103.お別れ
神崎ハルトは、王都地下の最深部に封印された。
七重の結界。
魔力を封じる枷。
二十四時間体制の監視。
俺もその監視に加わった。
万が一、また暴れ出したら——今度こそ殺す。
だが、三日経っても神崎は目を覚まさなかった。
——そして、葬儀の日が来た。
その日は、晴れていた。
残酷なほど、青い空だった。
王都では、毎日どこかで葬儀が行われていた。
何万人もの犠牲者。
遺族の泣き声が、街中に響いていた。
俺は、葬儀会場に向かっていた。
隣にはリリィ。
誰も、何も喋らなかった。
S級パーティの葬儀。
魔人を倒した英雄たちの、最後の別れ。
会場には、大勢の人が集まっていた。
貴族。
騎士。
冒険者。
一般市民。
誰もが、黒い服を着ていた。
誰もが、俯いていた。
三つの棺が、並んでいた。
サラ。
フィオラ。
レオンハルト。
花で飾られた棺。
静かに、眠っているようにみえた。
人混みの中に、ジャックがいた。
一人で立っていた。
俯いて、棺を見つめていた。
俺は、隣に立った。
何も言えなかった。
何を言えばいい。
王が弔辞を読んでいた。
英雄だったと。
国を救ったと。
……知ってる。
そんなこと、言われなくてもわかってる。
「……剛くん」
ジャックが、小さく言った。
「俺、もっと早く走れてたら」
声が、震えていた。
俺は何も言わなかった。
ただ、ジャックの肩に手を置いた。
ジャックの体が、小さく震えた。
「……っ」
嗚咽が、漏れた。
堪えようとして、堪えきれなかった。
俺は、手を離さなかった。
三つの棺を見つめた。
……悪かったな。
間に合わなくて。
サラ。
ペンダントありがとな。大事にするよ。
お前の強がりも、もう聞けねぇんだな。
フィオラ。
お前、レオンハルトの隣に立てる剣士になりたいって言ってたな。
最後まで、隣で戦ってたよ。
レオンハルト。
俺が守るって言ったのに。
最後はお前が、俺を待っててくれたんだな。
本当にすげぇよお前……すまなかった。
天国なんて、バカみてぇだと思ってた。
死んだら終わり。
それだけだと思ってた。
でも——今ならわかる。
これは、皆の願いなんだ。
天国があったらって。
そう願う気持ちから、この言葉は生まれたんだ。
なんとなく、そう思った。
……俺、いくよ。
また流星群、見に。
ジャックとリリィ連れて。
サラのペンダントつけて。
そしたらお前らも——見えなくても、来てくれるかもしれねえだろ。
そうあって欲しいと願ってるから、いくんだ。
いくからな。
――――
棺に背を向けた。
人混みを抜けて、会場の外へ出た。
リリィとジャックが、待っていた。
「ジャック」
俺は口を開いた。
「これから、どうすんだ?」
ジャックが、空を見上げた。
「俺は——色々終わったら、冒険に出るっす」
「冒険?」
「情けない上がり方だけど、俺S級最強になったっすから」
そうだ。
レオンハルト、フィオラ、サラがいなくなって——ジャックがS級1位になった。
「功績あげて、示し付けるっす」
「え、えらすぎる……」
リリィが泣いていた。
「情けなくねぇよ」
俺は言った。
「レオンハルトはお前のこと、めちゃくちゃ買ってたぜ」
ジャックの目が、揺れた。
「なんでもできる最強の冒険者になれるって」
ジャックが、拳を握った。
目に、涙が滲んでいた。
でも——笑った。
「もう泣かないっすよ」
声は震えていた。
でも、前を向いていた。
「派手にいくんで——二人とも見ててくれっす!」
「——拳王殿」
声がした。
振り返ると、白銀の鎧の騎士が立っていた。
葬儀の時、リリィに支えられていた騎士。
傷だらけだが、今は自分の足で立っている。
「おう、怪我は大丈夫か?」
「はい、なんとか日常に差し支えない程度までは回復しました」
騎士が、姿勢を正した。
「申し遅れました。私、王国騎士団隊長のクラウディア・リヒトシュタインと申します」
「隊長さんだったのか」
「はい」
クラウディアが、深く頭を下げた。
「この度は、王国を——いえ、民を救っていただき、誠にありがとうございました」
顔を上げた。
青い瞳が、真っ直ぐ俺を見ていた。
「あなたがいなければ、あの者を止められる者は誰もいませんでした」
「……俺は最後に殴っただけだ」
「それでも」
クラウディアの声に、力がこもった。
「私たちは、もう何もできなかった。騎士団は壊滅し、私も動けず——ただ、見ていることしかできませんでした」
俺は、何も言えなかった。
「あなたが来てくれなければ、王都は滅んでいた」
クラウディアが、深く頭を下げた。
「騎士団を代表して、心より感謝申し上げます」
「……顔上げてくれ」
俺は言った。
「俺は間に合わなかった。お前らの仲間も、大勢死んだ」
クラウディアが顔を上げた。
「それでも——あなたは来てくれた」
静かに、言った。
「あなたには、感謝しかありません」
「それと——一つ、お願いがあります」
クラウディアが言った。
「七日後、神崎ハルトの取り調べを行います」
「取り調べ」
「はい。あの者の罪を明らかにし、裁判にかけるための聴取です」
クラウディアが俺を見た。
「封印を解くので、拳王殿にも立ち会っていただきたいのです」
「……わかった」
断る理由はない。
むしろ、行かない理由がない。
「ありがとうございます」
クラウディアが頷いた。
そして、リリィの方を向いた。
「リリィ殿、先日お話しした件ですが——」
「あ、うん」
リリィが頷いた。
「剛くん、私も騎士団長さんとちょっと用事があるから」
「用事?」
「うん、帰り遅くなるかも」
詳しくは言わなかった。
まあ、いいか。
「わかった」
俺は頷いた。
「じゃあ、また後でな」
「うん、また後で」
リリィが手を振った。
クラウディアと並んで、歩いていく。
俺とジャックは、その背中を見送った。
――――
——それから、日が過ぎた。
街は少しずつ、瓦礫を片付け始めていた。
泣き声は減った。
でも、笑い声はまだ戻らない。
そして——七日目。
神崎ハルトの取り調べが、始まった。




