44話 川と堰
牙犬の駆除は三日で終わった。灰羽の四人と俺で沢筋を上から畳んで、六頭を数えて六頭を北の奥へ追い返した。
仕留めたのは退かなかった二頭だけだ。群れごと殺す駆除は、群れごと里を忘れさせる駆除に負ける。
ガッシュの言だった。帰りに沢の上流まで足を延ばしたが、群れを南へ押した何かの正体は結局つかめなかった。
太い獣道が一本、奥へ向かって消えていた。ガッシュはその道の前で長いこと立っていた。
道幅は狼のものより広く、踏み込みの跡は猪のものより深い。誰も何のものとも言わなかった。
言えないものは絵図に描いて持ち帰るだけだ。それだけだった。帳面の白い欄は白いまま冬に入った。
初雪の朝、街道の荷が倍になった。雪の前に運び込む冬支度の荷だ。護衛やら荷役やらで俺の日課も朝晩の二回に割れた。
割れても消えはしない。一日の形が変わるだけで注ぐ量は変えない。それが冬の俺の決め事だった。
◇ ◇ ◇
三度目の冬が来て、ヨナ婆の咳が増えた。薪割りの取引は二度目の冬になる。俺が裏の薪を割り、婆が奥の技を教える。
斧を振るたび家の中から咳がひとつふたつと聞こえる冬だった。去年はこんなに数えなかった。
数えたくないものほど俺の癖は勝手に数える。薪割りはそれ自体がいい稽古でもある。
木目を読んで節を外して、力ではなく落とす場所で割る。読み違えれば斧は弾かれて手が痺れる。
節の場所は木の生きてきた記録だ。枝のあった場所。風の強かった年。薪にも帳面があり、読めば割れる。
一束割る頃には体の芯が温まっている。婆の家の冬支度と俺の朝の稽古が、一つの手間で済む取引だ。
今年から俺は頼まれてもいない分まで薪を割るようになった。婆は目ざとくそれを見つけて鼻を鳴らした。
「余計に割った分の束、あれはなんだい」
「割りすぎました」
「嘘をお言い。……まあいい、貰っといてやる。年寄りの冬は薪で決まるからね」
囲炉裏の前で流しの稽古が続いた。魔力を柄から刃へ、刃から剣先へ。五呼吸だった持続はこの冬で七呼吸になった。
婆に言わせれば、まだ入り口の廊下だそうだ。
「七呼吸通せるようになったら、次は留めるんだ。剣先まで流したものを、剣先で留めて、散らさない。流すのが川なら、留めるのは堰だね」
川と堰。婆の言葉はいつも絵になっている。絵になっている言葉は体に入りやすい。
爺の教えもそうだった。皿。線。森の当たり前。いい師匠は体に入る絵をたくさん持っている。
俺は婆の絵を帳面にそのまま写した。流すのが川なら、留めるのは堰。やってみて三日で分かったのは、留めるのは流すより十倍難しいということだった。
剣先に集めた灯りは留めようとした途端、指の間の水みたいに散る。流れているものは流れているから形を保つ。
止めた途端に行き場を失って暴れる。三日目に一度だけそれらしいものが半呼吸できた。
剣先に灯りの粒が丸く止まったのだ。止まったと思った瞬間に粒は弾けて消えた。
喜びが手元を揺らしたのだと婆は笑った。欲が出た瞬間に崩れるのは、灯りの稽古の頃から変わらない。
俺の心はまだ皿より浅い場所で揺れる。揺れの浅さも稽古のうちだ。散っては集め、集めては散らした。
囲炉裏の火が落ちるまでやって、家に帰ってからも灯り一つでやった。散るたびに数を刻む。
七日目に婆が聞いた。
「散った数を数えてるかい」
「四百と少しです」
「上等だ。あたしは千二百散らした。五十年前にね」
婆は咳を一つして笑った。
「あんたのその数え癖と、後戻りしない体だ。堰が組めた日、そこから先は一生ものだよ。だからあたしは、あんたには十年先の稽古を先に教える。前に言ったろう。生きてるうちに、伝え終わりたいのさ」
