3 才無し
村には一人だけ、本物がいた。
ゼフ爺という。
村外れの小屋に一人で住んでいて、普段は罠を仕掛けて獣を獲り、村の若い衆に月に何度か棒の振り方を教えている。
若い頃は冒険者だったという話だが、本人は昔語りをしない。歳も誰も知らない。
ただ左の膝が悪く、杖代わりの棒を突いて歩く。その棒の突き方ひとつが、村の誰とも違った。音がしないのだ。
凍った道でも、ぬかるみでも、爺の棒は音を立てない。棒だけではない。足も鳴らない。腰から上が揺れない。
七つの俺は羊追いの帰り道にそれを見かけて、しばらく息をするのを忘れた。
前世の道場で、県で名の通った八段の先生の摺り足を初めて見たときと、同じ種類の背筋の冷え方だった。
本物は立ち方で分かる。歩き方で分かる。この爺に教われば、俺はまだ何段でも上へ伸びる。
月に何度かの棒稽古には、七つのうちから顔を出していた。村の若い衆に混ざって、庭の隅で構えの真似をする。
爺の教え方は雑に見えて雑ではなかった。若い衆のふざけ半分の打ち合いを黙って眺めて、たまにひとことだけ直す。腰。
それだけ言われた男の打ちが、次の一本で別物になる。その一言が毎回、怖いくらい急所だった。
ただ、月に何度かでは足りない。俺の皿は毎日注がれたがっている。だから俺は、直談判を決めた。
断られる算段は最初からしていた。爺の弟子が三月と保たない話は村の誰でも知っている。
八つの子供がその列に並びに行くのだから、門前払いが順当だ。だが断られても失うものはない。
丘で振っていれば、いつか目に留まる。
営業の初回訪問で契約が取れる客なんて百軒に一軒で、残りの九十九軒は二度目からが勝負だ。
そのへんの粘りだけは、前世の飯の種だった。
八つになった年に、俺は爺の小屋の前に立った。
「稽古をつけてください」
爺は薪を割る手を止めて、俺を上から下まで見た。頭のてっぺんから爪先まで、値踏みというより、荷の重さを量る目だった。
それから顎で庭の隅を指した。
「振ってみろ」
二年重ねた素振りを見せた。前世の型を六つの体に合わせて作り直した、俺の百振りだ。
納屋の裏でやるのと寸分同じに、呼吸を数えて、手の内を確かめて、百まで振った。
爺は薪割り台に腰を下ろして、最後まで黙って見ていた。見終わって、ひとことだけ言った。
「才無しだな」
むっとするより先に、ほう、と思った。前世で散々聞いた励ましやら世辞やらの数々より、よほど正確な見立てだったからだ。
「体の出来は並。筋の質も並。目は……並より少し上か。だが吸い込みが遅い。いま俺が直してやった籠手の返し、三日で忘れる。才のある奴は一晩で骨に入る。おまえみたいなのは十回教えて三回残ればいいほうだ。剣で身を立てたいなら、やめとけ。畑のほうが実りがいい」
言いながら爺は、一度だけ俺の手を取って籠手の返しを直していた。ついでの駄賃のつもりだったのだと思う。
手首の返しの角度がほんのわずかに変わっただけで、枝の先の走りが目に見えて変わった。
二年間ひとりで振り込んだ百振りに、たった一度の直しでこれだけの差が出る。
本物の直しとはこういうものかと、俺は断られながら感心していた。
「忘れません」
「ん?」
「教わったことは、忘れません。三日経っても三年経っても忘れません。だから、十回教えてもらえたら十回ぶん強くなります」
我ながら子供の言い草だ。爺は鼻で笑った。笑って、薪割りに戻った。取りつく島もないというやつで、俺はその日は引き下がった。
翌朝から、俺は素振りの場所を納屋の裏から爺の小屋の見える丘に移した。
毎朝だ。雨の日も、霜の朝も、羊の出産で一睡もしていない朝も、俺は同じ刻限に丘で枝を振った。
爺に見せつけるためというより、見られて困るものでもないというだけだったが、丘からは小屋の煙突が見える。
煙の立つ刻限は毎朝同じで、俺はその煙を朝稽古の合図にした。向こうも、たぶん見ていた。
薪を割る手がときどき止まるのが、丘からは小さく見えた。
