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Sランク冒険者が推し活したらパパ活だった  作者: ヒナツキスバル
第一章 森のエルフと池袋の勇者
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今日のキモっ

 天野ひかりは、季節外れの転校生だった。


ミキちゃんこと三木まりなの在籍する二年A組へ、先月転校してきたばかり。


薄い金色の髪に青い瞳。外国人か混血のようにも見える整った容貌で、口数も多くなく、近寄りやすい雰囲気ではない。


クラスでも特に騒がしいグループにいるミキちゃんとは、これまでほとんど話したことがなかった。


 

そんなひかりが今、女子トイレで同じクラス、同じグループのユキに捕まっている。


「だからぁ、普通のパパと違ってあーにゃんの紹介ならマジ安心なんだって」

「パパ……?」

「あーにゃん知ってるでしょ? 池袋の女の子はみんなあーにゃんの紹介でおこづかいもらえてるんだから!」

「ごめんなさい……ちょっと、意味が……」

「ひかりちゃん可愛いからさ! 絶対稼げるって! ね? ごはんだけだから」

「ごめんなさい、ほんとに意味がわからな……」


バーン!


盛大な音を立てて、トイレの個室の扉が開いた。


「……!」

「な、なーんだ。まりな。居たなら言いなよ」

「なーんだじゃないよ。ひかりちゃんドン引きじゃん」


ミキちゃんは何事もなかったように洗面台へ向かい、手を洗った。


それからひかりのところまで歩いていき、その手を取る。

「行こ」

「え……でも」

「いいから」


そのままひかりを連れ出そうとして、ミキちゃんは一度だけ振り返った。


「ユキ! あんたホントダサいよ? ウチにもあーにゃんのなんちゃらってメッセージ送ってきたけど、マジいらないから!」

「別に無理やりじゃないし。紹介してあげてるだけじゃん」

「嫌がってんのにしつこくしてんじゃん。そういうのがダサいっつってんの」

「……はぁ?」

「じゃーね」


女子トイレにユキを残し、ミキちゃんはひかりの手を引いたままスタスタと廊下を歩いていった。


「あの……三木、さん?」

「ん?」

「あ……助けてくれたんですよね……ありがとう……」

「えー! こっちこそだよ! ユキがごめんね。なんか最近変なんだよね。あれウチも言われたし」

「そうなんだ……」


少し間を置いて、ひかりが申し訳なさそうに言った。


「ごめんなさい。わたし、最近こっちに来たばかりで。ことば、ちゃんと分からないときがあって……」

「うーん、今回はわかんない方がよかったかも」

「………?」

「とにかくさ。ああいうの誘われてもついてかないよーにね!」


「……うん」

「あ、そーだ」


ミキちゃんはスマートフォンを取り出した。

「連絡先交換しよーよ! んで、何かあったら連絡して!」


「え……ありがとう、三木さん」

「まりなでいーよ」

「……まりな?」

「そ。そっちのがラクじゃん」


ひかりは少し戸惑ったあと、小さく頷いた。

「じゃあ……まりな」

「ん!」


これまでほとんど接点のなかった二人は、その日初めて連絡先を交換した。


放課後。

ミキちゃんとひかりは校門まで一緒に歩いた。

「じゃーね! マジ変なのについてかないでよ?」

「うん。まりなも」

「ウチは大丈夫だって!」

「……そういう人の方が心配だって、聞いたことある」

「なにそれ!」

少しだけ笑って、二人は別々の方向へ歩いていった。



「は~~ぁ……」


夕方。

南池袋公園前のコンビニ。


秋山ソウシは、ミキちゃんのバイト先の先輩だった。

少し頼りないところはあるものの、遊んでいて急にバイトへ行きたくなくなった時に呼べば来てくれるし、宿題をやりたくない時に頼めば手伝ってくれる。

気安く頼れる、良い先輩だった。


そのソウシが、今日はどうにも変だった。

豆腐メンタルなソウシは、何かあるとすぐ顔に出る。

このバイトで付き合ってきただけでも、ミキちゃんはそれをよく知っていた。


しかし今日は特におかしい。


何度もふわふわしたため息をつき、目つきはどこかラリったようにぼんやりしている。


しかも、なぜか身体までずっとゆらゆらしていた。


さすがに声をかける。


「ちょ、パイセン。今日変っすよ。なんかありました?」

「あぁ……ミキちゃんか。へへ……」

「え、ちょーやばいんですけど」


ソウシが陰で自分のことを「ミキちゃん」と呼んでいるのは、とっくに知っていた。

他のバイト仲間と話している時には普通にそう呼んでいるくせに、本人を前にすると何故か取り繕って「三木さん」と呼ぶこともある。


本人は隠しているつもりらしい。

今日は、それを取り繕う余裕すらないようだった。


「今日さぁ……推しに会えたんだよ……」


ソウシは赤べこのように頭をゆらゆらさせながら言った。


「え、推しって確か……」

「あーにゃん」

「え、キモっ」


「ふふ……今日は何とでも言えばいいよ」

「いや、そーじゃなくて」


だが、ソウシにはもう聞こえていなかった。


にやにやしたまま商品を抱え、ゆらゆらと品出しのため売り場へ出ていく。


ミキちゃんは、その背中を見送った。


――今日のキモ。

別に、パイセンのことじゃないんだけどな……。

確かに今のパイセンも、だいぶキモいけど。


でも、さっき学校で聞いた名前。

ユキが言っていた。

『あーにゃんの紹介ならマジ安心』


自分のところにも来たメッセージ。

『あーにゃんの紹介だからマジ安心だよ?』

『ごはん食べるだけで2だって!』


ひかりまで誘われていた。

「……知ってんのかな」

ぽつりと呟く。


パイセン。

「あーにゃん」のこと。


その時、レジ前に客が立った。

ミキちゃんは考えるのをやめ、いつもの調子で顔を上げる。


「らしゃせー」


自動ドアの向こうでは、池袋の夜が少しずつ深くなっていく。


 その街のあちこちで、「あーにゃんの紹介」という言葉が、若い女の子たちの間へ静かに広がり始めていた。

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