46話 草鞋の手紙
雪解けの前に村から荷が届いた。帳場のネラが俺の顔を見るなり、奥から包みを出してきた。
「村からです。三日前に着いてました」
油紙の包みが二つ。一つは手紙で、一つは草鞋が三足だった。編み目の詰んだ、売り物みたいな草鞋だ。
膝を悪くした爺が小屋で編んでいると言っていた、あれだった。納屋に持ち帰って灯りの下で包みを開いた。
草鞋は藁の匂いがまだ新しかった。この匂いは村の納屋の匂いだ。手紙の字は去年より少し細くなっていた。
太い字を書く人だった。掲示の注意書きみたいな、遠くからでも読める字を書く人だった。
その字が細くなっている。俺は手紙を読む前に、その細さだけをしばらく見ていた。字はその人の膝だ。
いつだったか婆がそんなことを言っていた。立てなくなる前に字が先に細くなるのだと。
縁起でもない話を振り払って、俺は封を開いた。
◇ ◇ ◇
膝は相変わらずだが草鞋の腕は上がる一方で、村の連中が銭を置いていくので困る、と最初の三行で自慢が済ませてあった。
豆はどうした、飯になったかと続く。豆というのは爺の前の手紙にあった言い回しだ。
おまえの毎日は豆だ、豆は飯になる。爺の手紙はいつもこの符牒で俺の毎日を検分してくる。
銅札も三年目に入る頃だ、周りに追い抜かれて焦れる時期だが、おまえに限ってそれはないな、と俺の返事まで先回りして潰してあった。
四年経ってもこの人の中の俺は、丘で素振りをしている小僧のままらしい。それでいい。
あの丘の小僧から俺は一歩も引っ越していない。変わったのは素振りの場所と周りの顔ぶれだけだ。
丘が河原になり、ダンがカイになり、爺の目が婆の目になった。場所と顔が変わっても、朝のやることは一つも変わらない。
変わらないものを一つ持っていると、人は案外どこでも生きていける。手紙はそれを年に一度確かめさせてくれる。
俺の現在地と俺の出どころとその間の距離を。距離は開いたが向きは一度も変わっていない。
向きさえ合っていれば旅は続く。それからダンのことが書いてあった。王都の兵団で選抜に残ったそうだ。
馬上槍で名が出始めていると、村に寄った行商人が話していったらしい。狩人の倅が馬に乗るとはな、と爺の字はそこだけ少し笑っていた。
四十六回俺を負かした男は、王都でも誰かを負かし続けているのだ。あの負けん気が馬に乗ったら、それは強かろうと思う。
四十六敗の相手が遠くで名を上げていく。悔しさは不思議なほど無く、あるのは物差しが伸びていく頼もしさだ。
いつか測り直す日に、互いの目盛りが増えているほうがいい。村を出た二人が二人とも死なずに上へ向かっている。
村の年寄りにはそれがいちばんの土産なのだそうだ。手紙には村の冬のことも書いてあった。
雪が少なく猪が畑を二度荒らしたこと。兄たちが畑を広げ、母の豆の煮方が今年も変わらないこと。
それから村の子が二人、朝の丘に通い始めたこと。俺の使っていた庭の土の線を、爺はまだ消さずにいるらしい。
膝は曲がらないが口はまだ達者だ、とあった。千日の庭に次の小僧が立っている。
それを知らせる字は細くても確かに笑っていた。手紙の最後の一行はこうだった。
草鞋は減るから送ってやる。おまえの足は減らんがな。納屋の二階で俺は一人で少し笑った。
体質のことをこの世でただ一人知っている人の、ただ一人にしか書けない冗談だった。
◇ ◇ ◇
翌朝の日課から貰った草鞋を履いた。足に吸い付くように馴染んだ。
編んだ人間が俺の足の寸法どころか歩き方の癖まで覚えているのだから、当たり前といえば当たり前だ。
