それがギャルの鉄則
放課後。
学校から自宅へ向かって歩いていたまりなのスマートフォンが、また鳴った。
「ったく、うるさ」
先ほどから同じ相手から何度も連絡が来ている。まりなはずっと無視していたが、さすがにしつこい。
しぶしぶポケットからスマートフォンを取り出す。
『今日せんぱいに呼ばれてた飲み会、一人ドタキャンで人数足りなくなっちゃったの』
『お願いまりな! 来れないかな』
『一時間でいーから』
『高校生は飲まなくていーから』
『ごはん食べるだけ! お願い!』
「こーこーせーは飲まなくていいってさ、そもそもこーこーせー呼ぶ場所じゃねーだろ」
呆れながら呟いたところへ、また新しいメッセージが届く。
『まりなが来れないと、ウチせんぱいにシメられちゃう(泣) 一生のお願い! 助けて!』
まりなは盛大にため息をついた。
「……そんなことでシメてくるせんぱいなんていらねーし……てか、お前の一生何回あんだし……」
そうは思う。
思うのだが、「シメられる」とまで言われると、完全に放っておくのも後味が悪い。
まりなは足を止め、親指で素早く返信した。
『わかったよ』
『でも今回だけだよ』
返事はすぐに来た。
時間と場所を確認したまりなは、またげんなりと眉を寄せる。
見た目だけで勘違いされることが多いが、まりなは男女混合の飲み会や食事会に喜んで参加するような人間を、男女問わずあまり好きではなかった。
ギャルのファッションやマインドにプライドがあるから、ギャルをしている。
男に媚を売るためにやっているわけではない。
ギャルだから酒が好き。
ギャルだから男遊びをしている。
ギャルだからエロい。
そんな勝手な決めつけをしてくる男を見ると、引っ叩きたくなる。
……ぜったい一時間で帰ってやる。
……あと、ウマいもの食べて元は取ってやる。
そう決めて、まりなは再び家路についた。
◇
行くと決めたら、きっちり戦闘態勢で行くのもギャルなのだ。
自宅へ着くなり、まりなは髪をしっかり巻いて盛り、学校用のメイクにつけまつげとハイライトを足した。ネイルチップも装着し、お気に入りのオフショルダーニットワンピースへ着替える。
最後に鏡の前へ立ち、片手を腰へ当ててポーズを取った。
「うーん、今日もイケてるよぉ☆」
満足げに頷く。
誰に見せるためでもない。
自分で自分を見て、イケていると思えればそれでいい。
夜になり、まりなは池袋駅で友人と合流した。
「まりな〜! 来てくれてありがとぉ〜!」
「もお、今回だけだよ!」
会うなり抱きついてきた友人を適当にあしらい、二人は指定された店へ向かった。
◇
会場は池袋東口からほど近いビルの四階にあった。
扉を開けた先は、学生の飲み会とはとても思えない。高級感のある会員制バーのような、妙に落ち着いた空間だった。
店内を見回したまりなは、次第に別のことが気になり始める。
――ここで本当にウマいごはん食べられんの?
「ね、メニューとかないけどさ。何のお店なの、ここ」
「わかんない……ウチも初めて来た」
「ウマいごはんなかったらすぐ帰るから!」
「そんなこと言わないでよぉ」
友人は困ったように笑ったあと、少し声を潜めた。
「なんかぁ、ここに呼ばれた女の子たちは選ばれた子たちなんだって」
「選ばれたって……何に?」
「あーにゃんに。ほら、来た!」
あーにゃん。
ここ最近、何度も耳へ入ってきた名前だった。
しかも、ろくでもない話と一緒に。
まりなが視線を向ける。
店へ入ってきた女性は、普段配信で見せるようなコスプレ姿ではなかった。
それでも一目で目立つ。人形のように小さな顔と長い手足。露出を抑えた上品なワンピースから覗く肌は白く、照明の下で透き通るように見えた。
「あれが……あーにゃん?」
まりなは目を細める。
「………あれ?」
だが、その直後。
女性のすぐ後ろを歩く黒いスーツ姿の男に、見覚えがあった。
「……パイセンといた勇者くんだ」
杏奈に続き、中年の男性客たちも次々と店へ入ってくる。
しばらくして係員に促され、隣同士に座っていたまりなと友人は離された。
二人の間へ、中年男性が座る。
「……なにこれ」
改めて店内を見回してみれば、若い女性と中年男性が交互に座るような格好になっていた。
先ほどまで聞いていた「飲み会」という言葉から想像していたものとは、明らかに違う。
隣へ座った男が、まりなの顔を覗き込むようにして笑った。
「きみ、何歳? 二十歳くらいかな? 俺ギャル大好きなんだよね」
「は? きっも!」
まりなはテーブルを叩き、その場で立ち上がった。
「ちょっと、まりな……」
