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Sランク冒険者が推し活したらパパ活だった  作者: ヒナツキスバル
第三章 疑惑の鎖を渡る鼠
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あんたさえ来なければ


 西池袋にあるライフクリエイトの事務所は、池袋駅から少し離れた小綺麗なオフィスビルの四階にあった。


エレベーターを降りたソウシは、目的のフロアへ出る。

事務所の入口は開け放たれており、社名の入った衝立の前には受話器型のインターホンが置かれていた。


ソウシはその前で足を止める。

――レンと杏奈さんが来るまで待ったほうがいい。


分かっている。

一人で入ったところで、自分に何ができるのか。


だが、こうしている間にもミキちゃんがひどい目に遭わされているかもしれない。どこかへ連れて行かれるかもしれない。


「………」


ためらいながらも手を伸ばし、受話器を取る。


程なくして、女性の柔らかな声が聞こえてきた。


『はい』

「あの……秋山ソウシといいます」

一度息を飲む。

「杏奈さんのことで、お話したいことがあって……」


『えーっ!? ソウくん?』

明るい声だった。

『ちょっと待ってね』


ソウシの心臓が鈍い音を立てる。

――俺のことを知ってる。

声にも聞き覚えがあった。


おそらく、あの女性マネージャー。

佐倉のぞみ。


しばらくして、事務所の奥から一人の女性が姿を見せた。

「お久しぶり! ソウくん」

やはりそうだった。


西麻布の杏奈のマンションで一度会った、あの女性マネージャー。


「今日、杏奈はこっちにはいないのよ。何のご用だった?」

ニコニコと親しみやすい笑顔を浮かべている。


首から下げられたネームカードには、

『マネージャー 佐倉のぞみ』

と書かれていた。


「……あ、今日は杏奈さんとじゃなくて」

ソウシはわずかに緊張しながら続ける。

「マネージャーさんと、お話したくて……」


「私?」

ほんの一瞬。

のぞみの笑顔が止まった。


「はい」

「………」

だが、すぐに元の柔らかな表情へ戻る。

「……私でよければ」


事務所の中を示した。

「じゃあ、そこの右手の応接室に入ってくれる?」

「は……はい」


言われた方向へ歩き出す。

のぞみの脇を通り抜け、ソウシは背を向けた。


その瞬間。

のぞみの顔から、笑みが完全に消えた。


視線がソウシの背中へ向けられる。


その手が、傍らに置かれていた小さなダンベルへ伸びる。

持ち上げる。

高く振りかぶる。


「……?」

背後に何かの気配を感じ、ソウシが振り返った。


だが、その視界を突然、黒い背中が遮った。



「……物騒なものは下げてもらおう」


「レン!?」


いつの間に追いついたのか。

スーツ姿のレンが、ソウシとのぞみの間へ立っていた。


振り下ろされる寸前だったのぞみの腕を、片手で掴んでいる。

「………」

「これで人の頭を殴るつもりだったのか?」

のぞみの顔が歪んだ。


「どきなさいよ!!」

突然、声を張り上げる。


「あんたさえ……!」

「………」

「あんたさえ来なければ―――!!」

叫ぶと同時に、のぞみが再びレンへ飛びかかろうとする。

だがレンはその腕を捻り上げ、そのまま身体を後ろ手に拘束した。


「………」

ソウシは言葉を失う。

そして、その向こう。


少し遅れて事務所へ入ってきた杏奈が立っていた。


「………」

入口で足が止まる。

目の前にいるのは、長く自分のそばへ置いてきたマネージャー。


いつも仕事を支えてきた女。

その人物が、ソウシを殴ろうとし、レンへ剥き出しの憎悪を向けている。


「……うそでしょ」

杏奈の声がわずかに震えた。

「本当に……?」


「杏奈!」

「……本当に、のぞみが……?」

「違うの!」

レンに押さえられたまま、のぞみが必死に身体を捩る。


「杏奈、違うの! これは違うのぉぉ―――!!」

絶叫とともに激しく暴れ始める。

レンは眉を寄せた。


「………この女に構っている暇はない」


「え?」


「『眠れ』」

小さく呟き、片手を持ち上げる。

掌の前に、煙のような灰色の魔法陣が浮かび上がった。


「………」

杏奈は黙ったまま、それを見つめる。

レンがのぞみの顔の前へ手を翳す。


次の瞬間。

のぞみの身体から、急速に力が抜けた。


「……あ……」

瞼が落ちる。

崩れ落ちそうになった身体を、レンが片腕で支えた。


「念のため、拘束しておくか」

のぞみを床へ静かに座らせると、人差し指を立て、くるくると小さく回す。

赤い光が空中へ現れた。

細い鎖のような形となり、眠ったのぞみの身体へ巻きついていく。


腕。

胴。

脚。


赤い光の鎖が全身を拘束した。


「………」

その光景を見ていたソウシは、口を開けたまま固まっていた。


「おっ、おまっ……」

「?」

「どうした、ソウシ。早く行くぞ」

「お前、何あーにゃんの前で魔法バラしてんの!?!?」


「………」

「………」

レンと杏奈が顔を見合わせる。

ほんの一瞬だけ、妙な沈黙が落ちた。


「……もう知ってるから大丈夫。ソウくん」

「……は?」

