4 千日
千日というものを、俺は本当に千日やった。
八つから十一まで。足運びと素振りだけの三年だ。
爺は嘘をつかない男で、その間、剣技らしい剣技はひとつも教えてくれなかった。
教えてくれたのは立ち方と、歩き方と、振り方と、あとは口の悪い説教だけだ。
一日はこう流れる。夜明け前に家の仕事を済ませて、丘で自分の素振りを百。それから爺の庭に降りて、土の線の上で足運び。
昼は家に戻って畑なり羊なりを手伝い、夕方にまた庭へ戻る。爺は薪割り台に座って、俺の足だけを見ている。
半日見て、直しはひとつかふたつ。膝の抜きが浅い。腰が半寸高い。それだけ言って、あとは黙る。
直された箇所は二度と戻らないから、爺の直しは一度きりでいい。
この師弟は、たぶんこの世でいちばん口数の少ない師弟だった。
説教だけは長かった。
「いいか小僧。戦いってのはな、覚えた技の披露会じゃねえ。相手が崩れた一瞬に、体が勝手に出るものだけが技だ。考えて出す技は間に合わん。だから皿を作る。足と腰と手の内。皿さえ深けりゃ、剣技なんてもんは上から注ぐだけでいい。皿の浅い奴に技を注いでも、縁からこぼれて終わりよ」
皿。爺の説教にいちばん多く出てくる言葉だ。俺はこの言葉が気に入っていた。
前世の道場の言葉で言えば地力とか土台とかいうやつだが、皿のほうが実感に近い。注がれたものを受け止める器。
俺の皿は漏れない。なら、深くする一方でいい。
素振りも、千日のあいだに中身が変わった。
ただ振り下ろすだけだった百振りに、袈裟の角度が加わり、切り上げが加わり、返しの二の太刀が加わる。
種類が増えるたびに百振りの割り付けを組み直して、どの振りも同じ数だけ体に入るように按配する。
爺はその割り付けにだけは口を出さなかった。
おまえの帳面はおまえがつけろ、というのが爺の流儀で、それも俺の性に合っていた。
冬は納屋の中で、天井につかえない小さい振りだけを割り増す。
狭い場所の稽古は、後年、思わぬところで俺の命を拾うことになるのだが、それはまだ先の話だ。
三年で、俺の足運びは村の若い衆の誰より静かになった。
自慢にならない。村の若い衆は誰も三年も足運びをやらないからだ。比べるべき相手は別にいた。
ダンという。狩人の息子で、俺よりひとつ上。
肩幅があって手足が長くて、九つの体がもう出来上がりの形を先に知っているような育ち方をしていた。
こいつが本物の才というやつだった。
爺の稽古に顔を出すようになったのは俺より二年も後のくせに、ひと月で木剣を持たされ、三月で俺と打ち合って、俺を子供扱いした。
初めての打ち合いは、いまでも覚えている。三合だった。三年の足運びで初手と二手目は外した。
三手目で、あいつは俺の外し方をもう読んでいた。読んで、俺の逃げる先に木剣を置いた。才というのは、ああいうものだ。
教わった型を覚えるのが早いだけではない。目の前の相手から、その場で吸い上げる。
爺が籠手の返しを一度見せれば、その日のうちに骨に入れてくる。
俺が三年かけて覚えた足運びの半分を、あいつは半年で追いついてきた。
悔しくないと言えば嘘になる。
だが前世で俺は、才能というものへの悔しがり方なら誰よりも場数を踏んでいる。腐るのは二流の悔しがり方だ。
一流の悔しがり方は、数えることだ。ダンとの打ち合いは、この三年で四十と六回。俺の負けが四十と六回。ただし、だ。
一本取られるまでの打ち数は、最初の頃が平均して三合。いまは十一合。
差は開いていない。詰まっている。遅いだけだ。
ダンは打ち合いのたびに機嫌がよくなった。
あいつにとって俺は、打てば必ず手応えの返ってくる、壊れない稽古台だったのだと思う。
ルドは何度やっても倒れねえなあ、と笑いながら、あいつは俺の十一合を退屈しなかった。
村の他の子は三合と保たないから、俺と打つのがいちばん稽古になると言って、狩りの手伝いのない日は必ず庭に来た。
天才に打たれる四十六回は、俺の側から見れば、天才の間合いと拍子を四十六回ぶん写し取る稽古だった。
