94.ここで仕留める
クラウディアが、鬼のような形相で叫んだ。
「神崎ッ!!!!」
氷りついた範囲のギリギリまで歩み寄る。
白い息が、怒りに震えていた。
「なぜ民間人にまで攻撃する!?」
拳が、震えていた。
「貴様は勇者じゃなかったのか!!」
神崎は身を丸め、荒ぶる氷結の嵐から身を守りながら叫び返した。
「当たり前だろ、僕が勇者だ!」
その声には、一片の迷いもなかった。
「僕こそが正義の象徴だ!」
神崎が、狂ったように笑った。
「天使は僕に敵意のあるやつを撃つんだ! 善良な市民は僕が守る!!」
クラウディアの顔面が、青ざめた。
こいつは、何を言っているんだ。
いったい何人殺してきたと思っている。
お前の殺した人間、その一人一人に――
妻がいた。
子供がいた。
親がいた。
友達がいた。
もうこいつを憎んでいない人間など、この国にはいない。
それなのに。
『善良な市民は僕が守る』だと?
狂っている。
完全に、狂っている。
クラウディアは選択を迫られた。
市民を助けに行くか。
それとも、この場で確実に仕留めるか。
時が、止まったように感じた。
その時――
「報告です!」
急ぎ、騎士が駆けつけてきた。
「レオンハルト様御一行が、民間人の救助に向かわれました!」
クラウディアの胸に、熱いものが込み上げた。
よかった。
お前がいてくれて、よかったよ、レオンハルト。
迷いが消えた。
「ここで仕留めるぞ!」
クラウディアが剣を構えた。
「「「はっ!」」」
騎士たちが応じる。
「まずい……」
アルヴィンの声が、掠れていた。
「魔力が保たん。こいつは天使で殺人して回復している……!」
氷結の嵐を維持しながら、アルヴィンは限界を迎えつつあった。
「私もろとも封印しなさい!!」
「……しかし」
クラウディアが躊躇った。
「ははは、すごい鬼効率だ!」
神崎は氷結の嵐の中うずくまりながら笑っていた
「迷うな!」
アルヴィンが叫んだ。
「早くやれ!」
「……っ!」
クラウディアは歯を食いしばった。
「結界を張るぞ!」
「「「はっ!」」」
騎士たちが詠唱を始めた。
光が集まる。
アルヴィンもろとも、ドーム状の光が神崎を覆っていく。
被膜が、だんだんと厚くなっていく。
――――
静寂が訪れる。
中は、もう完全に凍結しただろうか。
捕縛は完了したかに思われた。
その時――
「あがった!!」
ドームの中から、声が聞こえた。
ほんのわずかだが、確かに。
歓喜の叫び。
バギィン!
結界が、内側から砕け散った。
光の破片が飛び散る。
その中から、神崎が飛び出してきた。
「ヘブンリーエッジ!」
剣が振り下ろされる。
隊列を組んでいた精鋭部隊――
その三名の体が、同時に刻まれた。
血飛沫が舞う。
「怯むな、当たれ!」
クラウディアが叫んだ。
「絶対に逃すな!」
精鋭部隊が追撃を仕掛ける。
「ライナー、追撃を任せたぞ!」
「了解!」
ライナーが駆け出した。
クラウディアは、アルヴィンの元へ走った。
全身が凍っている。
足は――神崎の攻撃に巻き込まれたのか、切断されていた。
まだ間に合うかもしれない。
クラウディアは魔法で熱を当て、上半身の凍結を溶かした。
ヒールを当てる。
胸が、かすかに上下している。
呼吸している。
重大な危機は脱したようだ。
「……すまない、アルヴィン殿」
クラウディアは立ち上がった。
「必ず仕留める」
そして、追撃に向かった。
細い路地を走る。
道には、騎士たちの死体が積まれていた。
血の臭いが、鼻を刺す。
クラウディアは全力で追った。
間もなく、広場に出る。
そして――その姿を捉えた。
神崎は騎士を切り払いながら逃げている。
だが、突如として足を止めた。
その前に、ライナーが立ちはだかっていた。
先回りして待ち伏せしていたのだ。
「うおおおおッ!!」
ライナーの大剣が、神崎を捉える。
渾身の一撃。
だが――
「レベル400だ!!」
神崎が叫んだ。
その声には、狂気と歓喜が混じっていた。
「ヘブンリーエッジ!」
剣が閃いた。
ライナーの首が、飛んだ。
「——っ!」
同時に、衝撃波が前方に広がった。
建物の壁が砕け、瓦礫が舞い上がる。
首を失った体が、膝から崩れ落ちる。
大剣を握ったまま。
最後まで、剣を離さなかった。
重い音を立てて、地面に倒れた。
クラウディアの足が、止まった。
視界が、白くなった。
十年だ。
十年間、隣で戦ってきた。
誰よりも真面目で、誰よりも堅実で、誰よりも部下を思っていた男。
王国騎士団副隊長であり最強の盾として君臨してきたこの男が…死んだ。
「——ライナー!!」
クラウディアの叫びが、広場に響いた。




