35話 銀札の影
カイが銀札に上がった。二年と噂された最短記録を一年半で塗り替え、組合の広間は数日その話で持ちきりだった。
木札を三月で抜け銅札を一年半で抜ける、そんな昇り方は誰も見たことがない。当のカイは掲示板の前で新しい札を無造作に首から下げていた。
銀は遠目にも別の光り方をする。木札の鈍い茶でも銅札のくすんだ赤でもなく、白く冷たく光を弾く。
二年前あいつが銅札で現れた時も俺は同じ掲示板の前にいたし、あの時からあいつはずっと俺の先を走っている。
その光をあいつは飾りもせずに提げていた。俺なら銀札を手に入れたらしばらく胸の上で光らせて歩くだろう。
二年のあいだ木札と銅札の鈍い色を首から下げてきた身だ。あいつは木札も銅札も駆け抜けるように過ぎた。
札の色をゆっくり噛みしめる暇もたぶんなかった。手に入れて当然のものを当然のように提げる。
それが才のある者の札の下げ方だった。だが当然のように手に入るものには、噛みしめる喜びが薄い。
遅い俺のほうが一枚の札の重みを長く味わっていて、それは遅い者のささやかな役得だった。
◇ ◇ ◇
「兎の人。まだ銅札か」
「まだ二年目の銅札です」
「俺は一年半で銀だ」
カイはよく通る綺麗な笑い方で笑った。それから笑いの形だけ残して目が逸れた。
その目の逸れ方が少し気になった。
「……上はな、化け物ばっかりだ」
とあいつは言った。
「銀の下っ端なんてのは、金札の候補どもの弁当持ちから始まる。木札の頃のほうがよっぽど王様だった」
半分だけ零れた弱音だった。木札の頃あいつは広間の王様で、誰もがあいつの剥がす紙を翌日に真似た。
銀札になった途端あいつは弁当持ちの下っ端になる。高い場所にはもっと高い者がいる。
銀の上に金があり、金の候補たちは化け物ばかりだ。登ったからこそ上の景色の高さを初めて知った。
その景色にあいつは少し怯んでいたが、俺はその怯みを笑わなかった。怯みは正直さだ。
上の高さを知って怯まない者のほうが危うい。カイは少なくとも上の化け物たちの高さを正しく怖がっていた。
怖がれる者はまだ落ちず、落ちるのは怖がるのをやめた時だ。あいつが弱音を零したことを俺はむしろいい兆しだと思った。
速さに酔っていない証だからだ。だがその正直さも、削れていく速さの前ではどこまで保つか。
登り続ける限り怯む暇さえなくなっていく。
◇ ◇ ◇
弱音をカイはすぐに飲み込んだ。零したことを恥じるように、西の岩山の依頼の紙を剥がして行ってしまった。
銀札の初仕事で、岩山は銀札でも荷の重い危うい紙だった。速い背中は相変わらず綺麗だった。
踏み出しの一歩目から最高の速さが出る。ただ以前より薄く見えて、背中の輪郭が心なしか細く見えたのだ。
速く登った者の背に初めて差した影のようだった。
◇ ◇ ◇
窓口でネラが帳面から顔も上げずに言った。
「あの子、削れてきてるわよ」
「削れる、ですか」
「才のある子はね、才を使って登るの」
ネラの声はいつものぶっきらぼうだったが、その底に何人も見送ってきた者の静かな疲れがあった。
「使った分は休めば戻る。でも上に行くほど、休ませてもらえない。戻る前に、次を使う。そうやってすり減っていくのを、こっちは帳面の数字で見てるだけ」
ネラは受付で何年も、昇っていく者と消えていく者を見てきた。名の売れた才が二年で広間から消える。
その消え方をあの人は帳面の数字で静かに数えている。
「あんたはその点、心配してないのよ」
とネラは初めて顔を上げた。
「あんたは才を使ってないもの。使ってないものは、減らない。地味だけど、あんたのそれがいちばん死なない」
地味だけど死なない。登録の日からネラが俺に言い続けてきた言葉で、二年経ってその重さが少し分かってきた。
死なないことはこの稼業でいちばん難しい才だった。削れるというのはヨナ婆の言った、細る回路と同じ理屈だ。
使えば太り休めば戻るが、戻る間もなく使い続ければ太る前に擦り切れる。
剣も回路も才も、汲み出し続ければいつか底が見える。ヨナ婆はそれを回路の話として俺に教えた。
使えば太くやめれば細るが、休みなく使えば太る間もなく擦り切れる。ネラはそれを人の話として俺に見せている。
同じ理屈が回路にも剣にも生き方にも通っていた。汲み出しの速さと注ぎの速さ。
その差し引きがその人の寿命を決める。カイの差し引きはいま汲み出しに大きく傾いていた。
◇ ◇ ◇
才は器の大きさで、稼業はその器から汲み出し続ける仕事だ。汲む速さが注ぐ速さを越えれば、どんな大きな器もいつか渇く。
カイの器は大きく、人の何倍もの水を湛えている。だが汲み出しの速さも人の何倍もだ。
あいつは汲み出しの速さで銀まで駆け上がった。その速さの底がいま少しずつ渇き始めている。
綺麗な速さのいちばん深い場所から水が引いていく。本人はまだ気づいていないだろう。
汲めば汲むほど渇きは静かに下から迫る。
◇ ◇ ◇
俺の器は小さく注ぎ口も細い。人の倍の時をかけてやっと人並みの水が溜まる、遅い器だ。
ただ底に穴がない。汲まれても汲まれても、毎日の四半刻と素振りが必ず注いだ分だけ底に足していく。
派手さの欠片もない、俺の強さは要するにそれだけのことだ。小さな器に細い注ぎ口。
だが注いだ水は一滴も漏れない。カイが渇く頃、俺の小さな器はまだ満ちる途中だ。
満ちる途中の器は渇かず、まだ空に近い器を俺は恥じない。空に近いということは、渇くにはまだ遠いということだ。
カイは八分目まで満ちて底が渇き始めている。俺は二分目でこれから注ぐばかりだ。
いまのカイといまの俺を並べれば器の水位はまるで違う。だが五年後十年後の水位は、注ぎ続ける俺のほうが越えているかもしれない。
越えていないかもしれない。それはこれから注ぐ日々が決める。それだけのことが十年後にどれほどのものか。
いまは誰にも分からないし、俺にも分からない。分かるのは今日ぶんを鍛えたか鍛えなかったか、それだけだ。
分からないから鍛える。
◇ ◇ ◇
欠けない、震えない。ヨナ婆の言葉を俺は人間の話として思い出していた。剣の話だと思っていた言葉が、いま人の生き方の話に聞こえる。
速く登る者は欠け、急いで登る足は震える。欠けず震えず一段ずつ。カイの登り方は速くて綺麗で、そして欠ける。
俺の登り方は遅くて地味で、そして欠けない。派手さはないが欠けない登り方が俺にはある。
カイの銀の光を見送りながら、俺は自分の胸の底の穴のない器をそっと確かめた。その晩、俺は素振りをいつもの数だけ振った。
一本も多くも少なくもしない。カイが速く登った日も俺の一日は同じ数の素振りで終わる。
変わらないことが渇かない器の注ぎ方だった。あいつは光の当たる高みで削れていく。
俺は光の当たらない空き地でこつこつと注ぐ。どちらが幸せかは分からないが、どちらが長く稼業を続けるかはたぶん決まっている。
渇かない器で俺はゆっくり満ちていく。




