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第十二話 改変

秩父市の山間部にひっそりと建つ三峯精機(みつみねせいき)株式会社は、一般には精密機器メーカーとして知られている。

半導体製造装置、医療用制御機器、航空産業向けの高精度部品――いずれも高度な信頼性を求められる分野ばかりだ。


テレビCMを打つことはなく、街中でその社名を目にする機会もほとんどない。

創業は戦後間もない頃とされているが、詳しい経緯は公式資料にも曖昧な記述しか残っていない。


経営陣の顔ぶれや主要株主については、奇妙なほど情報が少ない。

企業として存在しているはずなのに、「誰が所有しているのか」がぼやけて見えてこない。



睦貴たちがこの三峯精機の秩父工場にやってきたのは、システムを実際に動かすハード部分、攻撃・防御の管制装置の製造状況を確認するためだった。

三峯精機の入場ゲートから応接室に至るまでの間、通常の企業ではあり得ないほどの、厳重な身元確認や入場許可を求められた。


応接室には、すでに製造部長である金屋和彦(かなやかずひこ)が待っていた。

秩父工場の実質的なナンバー2である和彦は、この工場での製造工程すべてを司る最重要人物といっても過言ではない。

製造や人事を束ねる立場にはいるが、和彦の本質は卓越した技術者であり、現場の職人であった。



「ようやく来られましたね、杵築さん。こちらへお見えになるのを心待ちにしていましたよ」



今年58歳になる和彦は、人懐こい笑顔を見せ、気さくな態度で睦貴に接する。

睦貴が手掛ける八咫の開発初期から、三峯精機の技術開発部として参加しており、睦貴の要求する神懸かり的な機能を次々と具現化してきた。

波動を活用する八咫の製作にも陰ながら関与しており、睦貴にとって和彦は恩人であった。


八咫の開発が本格化してからの睦貴は多忙を極め、こうして和彦と顔を合わせるのは久しぶりのことだった。


「金屋さんに、こうして八咫の完成をお伝えすることができて、本当に嬉しい限りです。その節は、大変お世話になりました。八咫と各システムのリンクテストも完了しており、あとは実機の稼働を確認するだけです」


「最初に話を聞いた時は、さすがの私も面食らいましたがね。とはいえ、国が造れと言うなら造る、それだけのことです」


造れと言われたから、造った。

単純だが絶対的な和彦の思考。

どれだけ無理な要件でも、超高度な技術力によって、国の重要な設備は製造され続けてきた。


絶対に失敗が許されない国防を、陰で支える三峯精機の重鎮。

それが金屋和彦という男だった。


「それで、製造状況はどうでしょうか。理想は陸海空への全面配備です。加えて、都市部のハッキング対策設備も優先的に展開したいと考えています」


「船も飛行機も、グループ全体で進捗は順調です。すぐにでも量産体制に入れるから、そこは心配しなくて大丈夫ですよ」


和彦が軽い調子で回答する。

システムとの連携、高火力に耐えうる構造など、緻密な設計を要求される管制装置を、このような早い期間で完成させた三峯精機の圧倒的技術に、睦貴は心の内で頭を下げた。


「量産体制に移行するにあたり、金屋部長は他に懸念されることがおありなのでしょうか」


湊が鋭く和彦の言葉尻を掴む。


「さすが比留間さん、鋭いご指摘だ。しかし、懸念事項ではありません。どちらかといえば…改善案でしょうか」


「改善案ですか。金屋さんからのご意見なら、ぜひお聞きしたい」


我が強く、奇想天外な睦貴であったが、和彦の言葉であれば無条件で受け入れる。

それだけ、和彦に絶大な信頼を置いていた。

和彦は笑顔で続ける。


「なに、そんなに構えないで下さい。実際に機械を動かしてみて、不具合があったわけではありません。ちゃんと、要求された数値を満たしています。ただ…少し気になったと言いますか、改良することで、さらに性能を引き上げられるのではないかと思ったのです」


