17 初パーティ
春が来て、俺は初めて銅札の隊に雇われた。
灰羽の隊という四人組だ。
隊長のガッシュは斧使いの大男で、あとは盾と槍と弓。
西の森の奥でしか採れない薬草の大口依頼を受けて、荷持ちと野営の下働きに木札を一人連れて行くことにした。
それだけなら珍しくもない話で、珍しかったのは人選のほうだ。
受付のネラが俺を推した。
「文句のない木札が一人いるよ。地味だけど、死なないやつ」
あとで聞いたら、そういう推薦だったらしい。
地味だけど死なない。
組合の帳面の上での俺は、そういう男になっていた。悪くない。
出発の前日に、顔合わせがあった。
場所は組合の広間の隅の卓で、四人はもう揃っていた。
ガッシュは俺を上から下まで見て、それから荷袋をひとつ、無造作に投げて寄越した。
重い。石でも詰めてあるのかという重さだった。たぶん本当に石だったのだと思う。
受け取って背負うと、肩紐の位置を一度だけ直された。それで顔合わせは終わりだった。
帰り際、盾持ちが小声で、あの人に紐を直された木札は久しぶりだ、と教えてくれた。
直す値打ちのない奴は、直されずに断られるのだそうだ。
出発の朝は、夜明けの門で落ち合った。
隊列の順は、槍、ガッシュ、荷の俺、盾、弓。
真ん中が一番守られる場所で、一番信用されていない場所でもある。
当然だ。初仕事の木札は、守られながら値踏みされる。
門を出て半刻、誰も口を利かなかった。
無駄口のない隊の沈黙は、気詰まりではなく心地よかった。
沈黙の中で、俺は四人の足音を聞き分ける稽古を始めた。
ガッシュの足は重いのに静かだ。弓手の足は軽いのに、たまに石を鳴らす。
半日で、目をつぶっても四人の位置が分かるようになった。
夜の襲撃で真っ先に要る耳だと思ったからだが、この耳が実際に要る日は、思ったより早く来ることになる。
あとから分かったが、あれは試験だった。
受け損なう奴、背負い方を知らん奴、直されて口を尖らせる奴は、森へは連れて行かないのだそうだ。
隊の掟は三つだけ言われた。
列を離れるな。勝手に戦うな。荷を捨てるな。
どれも守れる掟だった。守れる掟だけ言う隊長は、いい隊長だ。
◇ ◇ ◇
森の奥は、二泊三日の行程だった。
木札の一年で俺が歩いた浅場は、森の入り口の膝までだと初日に思い知った。
奥は木の背が高く、下草が深く、光の入り方がまるで違う。
昼でも夕方みたいな薄暗さの底に、見たことのない羊歯が海藻みたいに揺れている。
獣道の混み方も、匂いの濃さも、音の数も違う。
浅場と奥の境目は、はっきりした線ではなかった。
歩くうちに、下草の種類が入れ替わる。鳥の声の高さが下がる。土の匂いに、腐った葉の甘さが濃くなる。
境目のないまま、気づけば別の世界にいる。
ガッシュが一度だけ振り返って、ここからは声を潜めろ、と言った。
境目のない世界に、境目の線を引くのが経験というものらしい。
浅場が池なら奥は海だ。
俺は荷を背負って歩きながら、海の当たり前をひとつずつ頭に刻んでいった。
昼の休みに、盾持ちが飯を齧りながら森の天井を指した。
枝の重なりの濃いところは、下が暗くて獣道が集まる。
薄いところは光が落ちて、草を食う獣が寄る。
つまり、上を見れば下の混み方が分かる。
浅場では下ばかり見ていた。奥では上も読む。海の当たり前がまたひとつ、帳面に載った。
目当ての薬草は、岩陰の湿った土にしか生えない下草だという。
群生地は隊の飯の種だから場所は教えてもらえない。それでいい。俺の仕事は採ることではなく、採る四人を身軽にすることだ。
群生地に着くと、四人は手分けして岩場に散った。
俺は荷をまとめ、湿らせた布を籠に敷き、採られた端から葉を受け取って詰めていく。
ミド草の納品で覚えた鮮度の保ち方が、そのまま通用した。
弓手が籠を覗いて、へえ、と言った。へえ、だけだったが、悪い意味の顔ではなかった。
