107.一万の報い
式典が終わった。
だが、誰も帰らなかった。
広場の空気が、変わった。
祝福から——裁きへ。
鎖の音が聞こえた。
ガシャン、ガシャンと、重い金属の音。
広場の端から、何かが引きずられてくる。
神崎だった。
枷に繋がれ、騎士に引かれている。
顔は腫れ上がったまま。
あっという間に、広場の中央にスペースが確保された。
人々が左右に分かれる。
設備が、次々と出来上がっていく。
木製の台。
鎖を繋ぐ柱。
「拳王様、広場にお越しください」
騎士に呼ばれた。
俺たちは広場に移動する。
中央には、巨大な処刑台が組まれていた。
神崎はそこで、鎖によって宙吊りにされていた。
両手首を鎖で高く吊り上げられ、足は地面に着いていない。
首がだらりと垂れていた。
意識はないようだ。
仮面を被った屈強な男が現れた。
黒い覆面。
筋肉質の体。
手には、大きな剣。
あいつが処刑人か。
その後ろから、何十人ものローブを被った魔術師が現れた。
神崎の足元を中心に、魔法陣を描き始める。
複雑な紋様。
光る線が、地面に刻まれていく。
そして——大量の剣が運び込まれた。
何百本という剣。
台の上に、整然と並べられていく。
「拳王殿」
クラウディアが近づいてきた。
「始まりましたら、能力をお願いします」
「わかった」
俺は頷いた。
神崎が魔法を使えないように。
アリーナで、封じ続ける。
それが俺の役目だ。
クラウディアが、広場に向かって声を張った。
「これより、神崎ハルトの公開処刑を行います」
声が、広場に響き渡った。
「凄惨なものとなります。ご理解いただける方のみ、お残りください」
誰一人として、帰ろうとする者はいなかった。
誰も、動かなかった。
全員が、神崎を見つめていた。
被害者の名前が記された巨大な垂れ幕が、高い建物から吊るされた。
びっしりと、名前が書かれている。
数えきれない。
だが——確かに、一万人はいそうだ。
「被害者が殺害された状況を、可能な限り再現します」
クラウディアが続けた。
「被害者の名前を一人一人読み上げます。参加されたい遺族の方がおられましたら、その時手を挙げてください」
参加。
遺族自らが、神崎を斬る。
そういうことか。
「始めろ!」
クラウディアが叫んだ。
神崎の足元の魔法陣が、光った。
ガキン。
ガコン。
色々な音が鳴る。
封印が解けたのだろう。
神崎の目が、開いた。
「え……え?」
虚ろな目が、周囲を見回した。
「なに、これ……」
声が、掠れていた。
騎士が、名前を読み上げた。
「ルナ・フィルハート」
最初の名前。
神崎が最初に殺した、仲間の少女。
騎士は広場を見渡した。
手を挙げる者は、いなかった。
遺族は、ここにいないのか。
それとも、もう——
騎士が、処刑人に目配せをした。
処刑人が書面を確認した。
殺害状況の記録だろう。
そして——剣を、神崎の腹に突き刺した。
「ぎゃぁぁぁぁ!!!」
神崎の絶叫が、広場に響いた。
血が噴き出す。
剣が、引き抜かれた。
「うぅっ……!!」
神崎が、痙攣した。
血が、地面に広がっていく。
その瞬間——足元の魔法陣が光った。
神崎の傷が、塞がった。
いや——服も戻っている。
「時間に干渉する禁術よ」
リリィが、小さく言った。
「なるほど」
俺は頷いた。
「これを約一万人分……」
公平だ。
死んだ奴と、同じ目に合わせる。
殺された時と、同じ方法で。
同じ苦しみを。
シンプルだが——一番皆が納得する形だ。
「ガルド・ブロンソン」
次の名前が読み上げられた。
処刑人が、背後に回った。
剣を振り下ろした。
背中から、斬り裂く。
「うあああああ!!」
神崎が叫んだ。
「痛い痛い痛い痛い!!」
魔法陣が光る。
傷が修復される。
「セリア・アストリア」
次の名前。
「うあああああ!!」
神崎の絶叫。
「なんで終わらないんだよ!!」
袈裟に切り裂かれる。
魔法陣が光る。
