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Sランク冒険者が推し活したらパパ活だった  作者: ヒナツキスバル
第一章 森のエルフと池袋の勇者
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森の民


 ――とにかく、落としたいのはコイツ。


杏奈は、改めてレンを一瞥した。


容姿も良い。話題性もある。実際に話してみれば、予想していた以上に変わっていて面白い。


自分の近くに置いておきたい。


ならば。


――先に仕掛けるのは、こっち。

杏奈が先に視線を向けたのは、レンではなくソウシだった。


「ソウくん♡」

「ふぇっ!!」


杏奈はソウシの前まで歩み寄ると、その手を両手で包むように握った。


「あ、あわわわ! は、はじめまして!!」

盛大に声が裏返る。


「はじめましてだねぇ♡ でも、ずっと初めのころから見てくれてるよね。いつもほんとありがとう〜♡」

「はっ、はい……」

握られている手は、透き通るように白く、柔らかかった。


現実感がない。

画面の向こうにいたはずの人物が、今、自分の名前を呼び、自分の手を握っている。


「ねえ、おぼえてるかな? あーにゃんが撮影会行って叩かれた時に、ソウくんが励ましてくれた時のコメント」


「……え?」


それは、あーにゃんがまだ今ほど有名ではなかった頃のことだった。


ある撮影会でカメラマン同士が揉め、その件についてあーにゃん側にも責任があるのではないかと批判が集まった。

SNSだけではない。配信のコメント欄まで荒れた。


「あの時、ソウくんが送ってくれたコメント、あーにゃんスクショして今でも宝物にしてるの」


「…………」


ソウシの頭に、当時自分が書き込んだ言葉が蘇る。


『外の世界で何があっても、俺たち森の民は何も変わらずあーにゃんのことを信じてるし、いつでもあーにゃんを待ってるよ』


今になって思い返せば、顔から火が出そうなほど恥ずかしい。

ソウシは真っ赤になったまま、何も言えなかった。


「あれから、視聴者さんたちのこと『森の民』のみなさん。って呼ぶようになったんだよね♡」

「えっ……」


初めて知った。

今では当然のように使われている、あーにゃんのファンネーム

『森の民』

その始まりに、自分の言葉があった。

眼鏡の奥が、じわりと滲んだ。


これまで自分は、あーにゃんから何度も励まされ、救われてきたと思っていた。

けれど、自分の言葉もまた、彼女へ届いていたのだ。


「モデレーターもいつもありがとう♡ 実は、今日お伝えしたいお仕事の話にそれも関係あったの。だから本当にソウくんが来てくれて良かった」


そう言いながら、杏奈は上目遣いでレンを見た。

その視線に気づき、レンがわずかに眉を動かす。

「……仕事の話か」


「……ソウくん、最近コメント処理してたら、きっと気づいてるよね」

先ほどまでの甘い声から、少しだけ調子が変わる。


真面目な声を向けられ、まだまともに働かない頭をソウシは必死に回転させた。

「………あ、『nezumi』?」


杏奈は静かに頷いた。

それから配信スペースの隣にある机へ向かい、分厚い紙の束を取り出して二人へ見せる。


「なんだ、これは……」

そこに印刷されていたのは、SNSのタイムラインや配信のコメント欄へ書き込まれた、大量の誹謗中傷だった。


『豊胸ビッチ』

『パパの金で整形クズ女』

『プロテ飛び出てるw』

『P活P活P活P活P活』

『売女あーにゃん』

『安西杏奈は売春を斡旋しています』

『胸放り出して西麻布の恥』

『◯◯西麻布から出ていけ』


レンはしばらく紙面を見つめた。

ソウシも緊張した顔で、その反応を窺う。


「これは……」

「……うん」


「まったく意味がわからん」

ソウシは思わずずっこけた。


しかし同時に、こんな酷い言葉まで翻訳魔法が丁寧に訳してくれないことを、この時ばかりはありがたいと思った。


「一言で言えば、下品な悪口をずっと書き込んで嫌がらせしてるユーザーがいるんだ。それを放送に流れないようにチェックして消すのが、俺のやってるモデレーターって仕事」

「なるほど」

レンが頷く。


「最近は……こうやってプリントしたものがポストに投函されるようになって……」

「……! 住所特定されてるって事?」


杏奈は小さく頷いた。


「いま、警察に届けだしたり法的措置を取ろうと動いているところなの……でも時間がかかるから……それで護衛をお願いしたくて……」