木札の雑用で覚えたものは、こうして銅札の森でも呼吸をする。
雑用に雑用の顔をさせておくかどうかは、やる側の裁量ひとつだ。
俺の仕事は、荷と、火と、水と、夜の見張りの端だ。
野営の火は煙を減らす焚き方がある。
水は汲む場所より汲む順番に決まりがある。上で飲み水、下で洗いもの。順番を逆にした奴から腹を下す。
見張りは目で見る半分、耳で聞く。
どれも爺の小屋と村の千日で、体のどこかに入っていたものだった。
初日の夕餉は俺が炊いた。
麦と干し肉と、道すがら摘んだ香りの草をひとつまみ。
弓手が二杯食った。二杯目のとき、この隊の下働きの飯の格付けが一段上がったのが、匙の速さで分かった。
飯も皿のうちだ。爺の小屋で八年、囲炉裏の鍋番をやらされた千日は、こんなところで利いてくる。
二日目の朝、盾持ちのおっさんが飯を受け取りながらぼそりと言った。
「おまえ、野営が板についてんな。誰の仕込みだ」
「村の爺です」
「爺ぃ?」
「元銀札だそうです」
盾持ちは片眉を上げて、それきり何も言わなかった。
だがその日から、俺への口の利き方が半段丁寧になった。
銀札という言葉の重さを、俺はむしろ彼らの顔色で教わった気がする。
爺は村では、罠と薪割りの偏屈な年寄りだ。
その名の重さが通じる世界に、俺はいま足首まで踏み込んでいる。
二日目の夜には、槍持ちが火の脇で得物の手入れを見せてくれた。
穂先の研ぎ。柄の油。石突きの締め。
訊けば教えてくれるし、訊かなければ黙っている。銅札の流儀は、爺の流儀と似ていた。
弓手は口数が多いほうで、森の鳥の名前を三つ教わった。
夜に鳴けば雨が近い鳥。群れが立てば獣が動いた印の鳥。
どこまで本当かは知らない。知らないまま、明日から自分の耳で答え合わせをする楽しみが増えた。
帰り道の荷は、行きの倍になった。
薬草を湿らせた布ごと詰めて、背負い籠が肩に食い込む。
重さの種類は、石の詰まった試験の荷袋と同じだった。
あの顔合わせの荷の重さは、帰り道のこの重さだったのだ。
試験というものは、受かってから問題の意味が分かる。
俺は籠を背負い直して、行きより半寸だけ腰を深くした。
◇ ◇ ◇
夜、焚き火の番をしながら、隊の寝息を背中で聞いた。
銅札の隊は、寝ていても隊だった。
四人の寝る向きが、それぞれ別の方角の物音に頭を向けている。
誰が決めたでもなく、そうなっている。
強さというものは、斬り合いの外側にこういう形で染み出すものらしい。
昼の歩きでも同じものを見た。
槍持ちは列の後ろで、来た道を三歩ごとに振り返る。弓手は高い枝の切れ目だけを拾って空を確かめる。
四人が四つの向きを分け合って、隊はひとつの目玉の多い生きものになる。
爺の言った「隊の皿」という言葉を、俺は思い出していた。
一人の皿に注げるものと、隊の皿にしか注げないものがある。
俺の帳面が、めくってもめくっても追いつかない速さで埋まっていく。
焚き火の薪を組み直しながら、俺は音を数えた。
夜の森の当たり前。梟。風。枝の軋み。遠くの沢。
当たり前を覚えるのは、いつでも最初の仕事だ。浅場でやったことを、海でもう一度やるだけ。
やることが変わらないというのは、心強い。場所がどれだけ深くなっても、やり方は同じだからだ。
見張りの端の仕事は、夜の音の勘定だった。
梟が三度。沢の音の高さがひとつ。遠くで枝の折れる音がふたつ。
枝の音の間隔が縮んだら起こせ、と槍持ちに言われていた。
縮まなかった。縮まない夜の音を、俺は一晩ぶん丸ごと覚えた。
何も起きない見張りは、何も得られない見張りではない。
何も起きない夜の音の形を知らなければ、何かが起きた夜の音に気づけない。
森の当たり前の、夜の版だ。やることはいつも同じで、場所だけが深くなる。
銅札の森は、木札の森より三段深い。
来てよかった、と火の爆ぜる音の中で思った。