負けの中にも、拾えるものは山ほどある。
十一合の中身を言えば、こうだ。初手から三合は、あいつの様子見のあいだ俺の足が保つ。
四合目から七合目、あいつが本気の速さになって、俺は受けと外しだけで凌ぐ。
八合目あたりで俺の返しが一度だけあいつの籠手をかすめて、あいつの目の色が変わる。
そこから先は、才が皿の差を力ずくで踏み越えてくる時間だ。九、十、十一。
最後は決まって、俺の知らない角度から木剣が降ってくる。
帰り道に、その知らない角度を土に描く。描いて、覚えて、次の朝の百振りに混ぜる。四十六回、それを繰り返した。
あいつの引き出しから角度がひとつ出てくるたびに、俺の引き出しにも同じ角度がひとつ増える。
あいつの知らない角度は、いつか尽きる。俺の引き出しは、一度入れたら二度と減らない。
だからこの勝負は、続けてさえいれば俺が追いつく仕組みになっている。あいつだけが、それを知らない。
それに俺には、誰にも見えていない勝ち星がひとつある。去年の俺と今年の俺が打ち合えば、今年の俺が百回やって百回勝つ。
一昨年の俺が相手なら目をつぶっても勝つ。この勝負だけは、俺は生まれてから一度も負けたことがない。
数える癖は、村の連中には呆れられた。負けた回数を胸を張って言う子供は、たしかに気味が悪い。
だが数えない負けはただの負けで、数えた負けは目盛りになる。四十六敗は、俺の中では四十六本の目盛りの刻まれた物差しだ。
三合が十一合になった。半年前まで喰らっていた巻き小手を、先月から喰らわなくなった。
物差しがあるから、亀の歩みでも進んでいると言い切れる。言い切れるから、焦らずに済む。焦らないから、雑にやらずに済む。
俺の強さの根っこは、たぶん体質そのものより、この勘定のほうにある。
◇ ◇ ◇
異変に気づいたのは、俺ではなく爺だった。
十一の年の春だ。
雪解けの水が丘の道を洗って、庭の土の線が引き直された稽古初めの朝、俺の素振りを見ていた爺が、途中で妙な顔をして手を挙げた。
「小僧。冬のあいだ、どこで振ってた」
「納屋の裏です。雪で足場が取れない日は、振ってません。ぜんぶで……二十日くらい空きました」
「二十日空けて、それか」
爺は自分の顎を撫でた。
「毎年言おう言おうと思って言いそびれてたがな。雪明けの小僧は、いつも妙なんだ。若い衆は冬を越すたびに下手になって戻ってくる。体がなまって、感覚が飛んで、春のひと月は冬前に戻すだけで終わる。それが当たり前だ。俺だってそうだった。……おまえは秋のまんまで戻ってくる。三年、一度もだ。今年もだ。二十日空けて、最後の一振りの続きから振ってやがる」
俺は答えに困って黙っていた。
「才無しの伸び方じゃねえんだよ、それは」爺は独り言のように続けた。「伸びは確かに遅い。ダンの半分もねえ。だがな、遅くても構わず進む奴と、落ちた分を登り直してる奴とじゃ、十年経ったときに立ってる場所が違う。おまえ、自分がいまどっちか分かるか」
「……分かります」
「そうか」爺はそれ以上訊かなかった。「なら黙って続けろ。俺も黙っとく」
この爺は、たぶんもう半分気づいている。そう思ったが、俺も黙っていた。
手の内を明かすのは、明かす意味ができてからでいい。切り札の見せ方には順番がある。
それくらいは、前世の営業で覚えた数少ない使える知恵だ。
その年から、爺の稽古に初めて剣技が混じり始めた。
最初に教わったのは、受け流しひとつだ。相手の打ちを正面で殺さず、刃筋を半寸ずらして地面へ捨てる。
爺は一度だけやって見せて、俺の手首の角度を一度だけ直した。
それだけで受け流しは俺の手の中に残って、二度と出ていかなかった。
次の打ち合いで、ダンの面打ちが初めて俺の枝の上を滑って土を叩いたとき、あいつは目を丸くして、それから嬉しそうに笑った。
いまの、もう一回。言われて、俺は何度でも同じ角度でやってみせた。
皿ができてきた、ということらしかった。
千日は、無駄にはならなかった。




