あーにゃんの騎士になってみない?♡
戦装束へ着替えたレンが撮影スタジオへ姿を現した瞬間、あーにゃんはぱっと表情を輝かせた。
「わぁ……♡ 素敵♡」
頬へ手を添え、いかにも嬉しそうに微笑む。
その姿があまりにも可愛らしく、後ろからついてきたソウシは、その場でとろけてしまわないよう人間の形を保つことに全力を注いでいた。
一方の杏奈は、レンを見た瞬間、内心で予想以上に盛り上がっていた。
――ヤバい。
――思ったより、かなり良い。
メイクもなしでこれ。
黒と鈍い金色を基調にした戦装束はレン本人の雰囲気に驚くほど馴染み、細身の体格をそのまま引き立てている。
これは絶対に写真へ残したい。
他の誰かの手に渡る前に。
「カメラお願い!」
杏奈はすぐにスタッフへ声をかけ、そのままレンの腕へ自分の腕を絡ませた。
「? 何を……」
「レンくんお願い、今ちょうど撮影してて……こんなに素敵だから是非写真に残しましょう?」
レンは困惑したように杏奈を見た後、助けを求めるようにソウシへ視線を向けた。
そのソウシは、なぜか鼻を押さえていた。
「……いいじゃん、レン……俺もお前とあーにゃんの写真見たいよ……っていうか俺も撮って良いですか……」
その言葉を聞いた瞬間、強張っていたレンの腕から力が抜けた。
「………ソウシが言うなら」
あまりにもあっさりした了承だった。
杏奈は胸の奥に、妙なざわつきを覚えた。
自分が頼んだ時には戸惑っていたくせに、ソウシが勧めればすぐに頷く。
ほんの些細なこと。
気にするほどのことでもないはずなのに、妙に引っかかった。
◇
そのまま撮影が始まった。
普段から表情を大きく作るタイプではないレンだったが、カメラマンから顔の角度や立ち位置、姿勢を指示されると、妙に律儀に従っていく。
「もう少し顎引いてくださーい。そうそう、そのまま」
言われればその通りにする。
「次は剣持って、構えてくれる?」
「こうか」
レンが剣を構える。
「素敵です♡」
「スゴイ映えますね~」
シャッター音が立て続けに響く。
森のエルフ姿のあーにゃんと、本物の異世界冒険者。
ソウシはその光景を少し離れたところから眺めながら、ただひたすら耐えていた。
――無理。
――供給が多すぎる。
撮影が進むにつれ、二人の距離は少しずつ近くなる。
「最後に、手をつないで見つめ合ってもらえますか」
「………」
「うわぁぁぁ……」
ソウシの口から呻き声のようなものが漏れた。
レンはカメラマンを見て、それから杏奈を見る。
「……これは本当に必要な記録なのか?」
「とっても重要♡」
杏奈はにっこり笑った。
レンにとっては不本意ながら、杏奈にとっては本当に重要だった。
二人は手をつなぎ、至近距離で向き合う。
そして、その距離になって初めて、杏奈ははっきりと気づいた。
――これ。
――近くで見ると……。
あまりにも、よく出来すぎている。
服は単なる撮影衣装としては生地も装飾も質が良すぎる。
鎧や武具にも、一般的なコスプレ用品とは明らかに違う質感と重量感がある。
金属部分は、本物の金属だ。
杏奈自身、より良い衣装を作るため、日本中の職人や業者を探した経験がある。
だからこそ分かる。
少なくとも、自分の知る範囲ではこんなものを作れる職人に心当たりがない。
単純に金をかけた衣装とも違う。
これは「本物らしく見せる」ためのものではなく、最初から実際に身につけ、使うために造られているように見える。
「レンくん……」
手をつないだまま、杏奈はスタッフやソウシには聞こえないほどの小さな声で囁いた。
「近くで見るとすごい衣装だね……これ、何処で作ったの? 海外?」
レンは一瞬だけ考えるような顔をした。
「ソウシと同じことを聞くな。これは母国の鍛冶職人が造ったものだ」
「母国……?」
聞き慣れない答えに、杏奈の眉がわずかに動く。
だがレンはそれ以上説明せず、杏奈から身体を離した。
そこで撮影は終了した。
◇
撮影が終わると、カメラマンやスタッフたちは機材の片付けを始めた。
「レンくん、無理なお願い聞いてくれてありがとう♡ 撮影とか、はじめてだったよね……?」
「ああ。往来で勝手に撮られることはあったが、これほど大掛かりなものは初めてだ」
「そうなんだ。とっても素敵で、プロのモデルさんみたいだったよ♡」
杏奈はにこにこと笑いながら、内心では少しほくそ笑んでいた。
撮影慣れしていない。
他の配信者やインフルエンサーと仕事をした経験もないらしい。
つまり、まだ誰の手垢もついていない。
この顔、この見栄え、この話題性。
それに加えて、近くで見れば見るほどよく分からない男。
最初に見つけたのが自分で良かった、と杏奈は思った。
「ところで……さっきの話なんだけど」
杏奈はレンを見上げたまま、その腕へそっと手を添える。
「レンくん、あーにゃんの騎士になってみない?♡」
「元よりそのつもりだが」
間髪入れずに返された。
迷いもない。
そして、あまりにも色気がない。
杏奈は一瞬だけ拍子抜けした。
もう少しくらい照れるとか、喜ぶとか、何かあっても良さそうなのに。
少し離れた壁際では、ソウシが横目で二人のやり取りを見ながら、爆発しそうになるのを必死に堪えていた。
――ダメだもう、絵になりすぎる。
――推しの供給過多!!!