「なるほどな……」

レンの表情が変わった。


単なるネット上の悪口ではない。

自宅を特定され、実際に何者かが近くまで来ている。


それならば護衛を置く理由は十分にある。

ソウシもレンを見る。


「これは……かなりレンに打ってつけなんじゃないか?」

「ホント? ソウくんが言ってくれるなら安心だよ♡」


「…………」

ようやく持ち直しかけていたソウシの思考が、再び停止した。

杏奈はその様子にふんわりと笑う。


そして今度は、レンへ向き直った。

「それでね、護衛をするにあたってちょっと確認させて欲しいことがあって」


「なんだ」

「池袋でバズってた時の衣装、あるでしょう? あれ、見せてほしいなーって♡」

杏奈はにっこりと笑った。


ここまで、すべて思い描いた通りに進んでいた。



「い、衣装……」


これはまずいことになった。

ソウシはそう思った。

あのいかつい鎧や装備一式が、今日の荷物の中に入っているわけがない。


そもそもレンは、あれだけの武具を普段から持ち歩いているようには見えない。


もしここで何食わぬ顔をして収納魔法を使い、鎧一式を取り出したら――。

明らかに怪しい。

何とかごまかさなくては。

ソウシはレンへ必死に目配せした。


「装備品の確認か、構わないが」


「…………」


ソウシはまたずっこけた。

そもそも、こういう時にレンへ目だけで意図が伝わったことなど一度もない。

伝わると思った自分が甘かった。


「ホント? 良かった♡ あ、ここで着替える? 着替えたら向こうのスタジオで待ってるから来てね♡」

「え?」


あーにゃんは拍子抜けするほどあっさりとそう言い、部屋を出ていった。


閉じた扉を、ソウシは呆然と見つめる。

自分の知るあーにゃんは、少し天然なところがある。


あるいはコスプレイヤー同士にしか分からない、衣装や荷物の収納事情でもあるのかもしれない。


とにかく助かった。

杏奈がいなくなるや否や、レンは何事もなかったように収納魔法を立ち上げた。

そして鎧や武具を次々と取り出し、床へ並べていく。


「あのさあ、レン。今のちょっと危なかったぞ」

「何がだ」

「あーにゃんはこんな魔法が使えるなんて知らないんだから、この鎧どこから出てきたんだってなるじゃんか」


レンの手がぴたりと止まった。

しばし考える。


「……これを持っていたことにすれば良いか」


次の瞬間、収納魔法の中から見覚えのあるキャリーケースが現れた。

「……それ」

「以前、貴殿から預かったものだ」

「……セーフだなセーフ」


少なくとも杏奈が戻ってきた時、そこにキャリーケースが置いてあれば、鎧をどうやって持ち込んだのか説明はつく。


そのキャリーケース自体を収納魔法から取り出したことについては、もう考えないことにした。



 レンはそのまま、慣れた手つきで着替えを始める。


鎧下を身につけ、その上から上着を羽織る。

さらに鎧を装着し、武具を一つずつ整えていく。

動作に迷いはない。

すべて身体が覚えている。

やがて最後の装備を確認し、レンは姿勢を正した。


「……よし」


「………」


ソウシは黙ってレンを見つめた。

久しぶりに見た。


だが、これはやっぱり何度見てもズルい。


化粧も加工も修正も必要としない端正な顔立ちはもちろんだが、黒と鈍い金色を基調とした装備は、重々しさも余計なごちゃつきもない。

細身ですらりとしたレンの体躯を、そのまま引き立てている。


まるでゲームのCGやイラストの中から、そのまま抜け出してきたような――。


そこでソウシは思い直した。


――そうだった。

実際、異世界から抜け出してきたんだ。こいつは。


普段は六畳一間のアパートで飯を作り、電車で迷い、スマホと格闘しているせいで忘れそうになる。

だが、この姿こそが本来のレンなのだ。


そして


この姿で。


あーにゃんと並ぶ。


「…………」


ソウシの頭の中に、森のエルフ姿のあーにゃんと戦装束姿のレンが並ぶ光景が浮かんだ。


――推しと推し……じゃないや。

――推しとコイツが並ぶ!?


何かが弾けた。


画面の中でしか存在しなかった理想のエルフ。

本当に異世界から来た冒険者。

その二人が、一つの画面に収まる。


――………俺も写真撮らせてもらえるかな……。


 ソウシは鼻血が出そうだった。

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