囲炉裏の火が爆ぜた。生きてるうちに。その言葉が今年は去年より重く聞こえた。咳の数を俺が数えてしまっているからだ。
婆の咳は乾いた咳だ。夜講習の頃は冬に三日寝込む程度で、去年は七日。今年はまだ数えたくない。
薬草の煎じ方は婆本人がいちばん詳しい。詳しい本人が自分の咳だけは話の外に置いている。
「婆さん」
「なんだい」
「伝え終わっても、死なないでください。伝えたものが合ってるかどうか、確かめる人が要ります」
婆はしばらく黙って、それから今年いちばん派手に笑い、派手に咳き込んだ。
「五十年で初めて言われた減らず口だ。……ようし、なら春までに堰の口伝を全部さらう。あんたは薪を割りな。冬はまだ長いんだ」
◇ ◇ ◇
春までに全部。帰り道、その言い方が足の裏に小石みたいに残った。婆の稽古はいつも十年勘定だ。
急がないし急がせない。流しに三年かけさせた人が、堰の口伝だけは春までにと区切った。
区切った理由を俺は聞かなかった。聞けば答えが帳面に載ってしまう気がした。載せたくない答えというものが世の中にはある。
代わりに俺は翌日から薪を倍にした。割って割って軒下に運ぶ。婆の家の冬が一日でも長く暖かいように。
願いの中身のわりに俺のやることは薪割りしかない。しかないものを数で埋める。
数は俺のいちばん得意な祈り方だ。口伝の続く春が一日でも遠くまで続くように。俺にできる祈りの形はいつも手仕事をしている。
前世の俺は祈るとき手が空いていた。祈りごと数字に潰される夜ばかりだった。手を動かす祈りのほうが俺には合っている。
薪は嘘をつかない。割った分だけ軒下で冬に効く。
◇ ◇ ◇
稽古は夜ごとに続いた。剣先の灯りを留めて、散らしてまた留める。四百がやがて四百五十になり、五百に近づいていく。
散った数だけは正直に増える。だが婆は言った。千二百散らして組んだ堰が五十年保った、と。
なら俺の堰は何年保つのだろう。俺の体質なら組めた日から死ぬ日まで崩れない。
一生ものという言葉が俺の場合は文字通りの意味になる。だから焦らない。
四百五十で組めなくても五百で組めなくても、その数は全部堰の土台に埋まっていく。
俺の散らした数は消えない捨て石で、いつか組める日の水位を下から確かに上げている。
婆は口伝を順を決めてさらい始めた。堰の口の切り方。水の逃がし方。組み上げる夜の心得まで。
覚えることは山ほどあって、覚える端から帳面に沈んでいく。沈んだものは消えない。
俺の帳面のこの性質を婆はもう疑いもしなくなった。口伝の合間に婆は昔の話を少しずつ挟むようになった。
若い頃に組んだ隊の話。術士が三人いた時代の話。堰を組めた朝に師匠と二人で笑った話。
話の景色の中の人はもうほとんど生きていない。それでも婆の口の中ではみんな達者に喋る。
人は語られている間はいなくならないのかもしれない。なら俺の帳面の中の婆も同じことだ。
そう思ってから慌てて打ち消した。まだ早い。まだずっと早い。打ち消した後も囲炉裏の火の音だけがしばらく耳に残った。
俺は薪をもう一本火に足した。火が育つのを見届けてから稽古に戻った。雪の晩、家に帰る前に軒下の薪を数えた。
三列。三列目は婆が春まで笑って咳をするための、俺の勝手な追加分だった。帳面に書く。
堰まだ組めず。散らした数四百八十。婆の咳増える。口伝春までと区切られる。
その下に小さく一行。春が来たらなぜ急いだのかを聞く。聞ける春であってくれ。




