89~レオンハルト~【5章】
王都からの緊急召集を受け、私たちは鬼塚さん、リリィさん、ジャックの三人と別れた。
名残惜しさはある。
だが、今は王都が優先だ。
「四日もあれば着くでしょう」
フィオラが横に並んだ。
「それにしても、冒険者の私たちに頼るなんて。いったいどうしたのかしら」
「こんなの初めてだよね」
サラが首を傾げる。
「それにしても……」
私はサラの顔を見た。
いつもより、どこか柔らかい。
「サラ、何かいいことでもあったのかい?」
「えっ、な、なんでっ……べ、別にないです!」
サラが慌てて顔を背けた。
耳が赤い。
私は微笑んだ。
「そっか。顔に書いてあるよ」
「いいことあったの」
フィオラも微かに笑った。
「よかったね、サラ」
「ふ、二人してからかわないでよ……!」
サラが頬を膨らませる。
だが、その顔も嬉しそうだ。
鬼塚さんと、何かあったのだろう。
聞かない方がいい。
こういうことは、本人が話したい時に話せばいい。
私は前を向いた。
「よし、飛ばすぞ」
三人の足が、同時に地を蹴った。
風が唸る。
荒野の砂塵を蹴散らし、俺たちは矢のように王都へ向かった。
――
四日後、夕刻。
北門が見えた。
「レオンハルト様!」
門番が俺たちに気づき、慌てて声を上げた。
「今開けます! レオンハルト様御一行到着だ! 報告急げ!」
重い門が軋みながら開いていく。
中に入った瞬間、違和感を覚えた。
街が騒がしい。
いや、騒がしいだけじゃない。
壁に焦げ跡がある。
石畳に傷がついている。
戦闘の痕跡だ。
すぐに王国騎士団員が駆けつけてきた。
息を切らしている。
「レオンハルト様、お待ちしておりました!」
「歩きながらでいい、状況を説明してくれ」
私は足を止めずに言った。
騎士団員が横に並び、早口で報告を始める。
「現在、王国騎士団が全兵力を挙げて犯人を追跡中です」
「捕まらないのか?」
「追い詰めることもあるのですが……その度に返り討ちに遭い、死者が増えるばかりです」
私の眉が寄った。
騎士団が返り討ち。
それも、複数回。
「犯人の詳細は掴めたか?」
「はい」
騎士団員の声が、一瞬だけ震えた。
「勇者、神崎ハルトです」
私は足を止めた。
「……なんだと?」
「勇者が?」
フィオラの声も硬い。
「間違いありません」
騎士団員が頷いた。
神崎ハルト。
鬼塚さんと同じ、異世界から来た転生者。
女神に選ばれた勇者。
その男が、王都で暴れている。
――
「……隊長がお待ちです。どうぞ」
話を聞くうちに、王国騎士団本部に到着した。
城壁を思わせる、重厚な石造りの建物。
正面には王家の紋章が刻まれた大扉。
両脇には篝火が焚かれ、武装した騎士が立っている。
私は扉を押し開けた。
「レオンハルト、待っていたぞ」
声が、すぐ目の前から降ってきた。
扉を開いた先で、隊長が待ち構えていた。
王国騎士団隊長、クラウディア・リヒトシュタイン。
淡い金髪を後ろで一本に束ね、薄い蒼の瞳がこちらを見ている。
彫刻のような端正な顔立ち。
白銀の鎧が篝火の光を反射し、背に纏った青い外套には王家の紋章が刻まれている。
腰には、細身の体躯には似つかわしくない両手剣が佩かれていた。
「クラウディアさん、これはいったい——」
「ああ、先に言わせてくれ」
俺の言葉を遮り、クラウディアが口を開いた。
「魔人討伐、おめでとう」
その声は、穏やかだった。
だが、目の下には隈がある。
眠れていないのだろう。
「ありがとうございます。伝令が早かったですね」
「魔力探知班が総力で魔人の魔力を追っていたからな。すぐにわかった」
クラウディアが、わずかに笑った。
「本来なら、君たちは凱旋パレードで盛大に祝われるべきなのだが……」
その笑みが、苦いものに変わる。
「大変申し訳ない」
「構いませんよ」
私は首を振った。
「状況を話してください」
クラウディアが頷きかけた、その時だった。
背後で、扉が勢いよく開かれた。
クラウディアの目が見開かれる。
「ライナー、無事か!?」
振り返る。
そこに立っていたのは、血まみれの男だった。
王国騎士団副隊長、ライナー・クロイツ。
濃い茶の短髪、黒に近い瞳。
堅実な顔立ちに、常に刻まれた眉間の皺。
鉄色の重装鎧は至る所が凹み、肩当ての階級章が血で汚れていた。
その背後にも、数名の騎士団員が立っている。
全員、血塗れだった。




