96.全滅
走った。
全速力で、王都の中心へ向かう。
足が地面を蹴る。
身体強化を限界まで高める。
遠くで、轟音が響いていた。
建物が崩れる音。
剣がぶつかる音。
怒号。
まだ戦っている。
クラウディアさん達が、まだ持ちこたえている。
「場所がわからない……!」
サラが叫んだ。
「北だ」
フィオラが空を見上げた。
指が、一点を示す。
「あの煙、北門の近くよ」
黒煙が、空に立ち昇っている。
炎の色が、雲を赤く染めていた。
「跳ぶぞ」
私は屋根に飛び乗った。
瓦を踏み砕き、さらに跳躍する。
フィオラとサラが続く。
屋根から屋根へ。
瓦を蹴り、跳躍を繰り返す。
風が顔を打つ。
北門が近づいてくる。
煙が濃くなる。
やがて――広場が見えた。
瓦礫が散乱している。
建物の壁が崩れ落ちている。
地面には亀裂が走り、炎が燻っている。
その中心で。
二つの影が、交錯していた。
クラウディアさん。
白銀の鎧が、赤く染まっている。
動きが、明らかに鈍い。
対する神崎は、傷一つない。
白と青の装備が、不気味なほど綺麗なままだった。
剣が交わる。
クラウディアさんが押し込まれる。
体勢が崩れた。
その隙を、神崎は見逃さなかった。
剣が閃く。
クラウディアさんの胴から、血飛沫が上がった。
「——っ!」
まずい。
間に合うか。
私は交戦地に向けて、一直線に跳んだ。
身体強化の全てを脚に集中させる。
空気を切り裂いて、落下する。
「トドメだ」
神崎の声が聞こえた。
剣を振りかぶっている。
「ヘブンリーエッジ!」
光が、刃に集まった。
間に合え——!
ガキィンッ!!
盾で、受け止めた。
衝撃波が広がる。
地面が砕け、瓦礫が吹き飛ぶ。
だが、私の体は微動だにしなかった。
「サラ、クラウディアさんを!」
「わかった!」
サラが駆け寄り、クラウディアさんを抱えて後方へ下がる。
緑色の光が灯る。
回復魔法が始まった。
「チッ」
神崎が舌打ちした。
剣を下ろし、一歩下がる。
視界の端に、広場の惨状が映った。
私は周囲を見渡した。
広場は地獄だった。
瓦礫の間に、騎士たちの遺体が転がっている。
精鋭部隊だ。
クラウディアさんと共に出撃した、選ばれた精鋭。
その多くが、ここで命を落としていた。
視線を巡らせる。
広場の端。
首のない体が、大剣を握ったまま倒れていた。
ライナー副隊長…。
「もう少しでレベル500いけそうだったのに」
レベル?
何を言っている。
「誰だよ、お前」
神崎が、私を見た。
黒髪が風に揺れている。
整った顔立ち。
だが、その目は濁っていた。
「レオンハルトだ」
私は名乗った。
盾を構え、剣を抜く。
「へぇ」
神崎が首を傾げた。
「知らないな」
興味なさげに言った。
そして、胸を張った。
「僕はね、レベル450の勇者さ」
誇らしげな声だった。
「女神に選ばれた存在だ」
鬼塚さんと同じ。
だが、鬼塚さんとは何もかもが違う。
「レベル? レベルとは何だ」
私は問うた。
「ああ、この世界の人にはわからないか」
「強さの数値だよ」
『あがった』とはそういうことか。
殺すほどに力をつけている。
「僕が最強ってこと」
神崎が笑った。
「わかったら、どいてくれるかな?」
どく?
この状況で?
「待て」
私は言った。
「なぜ人を殺すんだ?」
「君は勇者なんだろう?」
神崎の目が、一瞬だけ揺れた。
だが、すぐに笑みが戻った。
「勇者だから殺したんだよ」
当然のように言った。
「僕を笑った奴、裏切った奴、追い詰めた奴……」
「全員敵だ」
声が、冷たくなった。
「敵を倒すのは、勇者として当然だろ?」
何を言っているんだ、こいつは。
勇者だから、敵を倒す。
敵とは、自分を傷つけた者。
だから、殺す。
その論理が、本気で正しいと思っているのか。
「この国では」
私は静かに言った。
「勇者だからといって、そんな理由で人を殺すことは許されていない」
「はっ」
神崎が鼻で笑った。
「笑わせるな」
剣を肩に担いだ。
「先に攻撃してきたのはそっちだ。僕は自分を守っただけだよ」
自分を守っただけ。
何百人も殺しておいて、その言い草か。
「初めに殺したのは、ルナ・フィルハートだったね」
私は言った。
ルナ。
神崎のパーティにいた僧侶。
心優しい少女だったと聞いている。
「彼女が、君に危害を加えたのか?」
神崎の目が、一瞬だけ泳いだ。
だが、すぐに表情を取り繕った。
「裏切り者を処分しただけだ」
声が、少しだけ硬くなっていた。
「僕に罪はないよ」
「それは私怨による殺人だ」
私は言い切った。
「どんな理由があれ、人殺しは罪として裁かれる」
沈黙が落ちた。
神崎の顔から、笑みが消えた。
「……ねぇ」
声が、低くなった。
「いつまで喋ってるの?」
苛立ちが、滲んでいた。
「それに」
私は続けた。
「これが勇者の行いなのか?」
民間人を殺し、騎士を殺し、街を燃やす。
これが、女神に選ばれた者のすることか。
「——黙れよ」
神崎の声が、変わった。
冷たさが消え、むき出しの怒りが現れた。
「説教とかいらないんだよ」
剣を構え直した。
「僕はレベル450だぞ」
声が震えていた。
怒りか。
それとも、別の何かか。
「お前みたいな雑魚に何が分かる」
目が、据わっていた。
「邪魔するなら——」
剣が、光を帯びた。
「殺す」
私は盾を構えた。
話は、終わりだ。
こいつは、もう戻れない。
戻る気もない。
ならば——止めるしかない。
「フィオラ」
私は静かに言った。
「ええ」
フィオラが、隣に並んだ。
剣を構える。
赤髪が、風に揺れた。
「行くぞ」
「来いよ」
神崎が笑った。
壊れた笑みだった。
「雑魚が何人来ても同じだ」




