106.英雄誕生
朝、一枚のビラが届いた。
『七日後、王都中央広場にて——』
『王都救済の英雄を称える式典を執り行う』
『国民の皆様におかれましては、是非ご参列いただきたい』
ビラの下半分には、別の内容が書かれていた。
神崎ハルトの判決。
『罪状:大量殺人、国家反逆、勇者詐称』
『刑:極刑』
『式典の後、公開処刑を執行する』
『なお、処刑は凄惨なものとなる。参加は任意とし、覚悟の上お越しいただきたい』
「あれ? 式典するの?」
リリィがビラを覗き込んだ。
「ああ、前に相談あってな。受けることにした」
俺はソファに座ったまま答えた。
「お前も来るだろ?」
「もっちろん!」
リリィが笑った。
久しぶりに見る、明るい笑顔だった。
「お前も参加にしといた」
俺はビラを置いた。
「てか極刑……死刑か?」
「んーん、それなら死刑って書かれるよ」
リリィが首を傾げた。
「こんな事件自体が前代未聞だからね。わからないな」
極刑。
死刑よりも、重い何か。
コンコン。
ノックが鳴った。
「はーい」
リリィが扉を開けた。
そこには、クラウディアがいた。
隣には、気品のある佇まいの老紳士が立っていた。
白髪を綺麗に撫でつけている。
仕立ての良い服。
背筋がまっすぐに伸びていた。
「ご無沙汰しております、リリィさん、拳王殿」
クラウディアが頭を下げた。
「それとこちら、王の側近を務めておられるシルバ様です」
「シルバと申します」
老紳士が、深く頭を下げた。
「お初にお目にかかります、リリィ殿、拳王殿」
王の側近。
お偉いさん中のお偉いさんか。
「あらま! どうぞどうぞ中でお掛けください!」
リリィが慌てて二人を招き入れた。
「それでは失礼します」
二人が入ってきた。
ソファに腰を下ろす。
シルバが、真っ直ぐに俺を見た。
「この度は王都を救っていただき、誠にありがとうございました」
二人が、深く頭を下げた。
「いいって」
俺は手を振った。
「皆で戦ったんだ」
俺一人の力じゃない。
騎士団が戦った。
クラウディアが戦った。
レオンハルトが、フィオラが、サラが——命を懸けて戦った。
「式典も受けてくださり、本当に感謝しかありません」
シルバが顔を上げた。
目に、光るものがあった。
「あなたのおかげで、国の皆が前を向ける」
「え! 剛くんもしかしてそこまで考えて……!?」
リリィが目を丸くした。
「ったりめえだ! バカにすんな」
俺は鼻を鳴らした。
「多分必要だろ、英雄みたいなのが……」
こういう時、人は何かに縋りたくなる。
希望が欲しくなる。
こういうのも、あいつらから学んだことだ。
レオンハルトなら、きっとそうした。
「重ねてお願いしたいことがありまして」
シルバが、居住まいを正した。
「神崎の処刑の際、拳王殿の力を貸していただきたいのです」
「そういうことか」
俺は頷いた。
アリーナ。
神崎の魔法を封じる力。
処刑中に暴れ出さないように、ってことだろう。
「任せとけよ」
「ありがとうございます」
シルバが頭を下げた。
「被害者の総数が一万人近くに上りますので、長時間お時間をいただくことになります。そのつもりでお願いいたします」
一万人。
その数字が、重く響いた。
「多いのはわかるが……じっくり処刑するってことか?」
「おっしゃる通りです」
シルバの目が、静かに光った。
「一万人分——じっくりと」
一万人分の恨みがある。
それを晴らすための、処刑。
「わかった」
俺は言った。
「俺も許せねえ人間の一人だ。できることはなんでもやる」
「何から何まで、本当にありがとうございます」
シルバが、もう一度深く頭を下げた。
「いいって」
俺は立ち上がった。
「色々大変だろ? 頑張れよ」
「ありがとうございます」
シルバが、微かに笑った。
「それでは、また式典で」
二人を玄関で見送った。
――――
そして、式典——。
俺とリリィとジャックの三人は、城のバルコニー手前で控えていた。
「すげぇな……これ国中の奴ら集まってるんじゃねえか?」
俺は呟いた。
見渡す限り全部人。
広場を埋め尽くしている。
道という道が、人で溢れている。
かなりの大人数が来れるよう整備したようだが、それすら溢れかえっていた。
空に浮いている奴もいる。
魔法で飛んでいるんだろう。
遠くでも見れるように、そこら中に映像が映し出されていた。
