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『喧嘩無敗〜魔力0で追放された俺、魔法を拳でぶっ潰す〜』   作者: 緋村 獏


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83/108

83.聖堂にて


 療養棟の寝台は、妙に柔らかかった。

 

白い天蓋。

薄い香の匂い。

天井に魔法陣のような複雑な紋様が刻まれていて、淡い光が壁を伝い床まで脈みたいに流れている。


「これが高位治癒陣ね」

リリィが天井を見上げて言った。

「薄く、長く。人間の体を治していくの」


「へえ、便利だな」

俺は寝台に横たわったまま答えた。


「これ、めちゃくちゃお金かかるんだよ…英雄の特権ね」


隣の寝台から、ジャックが手を振ってくる。


「天国っすねぇ……寝てるだけで治るっす……」


「うるせぇ、寝ろ」


「寝てるっすよ、今から!」


サラは布団を鼻先まで引き上げて、目だけでこっちを睨んでいた。


「……騒がないで。集中できない」


「お前も寝ろ」


「寝るし……」


フィオラはもう目を閉じている。

レオンハルトも、静かに両手を組んでいた。


こいつら、こういうの慣れてるな。


俺も目を閉じた。

少しだけ眠ったつもりだった。



目を覚ますと、リリィの腹が鳴っていた。


「ほらね」

リリィが得意げに言う。

「副作用。体が栄養を求めるの」


療養棟の修道士が運んできたのは、山みたいなパンと肉とスープだった。


「こんな食えるかよ……」

俺は皿を見て呟いた。


「食えるよ」

リリィがあっさり言う。


「食えるっす」

ジャックはもう食っている。


サラも黙ってパンをちぎった。

口に入れた瞬間、顔が少し緩んだ。


俺は自分の拳を見た。

腫れは少し引いてきたか。

でも痛みは残っている。


「剛くん、手」

リリィが当然みたいに俺の手を取ろうとした。


そこにサラが割り込んできた。


「ちょっと、それ私の仕事」


「回復薬塗るくらいあたしにもできるし!」

リリィが譲らない。


「いいから任せて!」

サラも引かない。


バチバチ。


俺はため息を吐いた。


「……お前ら、俺の拳で遊ぶな」


「遊んでない!」

「遊んでないよ!」


また同時だ。


レオンハルトが咳払いをした。


「……療養棟では静かに」


穏やかに言っているのに、妙に圧がある。


二人が同時に背筋を伸ばした。


「はい……」

「はーい……」


フィオラが小さく笑った。


「元気ね。いいことだわ」


平和だ。



二日目の朝。


ジャックが寝台から跳ね起きた。


「治ったっす!!俺、跳べるっす!!」


「静かにしなさい」

レオンハルトが窘める。


「はいっす……」


サラは寝台から降りて、杖を軽く回してみせた。

足取りが安定している。


「……うん、完璧」

小さく頷いた。


フィオラは剣を一度だけ抜いた。

風が裂ける。

鈍りはない。


レオンハルトは盾を持ち上げ、剣を握り直した。

全快だ。


リリィが俺の周りをぐるぐる回る。


「剛くんはー?」


「俺は痛ぇ」


「うん知ってる。剛くんは魔法受けられないもんね」


サラが俺の拳を見て、鼻を鳴らした。


「……今日は私が塗る」


「は?」


有無を言わさず、サラが俺の手を取った。小さい指が、妙に強い。


「昨日はそっちが塗ったでしょ」

サラはリリィを睨む。


リリィが肩をすくめた。


「むー……しゃあなし。今日はサラちゃんに譲るよ」

口ではそう言いながら、目は俺の拳に張り付いてる。


薬が塗られる。

ひんやりして、次の瞬間じわっと熱い。


俺が眉を動かすと、サラがすぐに顔を上げた。


「痛いの?」

「平気だ」


リリィが横から覗き込む。


「サラちゃん、意外と手つき丁寧だね」

「当たり前でしょ。ヒーラーだし」


「へー。剛くんだからじゃなくて?」

「……違う!」


サラは赤くなったまま、薬を塗る手だけは止めない。

 

ジャックが肩を揺らして笑っている。


「平和っすねぇ」


「ああ、平和だ」

レオンハルトが窓の外を見ながら言った。


一瞬だけ目を閉じる。


「今のうちに休もう。今日は街が待っている」


外では鐘が鳴っていた。

昨日より明るい音だ。


カルドナ全体が、祝勝会の準備をしている。

空気が浮かれているのが、壁越しに伝わってくる。


「よーし、外で騒がれる準備できた!」

リリィが両手を広げた。


「準備ってなんだよ」


「気持ちよ!凱旋ムードの準備!」


サラがぼそっと言った。


「……私、騒がれるのは嫌」


一拍置いて、


「……でも、ちょっとだけなら、見たい」


リリィが即座に指差した。


「出た、本音!」


「出てない!」

サラが顔を赤くして否定する。


俺はため息を吐いて寝返りを打った。


「……静かにしろ」


窓の外から、街の喧騒が聞こえてくる。

祝勝会が、始まろうとしていた。

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