――もう俺はここの観葉植物になりたい……壁でもいい……。
そんなソウシの葛藤など知らず、レンの視線があーにゃんの顔から外れ、その身体全体を確認するようにゆっくりと滑った。
その視線に気づき、杏奈は黙って次の言葉を待った。
「だが、護衛するにしても貴殿はもう少し装備を整えたほうがいいな。些か露出が多すぎる。その格好で森の藪を歩いたら全身傷だらけになるぞ」
「…………は?」
「レンーーー!!!」
ソウシの声がスタジオに響いた。
「なんだ」
「なんだじゃないよ!」
「事実を言っただけだが」
「今それ言う!? その格好は森を歩くための服じゃないから!」
「森のエルフなのだろう?」
「コスプレ!! さっき教えただろ!!」
「……そうだったな」
杏奈はしばらく呆気に取られていたが、やがて口元だけは「あーにゃん」の笑顔へ戻した。
「……レンくんって、面白いね♡」
「そうか?」
その後マネージャーも加わり、本格的にレンを「あーにゃんの護衛スタッフ」として雇う話が進められた。
自宅まで特定され、嫌がらせの文書を郵便受けへ入れられている以上、いつ相手が直接接触してくるか分からない。
そのためレンは、早速今日からこのマンション――あーにゃんの自宅兼事務所にあるスタッフルームへ泊まり込み、常駐して護衛の任につくことになった。
仕事内容は、マンション内で警戒するだけではない。
「実はね、あーにゃんはもうひとつお仕事をしてるから。それで外に出る時とかも付き添ってもらいたいの」
「心得た」
「うふふ♡ レンくん、難しい言葉知っててスゴイね♡」
「……?」
杏奈としては軽く褒めたつもりだったが、レンには何を褒められたのか分からない。
「それからね、ときどき、ホントにときどきでいいから、今日みたいにあーにゃんの配信を手伝ってもらえるとうれしいんだけど……」
「……俺に手伝えることがあるのか?」
レンは訝しげな顔をした。
配信というものについては、ソウシが毎日のように見ているため以前より多少は分かるようになった。
しかし、自分がそこで何をするのかまでは想像できない。
ソウシは別の意味で、しっかり想像してしまった。
――なにそれ見たすぎる。
レンがこういう奴なのはさておき、あーにゃんの世界にレンがいる光景は大歓迎だった。
先ほどの撮影だけでもあれなのだ。
配信で二人が並んだら、いったいどうなってしまうのか。
「基本は座って話してる感じだから、大丈夫だよ、レン」
思わず背中を押してしまう。
「そうか……貴殿が言うなら従おう」
「……うふふ♡ ソウくんとレンくんは仲良しなんだね」
杏奈は笑顔を崩さなかった。
――またソウくんかよ。
胸の内では小さく舌打ちする。
さっきの撮影の時もそうだった。
自分が頼んだ時には迷っていたくせに、ソウシが勧めればあっさり了承する。
今回もまた同じ。
何なの、その信頼感。
「恩人だからな」
「おま、それ言うなって」
「えー?♡ ソウくんどうして? あーにゃんもききたい♡」
「いや……何でもないんですホント。たいしたことないんです」
「大したことはある。俺がこの地へ来たばかりで――」
「いいから! レン、それ以上いいから!」
「……そうか」
「えー、気になるー♡」
杏奈は笑いながら二人を見る。
どうやら、自分が思っていた以上にこの二人の付き合いには何かあるらしい。
有名人でもない。
金持ちでもない。
どちらかといえば地味で、今日だって自分を目の前にしてまともに喋れなくなっていたような男。
それなのにレンは、そんなソウシを「恩人」と呼び、当たり前のように信頼している。
杏奈には、それが少しだけ不思議だった。
ひと通り条件や今後の予定を確認し終えると、ソウシは帰ることになった。
「じゃあ……レン、俺帰るから」
「ああ。今日はここまで案内してくれて助かった」
「帰り道は大丈夫だろうけど……って、しばらくここにいるのか」
「ああ。任務だからな」
「……そっか」
ソウシは短く答え、それからあーにゃんへ向き直った。
「あ、あの……今日は、本当にありがとうございました」
「こちらこそ♡ ソウくん、いつもありがとう。これからもよろしくね♡」
「…………はい」
最後の最後でもう一度致命傷を負いながら、ソウシはマンションを後にした。
扉が閉まる。
それまでスタッフやソウシの声が飛び交っていた室内へ、ふっと静寂が落ちた。
レンと杏奈、二人だけになる。
ほんの少し前までなら、仕事が終わり、スタッフがいなくなった後の静かな部屋を、杏奈は嫌っていた。
だが今夜からは、この部屋のどこかにもう一人いる。
杏奈自身はまだ、その違いを特に意識してはいなかった。
「………レンくん」
「なんだ」
「今日の夜は出かけるから。あたし、これから準備するね」
「今夜から護衛が必要なのか?」
「うん。だからレンくんも一緒に来て♡」
「分かった」
「レンくん、スタッフルームに置いてある服に着替えて待っててくれる?」
「……承知した」
レンは言われた通り、スタッフルームへ向かった。
杏奈もまた、今夜出かけるための準備を始める。
レンはまだ知らない。
これから自分が護衛として付き添う「あーにゃんのもうひとつの仕事」が、どのような世界へ繋がっているのかを。