光の板みたいなのが、宙に浮かんでいる。
俺たちの姿が、そこに映っている。
「すご!これ歴史的瞬間!?」
リリィが目を輝かせた。
「みんな、仇とってくれた英雄に一目会いたいんすよ」
ジャックが言った。
声は明るかったが、笑えていなかった。
サラとフィオラとレオンハルトが、ここにいない。
その事実が、俺たち全員の胸にあった。
王様が演説を始めた。
白髪の、威厳のある老人だった。
声は、広場の隅々まで響いていた。
魔法で増幅されているんだろう。
前代未聞の二つの厄災が発生したこと。
多くの人が亡くなったこと。
魔人について。
淡々と、だが重く、語られていく。
「ではこちらに」
シルバが、俺たちを促した。
俺たちはバルコニーに出た。
眩しかった。
陽の光と、無数の視線。
人々がざわめき始めた。
まずは魔人を倒した功績が讃えられた。
リリィとジャック、そして俺の名前が呼ばれた。
続いて——3人の名前が読み上げられた。
レオンハルト。
フィオラ。
サラ。
ここに立つことができなかった仲間たち。
彼らは「亡き英雄」として扱われた。
嬉しかった。
忘れられていない。
その名前が、この国に刻まれる。
国民が、一斉に拍手した。
ものすごい迫力だった。
そして——
「王国の民よ」
王の声が、広場に響いた。
拍手が止んだ。
静寂が、降りた。
「我が王都は神崎ハルトの手により滅びの淵に立たされた」
王の声は、重かった。
「罪なき民が殺され、騎士団は壊滅し、S級冒険者たちが命を落とした」
誰も、何も言わなかった。
風の音だけが、聞こえた。
王が、一度言葉を切った。
間を置いた。
そして——
「だが——我々は、ここにいる」
声が、力強くなった。
「それは、一人の男が立ち上がってくれたからだ」
王の視線が、俺に向けられた。
「鬼塚剛」
名前を呼ばれた。
「彼は異世界より召喚されし勇者である」
ざわめきが広がった。
「勇者……」
「異世界から……」
「本当だったのか……」
声が、波のように広がっていく。
「魔人を討ち、王都を脅かした殺人鬼を打ち倒した」
王が続けた。
「彼がいなければ、この国は滅んでいた」
静寂が戻った。
誰もが、俺を見ていた。
無数の目。
無数の期待。
無数の感謝。
王が、一歩前に出た。
「だが——彼だけではない」
声が、少し柔らかくなった。
「S級冒険者、レオンハルト、フィオラ、サラ」
三人の名前が、空に響いた。
「彼らは命を賭して、勇者が駆けつけるまでの時間を繋いでくれた」
俺の胸が、締め付けられた。
繋いでくれた。
命を懸けて。
俺が来るまで。
「騎士団もまた、多くの犠牲を払いながら戦い続けた」
王の声が、震えた。
「全ての犠牲の上に、今日の我々がある」
一拍、間を置いた。
「その事を、決して忘れてはならない」
広場が、静まり返っていた。
泣いている人がいた。
俯いている人がいた。
拳を握りしめている人がいた。
誰もが、何かを噛みしめていた。
王が、俺を見た。
「鬼塚剛よ、前へ」
俺は歩いた。
高台へ。
王の隣へ。
足が、少しだけ震えていた。
王が、勲章を手に取った。
金色に輝く、立派な勲章だった。
「王都救済の功績を称え、ここに最高勲章を授ける」
勲章が、俺の胸に掛けられた。
重かった。
金属の重さだけじゃない。
この勲章に込められた、全ての想いの重さだった。
「そして——」
王が、声を張った。
広場の果てまで届くように。
「この国が在る限り、彼の名は永遠に語り継がれるであろう」
王が、俺の肩に手を置いた。
「王都を救いし英雄——鬼塚剛の名を」
一瞬の静寂。
そして——
広場から、歓声が上がった。
「勇者様!」
「ありがとう!」
「拳王!!」
地鳴りのような声。
空気を揺らす歓声。
俺は、広場を見下ろした。
無数の人が、俺を見ていた。
泣きながら叫んでいる人がいた。
笑いながら手を振っている人がいた。
子供を肩車して、指を差している人がいた。
全員が、俺を見ていた。
英雄として。
勇者として。
……違う。
俺は、英雄なんかじゃない。
間に合わなかった男だ。
だけど——
この歓声は、受け取る。
この名前は、背負う。
あいつらの分まで。
あいつらが繋いでくれた命の分まで。
俺は、生きる。
この国で、英雄として。
勇者として。
そう、決めた。




