神器が搭載された「守屋」を徹底的に撃破することが、日本が最後に抱く希望を断ち切る最短の一手であることを。




イージス艦の各種レーダーは、聖府の高度なステルス技術の前にほとんど機能を奪われており、通常であれば捕捉できるはずの艦影は、そこにはない。

現在、艦隊が頼みとしているのは「天之御中」から送られる外部データのみだった。

その観測情報をリンクさせることで、かろうじて敵艦隊の位置と進路を「推定」しているに過ぎない。


守るべき盾も、振るうべき剣も、敵を捉える瞳さえ――封じられていた。






「石鎚」「立山」「霧島」「大山」が合流し、伊豆諸島南東海域に日本の総力が出揃った。



「全群、分散維持。防空網を崩すな」


明仁の命令が各隊へ伝達され、艦隊は速やかに配置に入った。




第一線――外縁防空群。

「白山」「御嶽」「磐梯」がこれを担う。

横幅およそ80キロ以上で散開し、外縁防空およびミサイル迎撃第一層を構成。

敵の飽和攻撃を受け止め、弾着密度を分散させる緩衝層としても機能する。


第二線――主防空群。

「立山」「石鎚」を左右に配し、旗艦「守屋」が中央やや後方に座す。

全艦隊の防空管制、情報統制、反撃指揮を一元化する中枢層である。

もし第一線が崩れた場合、この第二線が最終防空円になる。

つまり、この第二線こそが「最強の盾」であり、国家最後の防壁となる。


第三線――打撃予備群。

「大山」「霧島」がこれに当たる。

敵突破時の阻止、並びに上陸企図への対処を主任務とする予備戦力である。


さらに後方に補給艦群を置き、限定的ながら予備戦力を保持。

潜水艦8隻は第一線のさらに前方、深海に展開し、敵潜水艦の動向を静粛裏に監視していた。


上空から俯瞰すれば、横幅約100キロ、縦深約80キロ。

巨大な多層防空円が、海上に形成されていた。




「これより『草薙』を展開する」


明仁の号令で、旗艦「守屋」を中心に、僚艦を含む艦隊各艦へと防御機構が起動した。

かつて八咫の制御下で展開された強固なシールドとは異なり、「草薙」の防護膜は薄く、不均一だった。

場所によっては明らかに出力が足りず、ところどころに「欠け」が生じているのが視認できる。


「司令。守屋艦隊、全艦『草薙』展開完了。一部欠損箇所あり。出力変動大、動作不安定です」


報告は、淡々としているが重い。

幕僚の報告を受け、明仁は短く頷いた。


これでどこまで防げるかは不明だが、これが今、彼らに与えられた最大戦力だった。

与えられた武器で、勝つしかない。


明仁の口元に、静かな笑みが浮かんだ。

それは楽観ではなく、覚悟の表れだった。






「司令、少しよろしいでしょうか」


戦術表示卓を見つめていた明仁に、宅哉が声をかけた。

明仁は顔を上げ、短く頷き快く申し出を受けた。


「我々が横須賀を発って以降、聖府軍に目立った動きはありません。紀伊半島沖三〇〇キロの海域で停止したままです。他港から出た艦艇が合流するのも承知のはずですが、それでも動かない。敵の目的は何でしょうか」


明仁は背筋を伸ばし、再び表示卓へ視線を戻した。



「見せたいのだろう」



低く、抑えた声で言う。


「守屋艦隊が黒煙を上げて沈む光景をな。聖府に対抗し得る戦力が敗れたと知れ渡れば、日本の動揺は計り知れん。俺たちを撃沈した後、悠然と東京湾を封鎖する。あとは屈するのを待つだけだ。そう踏んでいるのだろう」


「ですが、日本にはまだ陸自も空自も健在です。そこまで容易に屈しますか」


宅哉の問いに、明仁はゆっくりと水平線へ目を向けた。



前回の上陸危機では、聖府兵の装備は小銃弾すら寄せつけなかった。

一兵卒があのレベルの防護を備えている。

海自が誇る40式艦対艦誘導弾をいくら浴びせたところで、決定打になるかは疑わしい。



「やつらは人を資源として扱う国家だ。統制し、効率だけを追う。無益な殺戮はしないだろう。殺せば殺すだけ、減るのは労働力だからな。だが…俺たちに対しては違う」



明仁は宅哉を見据えた。

その言葉は、自身に言い聞かせているようでもあった。



「やつらは、恐れている」



明仁の声がわずかに硬くなる。


「聖府に対抗し得る唯一の神器。それを生み出す八咫。そして神器を纏う守屋艦隊。俺たちは連中にとって、計算を狂わせる存在だ」


戦術表示卓の光が、静かに明滅する。

明仁は、その光の一つ一つを指でなぞった。



「『守屋』が沈めば、希望は潰える。今から『草薙』や『御雷』を再配備する時間もない。つまり日本は、選択肢も希望も失う」



明仁は言葉を切った。

宅哉が固唾を飲む音が聞こえる。


「連中は、そこを狙っている。だからこそ、ここで止める」



勝ち筋は見えない。

それは明仁だけでなく、他の艦隊を率いる海将補たちも、同じ結論に至っているはずだ。


理屈では覆せない状況を前にしても、退くという選択肢はない。

しかし、決意だけでは戦局は動かない。




それでもなお、その闘志に揺らぎはなかった。





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