元カノとかじゃないよね
「レナード・ローレンス!!」
「お前は……ルシエラ……?」
互いの名を呼んだまま、二人はしばらく向かい合っていた。
魔王城で次元の裂け目に飲み込まれて以来、互いの安否すら分からなかった二人だった。
レン――レナード・ローレンスは、それまでライフクリエイト社員の襟首を掴んで吊り上げていた手をゆっくりと下ろした。
「生きて……いたのか」
「当たり前でしょう!? あの規模の自爆をあなた一人で抑えられたと思いますか?」
ルシエラは腕を組んだまま言い放った。
「……そうか」
レンも多くは語らない。
長い間、生きているのか死んでいるのかすら分からなかった仲間との再会にしては、あまりにも淡泊だった。
だが、わずかに張り詰めていたレンの表情が緩む。
ひかり――ルシエラも、それ以上は何も言わなかった。
互いが生きて、こうして目の前にいる。
それを確認できただけで、二人には十分だった。
「ちょ、ちょっと待って」
しばらく呆然と二人を見ていたソウシが、ようやく我に返った。
ユキとまりなも、ただならぬ空気を感じながらレンとひかりを交互に見比べている。
「っていうか……レナード・ローレンス?」
「なんだ」
「レンじゃなかったの?」
ソウシの問いに答えたのは、ひかりだった。
「レンは愛称です」
「愛称!?」
「そうだが」
「初めて聞いたんだけど!?」
「聞かれなかったからな」
「聞かなきゃ教えてくれないの!?」
レンは何をそんなに驚いているのか分からないという顔をしている。
ソウシは何か言い返そうとして――そこで、もっと重大なことに気づいた。
「じゃなくて……ルシエラって……。きみ、レンと同じ世界から来た、異世界人ってこと!?」
「異世界人???」
ユキとまりなの声が重なった。
二人にとっては、何もかもが初耳だった。
普段は同じ学校に通っている天野ひかりが、目の前の男から聞いたこともない名前で呼ばれている。そして、先ほど倉庫では、そのひかりが明らかに普通ではない力を使って自分たちの拘束を解き、まりなの傷まで治していた。
冗談だと笑い飛ばすには、すでに見てしまったものが多すぎる。
一方、杏奈は唇を噛みしめたままレンを見つめていた。
その表情に、「異世界人」という言葉そのものへの驚きはない。
それに気づいたソウシが、訝しげに杏奈を見る。
「……あーにゃん、驚かないんですね」
「……まあ、ちょっと色々あって」
「色々……?」
ソウシがますます怪訝そうな顔をする。
しかし、ひかりは周囲の混乱に付き合うつもりはないらしい。
「今はその話をしているときではないわ」
冷静な声が、場の空気を切り替えた。
ここには、レンによって無力化されたライフクリエイトの社員たちがいる。別の場所には、睡眠魔法で眠らされ、赤い魔力の鎖で拘束された佐倉のぞみもいる。
そして何より、ひかりたちはつい先ほどまで倉庫へ閉じ込められ、「今夜中に引き渡す」と言われていたのだ。
互いの生存を喜び、積もる話をしている場合ではない。
「そうだ、そういえば俺、警察を……もうすぐ来ると思う」
ソウシもようやく本来の状況を思い出す。
「その前に、片付けることは片付けてしまわないとね」
ひかりがそう言ってレンを見る。
「……」
「さあ、ぼんやりしないで。レン」
再会した直後だというのに、すでに完全にひかりのペースだった。
その様子を見て、ソウシが思わず呟く。
「すごい……完全にレンが負けてる」
「負けている訳ではない……勝てないだけだ……」
「それ負けてるって言うんじゃないの?」
「ひかりって、ああいう感じなんだ……」
まりなもぽつりと呟いた。
学校で知っている天野ひかりと、レンを前にした今の彼女はどこか違う。
姿も声も同じなのに、今まで知らなかった別の顔を見ているようだった。
その横で、杏奈は二人を交互に見つめていた。
長い間、生死すら分からなかったらしい二人。
本名で呼び合い、互いのことをよく知っているような口ぶり。
杏奈の眉間に、ほんの少しだけ皺が寄った。
(……元カノとかじゃないよね)
もっとも、今はそんなことを気にしている場合ではない。
警察が来るまで、もうそれほど時間は残されていなかった。




