再会
――少し前。
まりな、ユキ、ひかりの三人は、暗い倉庫の床に転がされていた。
両手も、両足も、きつくロープで縛られている。口には猿ぐつわまで噛まされ、立ち上がることすらできない。
「………」
まりながどうにか身体を動かそうとしても、ロープが手首へ食い込むだけだった。
すぐ近くから、ユキの浅い呼吸が聞こえる。
ひかりは床へ横たわったまま、静かに周囲の気配を探っていた。
拘束そのものを解くだけなら難しくない。
だが、外に何人いるのか分からない。どこに人がいるのかも分からない。
ここで力を使って騒ぎになった時、まりなとユキまで確実に守れるか。
それが分からなかった。
三人とも確実にここから出られる瞬間まで待つ。
ひかりはそう判断していた。
しばらくして、倉庫の外から女性の声が聞こえてきた。
「で? 問題の女子高生はどこ?」
「倉庫で『ゆっくり』してもらってます」
「そう……イケそうな子たちなの?」
「三人ともなかなかじゃないですか? 一人は相当、先方が喜びそうなルックスですよ」
ユキの身体が小さく震えた。
「急いで迎えに来てくれるように依頼したから……それまではここで待機してもらって」
「………!」
迎え。
どこかへ連れて行かれる。
そう理解した瞬間、まりなは身体を必死に捻りながら少しずつ壁際へ寄っていった。
そして、
――ガン!
縛られた両脚を持ち上げ、渾身の力で壁を蹴る。
――ガン! ガン!
何度も、何度も。
「……何?」
「おいコラ! うるせえぞ!」
それでもまりなは止めなかった。
――ガン!
その時、事務所の入口からインターホンの音が響いた。
「迎えかしら。早かったわね」
少しして。
「はい……」
「えーっ!? ソウくん? ちょっと待ってね」
「………!」
聞き覚えのある名前に、まりなの目が見開かれる。
――ソウくん?
「ちょっと。壁蹴ってる子、静かにさせて」
「うっす」
足音が近づいてくる。
倉庫のドアが開き、外の光が差し込んだ。
厳つい男が一人、倉庫へ入ってくる。
「お前か」
「……っ」
男は壁際にいたまりなへ歩み寄ると、襟首を掴んで身体を起こした。
そして、その頬を叩く。
――パァン。
「……ううっ!」
「静かにしてねーと、痛い目見るぞ」
そのまままりなを床へ乱暴に転がした。。
「………っ」
ユキの猿ぐつわの奥から、押し殺した泣き声が漏れた。
ひかりはその様子をじっと見ていた。
その目には、はっきりと怒りが浮かんでいる。
だが、まだ動かない。
今ここでこの男一人を倒しても、外には他にもいる。
三人で確実に出る。
それまでは。
「ったく……」
男は吐き捨てるように言い、倉庫を出ていった。
ドアが閉まり、再び辺りが暗くなる。
「………」
まりなの頬がじんじんと痛んだ。
すぐ近くから、ユキが必死に泣くのを堪える声が聞こえる。
それを聞いていると、自分まで泣きたくなってくる。
その時だった。
ふわり、と空気が動いた。
「………?」
すぐ隣に誰かの気配がある。
「まりな」
「………!?」
囁くような声。
いつの間にか、ひかりは拘束から抜け出していた。
まりなの目が大きく見開かれる。
ひかりはまりなのそばへ膝をつき、叩かれた頬へ柔らかく冷たい手を添えた。
「何も心配しなくていいわ」
指先に、淡い白金色の光が灯る。
その光が、まりなの頬へゆっくりと染み込んでいく。
じんじんとしていた痛みが薄れ、熱を持っていた頬から腫れまで引いていった。
「………!?」
「……聴こえる?」
まりなは目だけを動かす。
「誰か、助けが来たみたい」
壁の向こう。
遠くから、先ほどの女の明るい声が聞こえる。
そして、その中に若い男の声が混じった。
くぐもっていて、内容までは分からない。
けれど。
まりなには、その声に聞き覚えがあった。
――やっぱり、秋山パイセン?
どうしてここに。
「まりな。お願いがあるの」
「………?」
「もう一度、壁を蹴って」
「!?」
次の瞬間、ひかりの指先から白金色の光が伸びる。
まりなの手首へ触れると、きつく食い込んでいたロープが音もなくほどけていった。
足首の拘束も。
猿ぐつわも。
まるで最初から結ばれていなかったかのように、するりと床へ落ちる。
「………」
口が自由になった。
「ひかり、何これ!?」
少し離れた場所では、ユキの拘束も同じように解けていた。
「え……?」
ユキは自分の手首を見つめる。
「何……これ……?」
「説明はあとでします」
「いやでも――」
「まりな」
ひかりがまっすぐ見つめる。
「とにかく、壁を蹴って」
「………」
「味方に、私たちの居場所を知らせるの」
「……分かった!」
まりなは立ち上がり、壁へ向かった。
そして思い切り蹴る。
――ガン!!
もう一度。
――ガン! ガン!
「ここ!! ここにいるから!!」
ユキがまた泣きそうな顔でまりなを見る。
「まりな……!」
また男たちが怒鳴り込んでくるかと思った。
だが、しばらくして聞こえてきたのは別の音だった。
何かが激しくぶつかる音。
男の怒号。
そして、
「うわああああっ!?」
「な、何……?」
「なんか……ケンカしてるケド」
「………」
ひかりは壁の向こうへ顔を向ける。
くぐもった声。
男。
女。
何人かいる。
その中に、一瞬だけ低い男の声が混ざった。
「………?」
知っているような。
そんなはずはないような。
「……まさか」
「え?」
だが、確信はできない。
その直後だった。
「先にミキちゃんを返してください!」
「!」
まりなが顔を上げる。
「パイセン……!」
外から足音が近づいてくる。
一人。こちらへ向かっている。
まりなは反射的に倉庫のドアへ身体を向けた。
だが、ひかりのほうが一歩速かった。
「………」
ひかりはドアの前へ立つ。
一瞬だけ耳を澄ませる。
そして躊躇なくドアノブを掴んだ。
――ガチャッ。
◇
倉庫のドアが、内側から勢いよく開いた。
眩しい光に、まりなは思わず目を細める。
ひかりは迷うことなく外へ出た。
すぐ目の前には、ソウシがいた。
「……え?」
ひかりは一瞬その顔を見る。
だが、そのまま脇を通り過ぎた。
視線は、もっと奥へ向いていた。
そこには、
スーツ姿の黒髪の男。
片手でライフクリエイトの社員の襟首を掴み、壁際へ吊り上げている。
ひかりの瞳が、大きく見開かれた。
レンもまた、ひかりを見る。
二人の視線が交差した。
一瞬、時間が止まったようだった。
次の瞬間。
「レナード・ローレンス!!」
倉庫から出てきた小柄な女子高生とは思えないほど、低く、強く、威厳すら感じさせる声が事務所に響き渡った。
「………!」
ひかりはレンへ向かって歩く。
「あなたは……」
その表情には驚きと安堵。
そして、それ以上の呆れと怒りが浮かんでいた。
「いったい、こんな所で何をやっているのです!?」
レンの手から、社員の襟首がわずかに緩む。
「………」
信じられないものを見るように、目の前の少女を見つめる。
「お前は……」
「ルシエラ……?」