修復される。
「もう嫌だ……もう嫌だ……」
神崎が泣いていた。
ひたすらに、繰り返す。
五人目の名前が読み上げられた時——
女性が、手を挙げた。
中年の女性だった。
目が、真っ赤だった。
騎士の指示に従い、処刑台に上がった。
剣を受け取った。
構えた。
手が、震えていた。
振り下ろした。
「死ね!!」
「いだぁぁぉ!!」
神崎が叫んだ。
だが——浅かった。
騎士が、女性にやり方を説明している。
もっと深く。
もっと強く。
被害者が受けた傷と、同じように。
「もう、もうやめて……」
神崎が懇願した。
女性は、聞いていなかった。
もう一度、剣を振り下ろした。
今度は深く。
「ああああ!!!!」
神崎の絶叫。
魔法陣が光る。
修復される。
女性は、台を降りた。
泣いていた。
だが——どこか、すっきりした顔をしていた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
神崎が呟いていた。
「もう殺して……」
誰も、答えなかった。
その後も、ひたすらに繰り返された。
神崎の体が裂かれる。
直される。
また裂かれる。
また直される。
この一日で、一体何人分の死を体験したのか。
それでも——まだ名簿の一割にも満たない。
――――
処刑は、一ヶ月続いた。
毎日、遺族が訪れた。
毎日、神崎の悲鳴が響いた。
俺は毎日、処刑台の横に立ち続けた。
アリーナを発動し続けた。
神崎は何度も死にかけた。
だが、そのたびに魔法で生かされた。
死なせてもらえなかった。
一万回。
一万回、殺された。
そして——
一ヶ月目の最後の日。
神崎の精神は、死にかけていた。
目が虚ろだった。
叫びも少なくなっていた。
ただ、口が動いていた。
何かを呟いている。
聞こえない。
聞く気もなかった。
「神崎ハルト」
クラウディアの声が響いた。
「一万の民の恨みを受けよ」
最後の名前が、読み上げられた。
最後の遺族が、剣を振り下ろした。
最後の刃が、神崎の体を貫いた。
終わりだ——
そう思った。
だが、足元の魔法陣が光った。
神崎の傷が、また塞がった。
神崎の目が、少しだけ見開かれた。
なぜ——という顔だった。
「痛みの精算は終了だ」
クラウディアが、神崎を見下ろした。
「これから、貴様が奪った被害者が今後生きるであっただろう時間を精算してもらう」
神崎の目が、揺れた。
「言い残すことはあるか?」
沈黙。
神崎の口が、動いた。
「……ころ……して……」
掠れた声だった。
懇願だった。
クラウディアは、笑わなかった。
「殺すわけないだろう、馬鹿が」
冷たい声だった。
「始めろ!」
何十人もの魔術師が、神崎を囲んだ。
手を伸ばす。
詠唱を始める。
複雑な音の羅列。
魔法陣が、さらに輝きを増した。
「貴様の刑期は六十万年だ」
クラウディアが宣告した。
「六十万年、虚空の中で己の罪と向き合え」
神崎の目が、見開かれた。
「あ……」
声が漏れた。
「いやだ……いやだあぁぁぁ……」
神崎の体が、光に包まれた。
足元から、何かに吸い込まれていく。
水晶のような、透明な球体。
神崎の体が、その中に収まっていく。
最後に見えたのは——恐怖に歪んだ顔だった。
そして——消えた。
水晶だけが、残った。
神崎は、その中にいる。
六十万年。
虚空の中で。
一人で。
終わりだ。
「一ヶ月間、お付き合いくださり、本当にありがとうございました」
クラウディアが頭を下げた。
騎士たちが、頭を下げた。
魔術師たちが、頭を下げた。
「礼を言いたいのは俺だ」
俺は言った。
「スカッとしたぜ」
本音だった。
一万回、神崎の悲鳴を聞いた。
一万回、神崎が苦しむのを見た。
それでも——まだ足りない気もする。
だが、これで区切りはついた。
「これで、みんな前を向けるといいな」
サラ。
フィオラ。
レオンハルト。
見てたか。
仇は——取ったぜ。