睦貴も湊も、自然と体が前のめりになる。


「事前にいただいた、八咫へ投入した新たな波動に関する資料は目を通しました。この波動の詳細は私には分かりませんが、事実としてOSが強固になり、高負荷にも十分耐えられるようになったことが理解できます。そこで、八咫の上で稼働させる各システムにも、同様の波動を投入できる余地があるのではないですか」



各防衛システム、各攻撃システムに応じた神の波動を投入する。

八咫は各システムや管制装置の、全てを包括するAIの総称だ。

各攻防システム――「草薙」などのシステムに適合した、神域の波動を投入することで、さらにグレードを上げられると、和彦は提案する。


「なるほど、OSだけでなくシステムも波動で強靭化すれば、威力を増大させられるというお考えですね。しかし、各システムに波動を流せるかも不明であり、仮に流せたとして、どの神域の波動に適合するかは未知数です。もし誤った選択をすれば、そのシステムが崩壊するだけでなく、八咫のOSにもどのような影響が出るか予測もできません」


無条件に飛びつきそうになっている睦貴を制し、敢えて慎重論を湊が展開する。


「うむ、確かにそこは不安要素ではありますな。適合する波動を見つけるのは、杵築さんへの宿題としましょう。それにしても、私が見た資料の感じでは、杵築さんの作った各システムには、明らかに波動を別途で入れる意図があるように思えるのだが…」


老眼鏡を掛けたり外したりしながら、和彦は分厚い資料を凝視している。

和彦の言葉に、睦貴はぎょっとして資料を取り出し、慌てて内容を確認する。

調査室の職員に資料作成を依頼し、自身は内容をまるで確認していなかった。

湊の眉間に、心なしかシワが寄る。

明らかに呆れた表情だ。


「金屋さん、各システムに波動を投入するような設計はしていません。八咫のOSに波動を投入するのも、希望的観測の単なる賭けという有り様でした。結果的に上手くいきましたが、OSの成功を各システムにまで求めるのは危険すぎませんか」


睦気の言葉に首をかしげながら、和彦は老眼鏡の柄で資料を指し示す。


「ほら、ここの部分。今の状態でも十分な効果が望めるでしょうが、この部分に『余白』があります。ここを埋める波動を入れれば、さらに一段上の出力を得られるはずです。ただ、それがどのような波動なのかは、私には計りかねますがね」


今度は睦貴が首を傾げる番になった。

そのような「余白」など存在しないはずだ。

和彦が指し示す場所をじっくりと見つめ、睦貴は背中に寒いものを感じた。


「まさか…!俺はそんな設計はしていない…」


しかしその「余白」は、確かに存在していた。

システムのところどころに、別のプラグインに制御を移譲するコードが目に入る。

制御が移譲できなくても、元のプログラムに戻るよう指示されているので、このままでも設計通りの働きはする。

しかし確かに、拡張用のプログラム――波動による制御を求めている。


睦貴や湊は当然ながら、恐らく他の調査室メンバーの誰もが意図していない、謎のコード改変。

外部の人間では、このような短時間でシステムの内部を変えることは、不可能であることは明白だった。


睦貴は資料から顔を上げ、どこかぼんやりとした表情で、湊と和彦の顔を交互に見る。



「八咫だ…」



気の抜けた声に、一番驚いたのは睦貴自身だった。


「室長、どういうことですか?」


心配そうに湊が声を掛ける。


「八咫が、システムのコードを独自で改修したとしか思えない。各システムに、適合する波動を投入できるように」


動揺を隠せない睦貴の言葉に、和彦は目を輝かせ、大きく笑った。


「なるほど、さすが天(Tian)に対抗しようとするAIだ。未知数だらけの波動すら制御してみせるという意気込みを感じますな。私が見たところ、波動の投入により装備や設備への負荷は高まりますが、恐らく現在の強度設計で十分に耐えられるでしょう。それだけのマージンは取ってあります。あとは、宿題である適合する波動の探求と、波動投入後のデータがあれば…」




ぐっと睦貴に顔を近づけて、和彦は低く囁くように告げる。






「造ってみせますよ」




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