ひと月の間には、いろんな朝があった。霜で枝が手のひらに貼りつく朝。
前の晩の雨で丘がぬかるんで、足場を探すだけでひと苦労の朝。
羊の出産に立ち会って、生まれたての仔を拭き上げてから駆け上がった朝は、腕が重くて百振りに倍の時がかかった。
それでも百は百だ。休んでも体質は待っていてくれるが、休んだ日の百振りは、あとからどこにも生えてこない。
注がれない皿は、ただの皿だ。
ひと月経った朝、小屋から爺が出てきて丘を上ってきた。
「昨日教えた籠手の返し、やってみろ」
教わってなどいない。ただ、ひと月前に一度だけ直された籠手の返しなら、俺の手の中にひと月前のまま残っている。
俺はそれを振った。一振り。二振り。手首の角度も、枝の先の走りも、直されたあの朝のままだ。
爺は長いこと黙っていた。
「……ひと月前のあれか。毎日さらってたのか」
「いえ。一度直してもらったので、そのままです」
「そのまま、なあ」
爺は俺の手から枝を取り上げて、しばらく重さを確かめるように振って、それから代わりに自分の突いていた棒を寄越した。
ずしりと重い、樫の棒だった。八つの手には太すぎて、握ると指が回りきらない。
「明日から来い。ただし言っとくが、俺の稽古は面白くないぞ。おまえみたいな才無しに剣技をくれてやっても皿がない。皿から作る。足運び千日、素振り千日。逃げ出しても追わん」
「面白いです」
「何がだ」
「千日やったら、千日ぶん強くなるので」
爺はまた鼻で笑った。だが今度の笑いは、さっきまでのものと少しだけ違って聞こえた。
◇ ◇ ◇
あとになって知ったことだが、ゼフ爺は銀札まで上がった冒険者だった。
銀札というのは、冒険者組合の等級で上から二番目。木札から始まって、銅札で一人前、銀札で本物。
その上の金札になると、生きているうちに拝めるかどうかという伝説の側の話になる。
街道の護衛なら爺の名前だけで隊商の保険料が下がったというくらいの、本物の腕だ。
膝を魔物にやられて引退して、生まれた村に戻ってきた。
村の連中がそこまで知らないのは爺が語らないからで、俺が知ったのも、ずっと後になって本人の口から漏れた欠片を拾い集めてのことだ。
その爺の稽古は、予告どおり面白くなかった。
足運び。ただの足運びだ。前に出る。下がる。右へ回る。左へ回る。膝を抜く。腰を落とす。
爺は庭の土に棒で線を引いて、その線の上を何百回も往復させた。
線から爪先が半寸外れると、薪割り台に座った爺から小石が飛んでくる。よく当たる小石だった。
木剣すら握らせてもらえない日が何十日も続いた。
村の若い衆なら三日で逃げる。実際、俺の前に弟子入りした連中は全員三月と保たなかったそうだ。
狩人の倅がふたり、鍛冶屋の弟がひとり。みんな線の上の往復に飽きて、月に何度かの棒稽古だけの付き合いに戻っていった。
俺は逃げなかった。
逃げる理由がない。この足運びの一歩一歩が、一歩ぶん残らず俺の中に残っていくのが、俺には分かっているのだから。
爺の稽古は、俺の体質にとって、毎日金貨を一枚ずつくれてやると言われているのと同じことだった。
飽きるどころの話ではない。線の上の何百歩かが、毎晩寝る前の勘定でそのまま俺の段になる。
俺はその冬、生まれて二度の人生で初めて、稽古がもったいなくて日暮れを恨んだ。
足運びの線は、ひと月ごとに増えた。最初は真っ直ぐの線が一本。次に丸がひとつ。それから八の字。
線の形が変わるたびに、使う膝の場所が変わる。爺は説明をしない男で、なぜこの形なのかは自分の足で気づくしかない。
真っ直ぐの線は間合いの出入り。丸は相手の周りを回る足。八の字は切り返し。
ふた月目にそこまで気づいて口にしたら、爺は初めて小石を投げずに頷いた。
「気づく足に、俺は教える。気づかねえ足には、何年立っても教えることがねえ」
教わる中身より先に、教わり方を躾けられていたのだと、いまなら分かる。
爺の稽古は不親切の形をした親切でできていて、その形に気づいた日から、庭の土の線は俺には金脈にしか見えなくなった。




