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『喧嘩無敗〜魔力0で追放された俺、魔法を拳でぶっ潰す〜』   作者: 緋村 獏


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90.勇者討伐依頼


 全員、血塗れだった。


鎧の継ぎ目から赤が滴り、石床に斑点を作っていく。


「ライナー……無事か」


クラウディアさんが一歩寄った。

声を荒げない。

だがその短い一言に、普段の冷徹さがない。

逆に、動揺が際立った。


「……申し訳ありません、隊長」


ライナー副隊長が膝をついた。

呼吸が荒い。

喉の奥が擦れた音を立てている。


「取り逃がしました」


その一言が、石を投げ込んだように室内に落ちた。


「状況を。端的に」


クラウディアさんの声が、隊長のそれに戻る。


「はい」


ライナーが顔を上げた。

黒い瞳が、真っ直ぐにクラウディアさんを見る。


「私が直接、勇者と対峙しました。説得を試みましたが、応じず」

「捕縛に移行するも、隊列を整える前に……多くの騎士が斬られました」


報告は淡々としている。

だがその淡々さが、現場の異常を物語っていた。


「戦線を下げ、包囲を立て直そうとしたところ、勇者は距離を取り逃走」


ライナーの眉間の皺が、深くなった。


「振り向きざまに、光の斬撃を。大量に」


「光の斬撃を、飛ばした……?」


フィオラが眉を寄せた。


「はい。しかし、このような攻撃があるとは報告にありませんでした」


ライナーが首を振る。


「いったいどれほどの手札を持っているのか。正直、強さの底が知れません」


底が知れない。

副隊長にそう言わせる相手。


「そんな勇者が、なぜ。何か言っていなかったのですか」


ライナーは首を振った。


「それが……意味のある言葉は、ほとんど」


一瞬、言葉を探すような間があった。

あの堅実な副隊長が、報告に迷っている。


「『悪党を排除した』『僕は選ばれている』『邪魔をするな』……」


ライナーの声が、僅かに低くなった。


「その程度です」


胸の奥が冷えた。

意味がない。

だが、意味がないことが怖い。


クラウディアさんが息を吐いた。


「最初に殺害されたのは、ルナ・フィルハート」


私の背筋が、僅かに強張った。


「勇者パーティのヒーラーだ」


「仲間を、ですか」


「ああ」


クラウディアさんが頷いた。


「なぜ仲間を殺めたのか。何度か追い詰めて問答したが、聞き出せた言葉は二つだけ」


蒼い瞳が、冷たく細まった。


「『裏切り者を倒した』『正義を執行したまでだ』」


「正義……?」


思わず声が漏れた。


「何を言っているんだ……」


勇者は王国の希望だ。

女神に選ばれた象徴だ。

民を守るために、この世界に遣わされた存在のはずだ。


それが仲間を殺し、民を殺し、騎士を狩る。

正義だと言って。


「それに、勇者はAランクだったはずです」


私はライナーを見た。


「副隊長を退けるほどの実力が、あの男に?」


クラウディアさんが頷いた。


「私も驚いている」


声は平坦だが、目の奥に苛立ちが見えた。


「奴は戦うたびに新しい力を見せてくる。底が知れないとは、正にこのことだ」


言葉を切り、続ける。


「それに、勇者の使う力。本人は『スキル』と言っていたが……」


クラウディアさんの眉が寄った。


「我々の知る魔法と、似て非なるものだ。予測がつかない」


室内の空気が重い。

篝火の爆ぜる音だけが響く。


「……それで、私たちが」


私が口を開いた瞬間、クラウディアさんが被せた。


「ああ」

「多くの民間人が犠牲になっている。もう総出で当たるしかない」


そして、僅かに視線を落とした。


「……ただし」


一拍の間。


顔を上げた瞳は、冷静に戻っていた。

だが、その冷静さの奥に、苦いものが滲んでいる。


「勝てる確証がない」


その言葉が、石のように重く落ちた。

王国騎士団隊長が、勝てる確証がないと言っている。


クラウディアさんが、私の目を真っ直ぐに見た。


「万が一にでも我々が敗れるようなことがあれば……」


一拍、間を置いた。


「君たちに、勇者の討伐を頼みたい」


討伐。

捕縛ではなく、討伐。

その言葉の重さが、胸に沈む。


私は、静かに息を吸った。


「……わかりました」


クラウディアさんが頷いた。


「今晩も絶えず夜襲を仕掛け、奴を疲弊させる」


声が、作戦を告げるものに変わる。


「そして明日、全部隊を率いて勇者捕縛作戦を決行する」


全部隊。

騎士団の総力だ。

それでも「万が一」を想定している。


クラウディアさんの蒼い瞳が、僅かに揺れた。


「長旅から帰ってきて、すぐにこのような頼みをする」


声が、少しだけ柔らかくなった。


「魔人を討った英雄に、休息ではなく戦場を用意するとは……騎士団隊長として、恥ずかしい限りだ」


「いえ」


私は首を振った。


「我々のことはお気になさらず。それに――」


少しだけ、笑みを作った。


「クラウディアさん率いる騎士団が負けるなんて、想像もつきません」


クラウディアさんが、ふっと息を吐いた。

笑みとは言えない。

だが、強張っていた顔が、僅かに緩んだ。


「ありがとう」


短く言って、背筋を伸ばした。


「せめて今日は、ゆっくり休んでくれ。明日に備えて」


そして、背後に控えていた騎士に声をかけた。


「案内しろ」


「ハッ!」


騎士が敬礼し、私たちを促した。



上階の部屋に案内された。


窓が大きい。

街の展望がよく見える。


夜の王都が広がっていた。


いつもなら、灯りが溢れているはずだ。

だが今夜は、暗い区画が目立つ。

避難しているのだろう。

あるいは、もう誰もいないのか。


「全然よくわからなかった……」


サラが、窓辺に立ったまま呟いた。


「勇者が、なんで」


「錯乱したのかしら」


フィオラが腕を組む。


「それとも、最初からああいう男だったのか」


私は窓の外を見たまま、考えていた。


『裏切り者を倒した』

『正義を執行したまでだ』


裏切る。

正義。


「いったい何と戦っているのだろうか」


私は呟いた。


「奴の目には、何が見えているのだろう」


答えは出ない。


クラウディアさんの言葉が、頭の中で繰り返される。


『万が一にでも我々が敗れるようなことがあれば』


万が一。

あの人が、万が一を口にした。

本当に、あり得るというのか。

騎士団の総力をもってしても、勝てない可能性が。


不安が、胸の奥で燻る。

だが、今は考えても仕方がない。


「二人とも、今日は休もう」


私は振り返った。


「明日に備えて」


サラが小さく頷いた。

フィオラも、静かに目を閉じた。


私は寝台に横になった。

目を閉じる。


だが、眠りはなかなか訪れなかった。


窓の外で、遠くの空が一瞬だけ光った。

夜襲が始まっている。


今夜も、誰かが戦っている。

誰かが、死んでいる。


やがて、意識が沈んでいった。

不安を抱えたまま、その日は眠りについた。

 

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