表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『喧嘩無敗〜魔力0で追放された俺、魔法を拳でぶっ潰す〜』   作者: 緋村 獏


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

95/108

95.負け犬の遠吠え


 神崎が、ゆっくりと振り返った。


「一人になっちゃったね」

笑っていた。


クラウディアは答えなかった。

剣を構える。


「総隊長クラウディア……だっけ?」

神崎が、首を傾げた。

「副隊長は弱かったよ」


軽い口調だった。

十年の戦友を殺しておいて、その言い草。


「君はどうかな」

神崎が剣を肩に担いだ。

「少しは楽しませてくれる?」


クラウディアの歯が、軋んだ。


「まあ……無理だろうけどね」

神崎が笑った。

「僕に勝てる奴なんて——」


一歩、踏み出す。


「この世界にはいないんだから」


クラウディアが口を開いた。

「黙れ」


低い声だった。


「貴様が殺した人間には、家族がいた」

「妻がいた。子供がいた。親がいた」


一歩、踏み込む。


「ライナーには、守りたいものがあった」


剣を握り直す。

「貴様にそれがわかるか」


神崎が、きょとんとした顔をした。

「わからないよ」


本気で、わからないという顔だった。


「だって、弱いのが悪いんでしょ?」


クラウディアの視界が、赤く染まった。


「——死ね」


地面を蹴った。


――――


同時刻。

王都郊外。


空から、天使が降り注いでいた。


「市民を守れ!」


私は叫んだ。

剣を振るい、天使を斬り落とす。


白い羽根が散り、光となって消えていく。

だが、次から次へと湧いてくる。


黒い門が空に開いている。

そこから無限に溢れ出してくるようだった。


フィオラが隣で剣を振るう。


一撃で三体。

だが、斬っても斬っても終わりが見えない。


「きりがないね……!」


サラが叫んだ。

後方で結界を張り、避難する市民を守っている。


「数が多すぎる……!」


天使の矢が、光の壁に弾かれる。


「耐えろ!」


私は天使を斬りながら叫んだ。

「騎士団が来るまで持ちこたえる!」


背後には、守るべき命がある。


やがて――

蹄の音が聞こえた。


地響きのような重い音。

騎士団の増援が到着した。


「援軍だ!」


誰かが叫んだ。


白銀の鎧を纏った騎士たちが、隊列を組んで突入してくる。

槍が閃き、剣が舞う。


天使の群れに、騎士団が食い込んでいく。

戦況が、少しずつ安定し始めた。


「レオンハルト様!」


騎士の一人が駆け寄ってきた。


「こちらは我々が引き継ぎます! 隊長の元へ!」


「わかった」


私は頷いた。

クラウディアさんのところへ行かなければ。


「フィオラ、サラ、行くぞ」


三人で駆け出そうとした。

その時だった。


「やあ」


声が聞こえた。

静かな、気怠げな声。


路地の影に、人影が立っていた。


銀がかった白髪。

黒いローブ。

薄い青灰色の瞳。


私の目が、見開かれた。


「お前は……」


ルシ。

魔人の従者。


あの時、確かに倒したはずだ。

いや――違う。


量産された個体が、残っていたのか。


「驚いた顔だね」


ルシが、薄く笑った。

だが、その姿は揺らいでいた。


輪郭がぼやけている。


「安心して。戦いに来たわけじゃない」


ルシが肩をすくめた。


「というか、元々戦えない」


「どういうことだ」


私は剣を構えたまま問うた。


「僕は密偵として作られた思念体だ。魔力はほぼゼロ」


淡々とした声だった。


「それに――」

「主人様が死んでしまったからね」


主人。

魔人のことか。


「従者も長くは持たない。もうすぐ消える」


フィオラが剣を構えた。


「なら、なぜここに現れた」


「負け犬の遠吠えだよ」


ルシが笑った。

自嘲するような、乾いた笑い。


「最後に少し、語らせてくれ」


空を見上げた。


「今までの勇者はどいつも厄介だった」


遠い目をしていた。


「理不尽なほど強くて、心も折れない」


声が、どこか懐かしげだった。


「どれだけ追い詰めても、最後には主人様が負けた」

「何度甦ろうとも、何度でもだ」


ルシの声に、苦い響きがあった。


復活するたびに繰り返されてきた魔人と勇者の戦い。


「でも今回は違った」


視線が戻る。

薄い青灰色の瞳が、私を見た。


「神崎ハルトは弱かった」


口元が歪んだ。


「なんの間違いだと目を疑ったよ」


ルシが笑った。

嘲りではない。


純粋な、驚きの笑いだった。


「能力もあった、時間もあった」

「なのに――」

ルシが首を振った。

 

「努力もせず、ただ言い訳を重ねるだけ」

「周りが悪い。環境が悪い。誰も理解してくれない」

「自分は悪くない。いつかきっと認められる」

 

ルシが指を折った。

 

「二年間、ずっとそうやって生きてきた」

「こんな心の弱い勇者などかつていなかった!」

 

「これなら壊れると思った…」


私の拳に、力がこもった。


「……お前が、神崎に洗脳魔法をかけたのか」


声が、低くなっていた。

自分でも分かるほどに。


「いいや」


ルシが首を振った。


「僕は何もしていない」


「何も……?」


「ご覧の通り、魔力ほぼゼロの思念体だ」


ルシが両手を広げた。

その手も、輪郭が曖昧になっている。


「そもそも僕にそんな力はないよ」


遠くで、天使と騎士がぶつかり合う音が聞こえる。


「彼は孤独だった」


ルシの声が、芝居がかったものに変わった。


「誰にも理解されない。誰にも認めてもらえない」

「だから僕は、彼の理解者になってあげた」


微笑んだ。


「ルシアンという名前でね」

「話を聞いてあげた。肯定してあげた」


ルシの声は、穏やかだった。


「それだけさ」


それだけ。

たったそれだけで。


「彼が勝手に都合よく解釈した」


ルシが笑った。


「禁術をかけられたと思い込んだ。恐怖が消えたと信じ込んだ」


「全部、彼自身の選択だよ」


楽しげな声が響く。


「自分の意思で人を殺した。自分の意思で狂った」


ルシが、感慨深そうに言った。


「奇跡だったよ」


その声には、純粋な喜びがあった。


「結局、本物の勇者は別にいたみたいだけどね」


ルシの視線が、私を通り越した。

どこか遠くを見ている。


「悔しいよ。あと少しだったのに」


ルシの体が、さらにぼやけ始めた。


「主人様は貴様らに殺された」


「だから僕は、せめて人間同士の殺し合いを楽しむことにした」


「それだけのことさ」


ルシの姿が、薄れていく。


「楽しかったよ」


「ハルトとの時間」


最後に、笑った。


「せいぜい殺し合ってくれ」


ルシの姿が透明になって消えた。


後には、何も残らなかった。

ただ、空っぽの路地があるだけだった。


私は、剣を鞘に収めた。


「行こう」


クラウディアさん達が戦っている。

神崎を止めなければならない。


三人で、走り出した。

王都の中心へ向かって。


 

ルシの言葉が、頭の中で繰り返されていた。


『全部、彼自身の選択だよ』


奴が現れた時、どこかほっとした自分がいた。

やはり、これは洗脳だ。勇者はこのような悪虐を行うはずがない。


だが、その糸はすぐに切って離された。


奴の言う通り、奴自身に魔力はほとんどなかった。

完全な思念体。

 

神崎ハルト。

お前は、本当に自分で選んだのか。


答えは、もう分からない。


分かっているのは一つだけだ。


――止めなければならない。

どんな理由があろうとも。


これ以上、誰も死なせないために。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