友人が慌てた声を出す。
その物音に、少し離れたところにいたレンも振り返った。
「あれは……ソウシのバイト先にいる戦士の少女か」
まりなは周囲の視線など気にも留めず、ずかずかとレンのもとへ歩いていった。
そして、そのすぐ傍らにいる杏奈へ真正面から向かう。
近づいてくるまりなを見て、レンが反射的に杏奈との間へ立った。
まりなはそんなレンを睨みつける。
「勇者くん……だよね」
「貴殿は……ソウシの……」
「ねえ! なんでこんなとこにいんの? パイセン知ってんの?」
その声に、レンの後ろから杏奈が顔を出した。
「なぁにレンくん、知り合い?」
「あんたがあーにゃん?」
杏奈は手にしていた電子タバコを口元へ運び、煙をふうっと吐き出した。
「そうだけど、なに? 今日の参加者? あたしもあなたのこと知らないけど」
「無理矢理呼ばれただけだよ。もう帰るから」
「ふふっ、そんなに怒らないでよ。かわいい」
杏奈は小さなバッグから一枚の名刺を取り出し、まりなへ差し出した。
『安西杏奈
動画クリエーター
女子支援・ライフクリエイト
個人スポンサー契約』
「なにこれ、ウチこんなのいらな……」
「そうガンコに決めつけないでさぁ」
杏奈は名刺を引っ込める様子もなく、そのまま軽い調子で続ける。
「今の時代、デパコスのひとつふたつでも買ったら普通のバイト代なんて消えちゃうじゃん?」
杏奈の視線が、まりなの髪や睫毛、指先へ順番に落ちていく。
「ブリーチとかまつ毛とかネイルとか日焼けとか、維持するだけでも大変なんじゃないの?」
そして、口元だけで笑った。
「黒ギャルちゃんってさあ……やっぱり好きって人は好きだから需要あるんだよね」
まりなの眉間に皺が寄る。
「あたしは、あなたにお小遣いをあげたいおじさまと、お小遣いが欲しいあなたのマッチングをしてるだけ。なにも強制なんかしてないよ?」
「は? ダサい。キショい。超余計なお世話」
杏奈の笑みがわずかに止まった。
まりなは容赦なく言い切る。
「ジジイの小遣いでやるギャルなんてなんっも意味ない。あんたと一緒にすんじゃねーよ」
「ふん……あなたはまだ知らないだけだよ」
「帰る」
まりなは即座に踵を返した。
杏奈はその背中を見送ると、隣のレンへ視線を向けた。
「レンくん、送ってってあげて」
レンは短く頷き、まりなのあとを追った。
エレベーターホールまで来たところで、まりなが足を止めた。
振り返り、追いついたレンを見る。
「……ねぇ、勇者くんはなんであんな人と一緒にいんの?」
「護衛の任を仰せつかっている」
「護衛?」
「彼女を狙う者がいる。ストーカー被害……と言うのか? それが解決するまで傍にいることになっている」
まりなは少し目を細めた。
「パイセン知ってんの?」
「ああ」
「でも、ほんとおかしいよ」
先ほどまでの怒りとは少し違う、真剣な声になる。
「ウチの学校でも今広まってんの。あーにゃんの紹介で女の子集めてて」
レンの表情が変わった。
「それで今日来たらこれじゃん。もう怪しすぎるって」
「俺も……先日から妙だとは思っていた」
「え?」
「杏奈は……男たちから女性に対する条件を聞き取っていた。容姿や性格、金銭……」
まりなの顔が露骨に引きつる。
レンは少し考えながら続けた。
「ただ、俺はこの国の言葉や事情がまだよく分からない。それだけで悪いことだと断定はできないと考えていた」
「いやいやいや、充分アウトでしょそれ」
まりなは即座に突っ込んだ。
「怪しいと思ってんならやめればいいのに」
「それはできない」
「なんで?」
「護衛を引き受けた以上、問題が片付くまでは途中で投げ出すわけにはいかない」
まりなはしばらくレンの顔を見つめ、それから肩をすくめた。
「まっじめー。さすがパイセンのマイメン」
レンには「マイメン」という言葉の意味までは分からなかった。
だが、まりなが呆れながらも悪意なく言っていることくらいは分かる。
「とにかく今回はさすがにウチ、パイセンに話すから。ショック受けるかもしれないけど……あんな人のこと好きでい続けるよりマシだよ」
「そうだな……俺からも連絡しよう」
レンは少し眉を寄せた。
「ソウシはだいぶ杏奈に心酔しているからな……驚くとは思うが……」
まりなは勢いよくレンの肩を叩いた。
「ウチが励ますから大丈夫!!」
あまりに迷いのない声だった。
レンの頬が、わずかに綻ぶ。
「そうだな。貴殿がいてくれれば」
まりなはそれを当然のことのように受け止めた。
ソウシが落ち込んだなら、自分が励ます。
そのことに疑問すら持たないまま。




