8 街道の三日
村を出て三日の街道は、それだけでひとつの稽古場だった。
初日は歩いた。
トゥーレから街道筋に出るまでは山道で、荷を背負って上り下りする半日は、それだけで足運びの総ざらいになる。
行李の重さは肩に食い込む重さで、これは背負子の薪とも天秤の水桶とも違う。
重さの種類ごとに腰の据え方が違うのだと、半日でひとつ覚えた。
ただ歩くだけでも、行李を背負って一日歩き通すのは村の暮らしにはなかった負荷だ。俺は歩幅を数えることにした。
癖というより、ゼフ爺の教えの応用だ。同じ歩幅で、同じ姿勢で、疲れてきても崩さない。
崩れそうになる場所を探して、そこだけ意識で支える。日のあるうちに麓の宿場に入って、納屋の隅を銅貨一枚で借りた。
夕方には腰の据わりがひとつ深くなったのが分かった。歩くだけで身になる。いい体だとつくづく思う。
納屋の隅には先客がいた。
鍋やら小間物やらを担いで村々を回る行商の親父で、藁に潜り込みながら、訊きもしないことをいろいろ喋ってくれた。
ドルンの飯の相場。安宿の名前と、南京虫の出る宿の名前。近頃は西の森の魔物が多めで、護衛の口が高く売れていること。
行商人の世間話というのは、五つの俺に魔物という言葉を教えてくれたのもそうだが、この世界の新聞みたいなものだ。
俺は干し肉を一切れ渡して相槌で釣りながら、使えそうな話を残らず頭に写した。仕入れはただに限る。
二日目に、干し肉と引き換えで荷馬車に乗せてもらった。
塩を運ぶ隊商の荷馬車で、御者が四人と、護衛が二人ついていた。銅札の冒険者だという。
年かさのほうは槍を立てて列のいちばん後ろを歩き、若いほうは剣を提げて先頭の馬の脇につく。
俺は荷台の隅から、失礼にならない程度にその二人を観察し続けた。
面白いほど違うのだ、立ち方が。
村の若い衆とも、狩人とも、ゼフ爺とも違う。歩いている間も重心が上下しない。
目は遠くの藪と近くの轍を行ったり来たりして、一度も一箇所に留まらない。
道が林に入ると二人の間隔が縮まって、開けた野に出るとまた戻る。休憩で座るときすら、二人同時には座らない。
必ず片方が立っている。水を飲むときも、空いた手は得物の届く場所から離れない。
誰かに教わったというより、そうしなかった連中が死んでいった結果の形なのだと思う。形には理由がある。
前世の道場で師範がよく言っていた。俺は二人の形を、理由ごと頭に刻んだ。
「坊主、冒険者志願か」
視線に気づいた年かさのほうが、休憩のときに笑いながら訊いてきた。
はい、と答えると、二人は顔を見合わせて、悪意のない苦笑いをした。
「悪いことは言わん。木札の間に嫌ってほど溝と薬草を見て、それでも辞めたくなかったら続けろ。半分は最初の冬で村に帰る。あとの半分のまた半分は、背伸びして森の奥で消える」
「背伸びしなければ、消えませんか」
「……変な訊き方をする坊主だな」年かさは顎鬚を掻いた。「消えにくくはなる。だが背伸びしねえ木札ってのは、いちばん退屈で、いちばん銭にならん。みんなそれに耐えられんのよ」
耐えられる、とは言わなかった。口で言うことではないからだ。
かわりに、槍の握りの位置を訊いた。年かさは面食らった顔をして、それでも荷台の脇を歩きながら、ぽつぽつと教えてくれた。
突く槍と払う槍で握りが変わること。護衛の槍は突きが九割なこと。街道でいちばん多い相手は魔物ではなく人であること。
夕方の野営では、火の焚き方にも順序があるのを見た。煙の立ちにくい薪の組み方。火の番の交代の呼吸。荷の陰の寝る位置。
どれも銅貨一枚にもならない眺めだが、俺の帳面では、この荷台は動く教場だった。
干し肉一袋で三日乗せてもらって、盗めるだけ盗む。爺の言う「見て盗む」の稽古を、俺は初めて村の外でやっていた。
夜明け前に目が覚めると、若いほうの護衛が野営の火から離れて剣を振っていた。数えていると、五十で終わった。
五十振って、汗を拭いて、火番に戻る。それだけのことが、俺には妙に響いた。護衛の夜は交代の仮眠で切れ切れだ。