「……そういうことらしい」

「いや、どういうこと!?」


レンも一瞬だけ杏奈へ視線を向ける。


あの夜。

どこまで知られたのか。

聞きたいことはある。

だが今は、それどころではない。


その時だった。


事務所の奥から、何かを強く叩きつけるような音が聞こえた。


――ドン。


「………!」


もう一度。


――ドン、ドン。


「そうだ、ミキちゃん……!」

先ほどまでの混乱が一瞬で消える。

「行こう!」

ソウシは事務所の奥へ走り出した。

レンもすぐ後へ続く。


「………」

杏奈だけが、その場に数秒残った。

眠ったまま、赤い光の鎖で拘束されているのぞみ。


見慣れた顔。

仕事をともにしてきた女。

「どうして……」

問いかけても返事はない。


「何がどうなってるの……?」

小さく呟く。

「のぞみ……」

ほんの数秒。


それでも杏奈は視線を切り、顔を上げた。

奥から、また物音が聞こえる。

唇を噛み、その場を離れる。

そしてレンとソウシの後を追って、事務所の奥へ向かった。



「ミキちゃん……!」

ソウシは事務所の奥へ駆け込んだ。

レンもすぐ後へ続く。


先ほどの物音を聞きつけたのか、奥から二人の男が飛び出してきた。


一人は細身で、営業マンのような雰囲気の男。

もう一人は体格がよく、厳つい顔をしている。


「なんだお前ら!」


この二人がミキちゃんの失踪に関わっている可能性は高い。


「勝手に入ってくんな!」

厳つい男がレンへ掴みかかる。

「………」


次の瞬間。

少し遅れてオフィスへ入ってきた杏奈の目に映ったのは――

厳つい男の身体が宙に弧を描いている光景だった。


「………」

一瞬だけ、すべてがスローモーションのように見える。


「うわああああっ!?」

男はそのまま床へ落ちた。

大きな音が響く。


それを見ていた細身の男の顔から、一気に血の気が引いた。


「ひ、ひえぇぇ……」

腰が抜けたように壁際へ崩れ落ちる。

レンは静かにその男へ歩み寄った。


「……他に何か言うことはないか」

「えっ」

「心当たりがある顔をしているな」

「い、いや、その……」

レンは男の襟首を掴む。

そのまま軽々と吊り上げ、壁へ押しつけるように立たせた。


「わあああっ! 勘弁してください!」

「なら話せ」

「高校生の子たちなら倉庫です!」


「!」

「三人ともそこにいます! 俺たちも何も知らないんです! 言われた通りにしただけなんです!」

「三人……?」


ミキちゃん以外にもいる。

「今夜までそこに置いておけって、それだけで……!」

「……今夜まで?」

杏奈の声が低くなった。


「引き渡しの段取りがついたら連絡するって言われてて……」

「引き渡し……?」

その言葉の意味を考えた瞬間、ソウシの顔から血の気が引いた。


今日ここへ来なかったら。

あと少し遅かったら。

ミキちゃんは、どこかへ連れて行かれていたかもしれない。


「………」

――間に合ったのか?

まだ分からない。姿を見るまでは安心できない。


「ちょっと待って」


杏奈が一歩前へ出た。

「今の、それ誰からの指示?」

「え……」

「誰が高校生を連れてきて、ここに置いておけって言ったの?」

「の、のぞみさんです」


「………」

杏奈の表情が固まる。


「のぞみさんの指示は、社長の指示でしょ?」

「……は?」

「だって、いつも『社長から』って……」

「………」

「俺たち、そう聞いてたから……」


杏奈は唇を噛んだ。

「高校生には手を出すなっていつも言ってたよね!?」

杏奈の低い声がオフィスに響く。


「ひっ……」

「あたしはこんなこと指示してない!!」

「で、でも、のぞみさんが……」

「のぞみがそう言ったの?」

「は、はい……」


「………」

自分の名前で。

自分の会社で。

自分の知らない仕事が動いていた。


杏奈の顔から、わずかに血の気が引く。


どこまで。どれくらい前から。

自分の名前を使って、何が行われていたのか。

だが今は、それを考えている場合ではない。


「ちょ、ちょっと待って!」

ソウシが割って入った。

「ミキちゃんはどこにいるんですか!?」


「だから、奥の倉庫に……」

「先にミキちゃんを返してください!」

焦りに声が上擦る。

「俺に言われても……!」


その時、ソウシは気づいた。

「………」

先ほどまで聞こえていた音。

何かが壁へぶつかるような。

内側から誰かが蹴っているような音。

それが――止まっている。


「………」

耳を澄ませる。

何も聞こえない。

「……なんで」


胸が嫌な音を立てる。

「なんで止まった……?」

最悪の想像が頭をよぎる。


「倉庫はどこだ」

「あ、あっちです!」


社員が震える指で、オフィスのさらに奥を示した。

「あのドアの向こう!」


ソウシは弾かれたようにそちらを見る。

「ミキちゃん……!」

走り出しかけた、その瞬間。


 ――ガチャッ。


「………?」


 倉庫のドアノブが動いた。


 レンも視線を向ける。


 杏奈も息を止める。


 次の瞬間。


 倉庫のドアが、内側から勢いよく開いた。

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