千日俺の足運びだけを見続けた目がいまは手に移って、こういうものを編む。街道を走りながら考えた。
爺の膝は減った。婆の息も減っていく。手紙の字も細くなった。俺の周りの、俺に注いでくれる人たちはみんな減るものを抱えて生きている。
減らないのは俺の皿だけだ。なら俺にできるのは、注がれたものを一滴もこぼさず、あの人たちが見たがっている高さまでこの皿を運ぶことだけだ。
走る息が白く千切れて後ろへ流れた。草鞋の裏で、凍った轍のひとつひとつがはっきり読めた。
いい草鞋は足の裏の目まで良くする。凍った轍のどこが滑るか、踏む前に足が知っている。
兎場の十年と見回りの四年が足の裏に貯まっているからだ。いい道具は貯めたものを引き出しやすくする。
安物の草鞋との違いはそこに出る。
◇ ◇ ◇
夜、返事を書いた。字は丁寧に書いた。俺の字は爺に教わった字だ。雑に書けば雑にした分だけあの人に返る。
薬草の一番目を倍にして包み、隣街で見つけた膝当ての革を入れた。柔らかいのに切れない、いい革だ。
値は張ったが、路銀の使い道としてこれより正しいものを思いつかなかった。革屋の親父は用途を聞いて革を替えてくれた。
「膝当てなら、こっちだ。硬い革は当てる側の膝が疲れる」
街の三年でこういう店の顔が増えた。銭は物と一緒に目利きも買える。包みには母の好きな干し杏も入れた。
兄たちには火打ち石の替えを。出立の朝に貰った餞別の、これは遅い遅い返しだ。それからこの一年を三行にした。
沼の大きい蟹を隊のみんなで仕留めました。冬の街道で狼を六頭、荷を守り切りました。
教えた後輩が群れの先触れを読んで生きて帰りました。書いてから、三行とも爺の教えの上に立っていることに気づいた。
泥の足も二対一の線も、逃げられた日は勝った日だというあの言葉も。俺の一年はどこを切っても爺の千日が出てくる。
書き終えて読み返して一行だけ迷った。山の獣の様子がおかしいこと。書けば爺は膝を叩いて悔しがるだろう。
行って見てやれない膝を恨むだろう。だから書き方だけ変えた。森の帳面に白い欄が増えました、埋まったらお知らせします。
あの人ならこれで全部伝わる。最後に一行、豆は飯になりました、来年は膳にします、と書いた。
膳の字だけ少し大きくなったが、構わずそのままにした。封をして灯りを消して寝床に入った。
寝床の脇に三足の草鞋を並べて置いた。藁の匂いが納屋の闇に薄く広がり、村の納屋と街の納屋が匂いで一瞬つながった。
目を閉じると丘の朝が浮かんだ。六つの俺が素振りをして、爺が薪の株に腰掛けて数えている。
いま丘に通っている村の子二人も、あの数え声を聞くのだろうか。膝の悪い師匠は庭の隅の切り株から、どんな声で数を数えるのだろう。
三足の意味も考えれば分かる。春と夏と秋の分で、冬の分が無いのは冬までにまた送るという意味だ。
手紙より確かな次の約束だった。約束の受け取り方もこの四年で覚えた。疑わず当てにしすぎず、自分の毎日を挟んで待つ。
闇の中で、届いた手紙の字の細さがもう一度だけ浮かんだ。字は細くなる。膝は減る。
それでも手紙は今年も来た。草鞋は三足、編み目は去年より詰んでいた。減っていく人が減らない何かを寄越し続けてくれている。
なら俺は受け取った分を全部履いて全部走る。草鞋は減る。だから大事に、しかし遠慮なく履き潰す。
それが編んだ人への礼だと思うことにした。礼の残り半分は、生きて次の三足を受け取ることだ。
帳面に書く。爺の字細くなる。膝当ての革送る。来年の手紙も必ず来る。来ると決めて俺は目を閉じた。