それでも振る。この世界の本物たちは、才のあるなしにかかわらず、みんなどこかに自分の百振りを持っているらしい。
俺の五十は明日もそっくり残るが、あの男の五十は寝て起きれば半分漏れる。
漏れると知っていて、それでも振る男の五十と、漏れるからと振らない男のゼロ。十年後の立ち方の差は、たぶんそこでつく。
俺は寝たふりをやめて起き上がり、少し離れた場所で自分の百振りを済ませた。
若い護衛と目が合って、どちらからともなく笑った。言葉は交わさなかった。要らなかった。
◇ ◇ ◇
三日目の昼過ぎに、街道の先に灰色の壁が見えた。
ドルンは壁のある街だった。石積みの壁が街をぐるりと囲んで、門には槍を持った衛兵が立っている。
門の前には荷車の列ができていて、俺のような徒歩の者は脇の小さな戸口から通される。
名前と出身と用向きを訊かれ、冒険者志願だと答えると、衛兵は顔も上げずに顎で中を指した。日に何人も来るのだと思う。
門をくぐると、道の広さと人の多さに目が回った。
荷車と屋台と呼び売りの声。
鍛冶の音がどこかで途切れずに鳴っていて、革と鉄と煮売り屋の湯気の匂いが混ざり合って流れてくる。
道の両側に石造りの二階屋が続き、路地の奥にまた路地が見える。トゥーレの村がまるごと二十は入りそうな街だ。
前世の駅前とは何もかも違うのに、人の多い場所特有のあの圧だけは同じだった。
人混みの歩き方だけは前世のほうが場数がある。肩をぶつけずに流れを縫って、俺は中央の広場へ出た。
途中で武具屋を二軒のぞいた。買う気はない。相場を頭に入れるためだ。並の短剣が銀貨一枚から。革鎧が銀貨三枚。
俺の全財産は銅貨で四十と少しだから、当分は爺の短剣と羊毛の外套が俺の全装備ということになる。
店の親父は子供の冷やかしに嫌な顔ひとつせず、逆に、いい短剣を差してるな、と言った。目利きというのは恐ろしい。
鞘から一寸も抜いていないのにだ。
広場の隅では、辻の講釈師が魔物退治の武勇伝を語って銅貨を集めていた。足を止めて最後まで聞いた。
話の九割は飾りだろうが、魔物の名前と土地の名前は本物だ。西の森の岩犬。南の沼の大鋏。
岩山の主の話になると講釈師は声を落とし、聞き手が身を乗り出した。
名前を聞いた魔物の数だけ、俺の帳面に空の頁ができていく。いつかその頁を、講釈ではなく自分の場数で埋めていく。
冒険者組合の建物は、訊くまでもなく分かった。
広場に面した石造りの二階建てで、入り口の脇に大きな板張りの掲示場がある。
板の前には人だかりができていて、武装した連中が紙を睨んでは剥がしていく。
建物から出てくる者も入っていく者も、腰や背に得物を提げていた。
あの護衛の二人と同じ立ち方の人間が、ここには何十人もいる。
俺は広場の隅に立って、しばらくその流れを眺めていた。
強い者と、そうでもない者の見分けが、立ち方だけで少しつくようになっている自分に気づいた。三日前の俺にはなかった目だ。
三日でこれなら、三年でどうなる。十年でどうなる。
その晩は門の近くの安宿の大部屋に潜り込んだ。銅貨二枚で藁の寝床と屋根がつく。
藁は湿気ていて、隣の男のいびきは牛なみで、梁を鼠が走る音がした。
大部屋には十人ほどが寝ていて、半分は俺と同じ新入りらしかった。壁際で装備の革を何度も撫でている奴。
眠れずに天井を見ている奴。低い声で自分の村の自慢をしあっている二人組。みんな明日、同じ窓口に並ぶのだろう。
この中の半分は最初の冬で消え、残りの半分のまた半分は森の奥で消える。あの護衛の勘定が正しければ、だが。
俺は消えない側に入るつもりでいる。
根拠は行李の中の手紙ではなく、腰の短剣でもなく、ここまでの九年と、これからの毎日だ。
俺は行李を枕にして、明日のことを考えた。
明日、木札をもらう。
雑用上等だ。俺の稽古に、明日から実戦がつく。
寝入り端に数えた今日の稼ぎは、街道三日ぶんの足と、護衛の形と、槍の間合いの講釈と、この街の匂いだ。
悪くない三日だった。




