15 魔力の皿
組合は月に二度、木札向けの夜講習を開く。
銅貨二枚で、隠居した術士の婆さんが魔力の初歩を教えてくれる。
場所は組合の二階の物置じみた部屋で、樽と木箱が椅子代わりだ。
俺は街に来てからこれに毎回通っていた。
剣と魔法の世界に生まれ直して十六年、魔法のほうにはまだ一度も触れていない。村には術士がいなかったからだ。
初回の講習は、樽が足りないほど盛況だった。
二回目で半分に減った。いまは五、六人も来ればいいほうだ。
理由は簡単で、婆さんの講義には夢がないからだ。火の玉の出し方も、雷の落とし方も教えてくれない。
教えてくれるのは、理屈と地味な稽古だけ。
俺には、それが宝の山に見えた。
婆さんの講義は、身も蓋もなくて好きだった。
「魔力ってのはね、あんたたち全員の体に流れてる。ただし水路が細けりゃ水車は回らない。水路ってのは回路のことだ。回路は生まれつきの太さがあって、これが器の計りで見られるやつ。だけどね、回路は使えば太くなる。少しずつ、嫌になるほど少しずつね」
若いうちが開きやすい。歳を取ると開きにくくなる。
そして、と婆さんは節くれた指を立てた。
「開いた回路も、使うのをやめれば細る。あたしの回路は全盛の三割も残っちゃいない。魔力ってのは水路と同じで、流し続けた者だけのもんなんだよ」
細る。
その一言が、俺の中で鐘みたいに鳴った。
回路は鍛えれば太くなり、やめれば細る。
つまりあれも稽古なのだ。
そして俺のは、崩れない。
講義のあいだ、俺は樽の上で身動きひとつしなかったと思う。
筋と同じ。手の内と同じ。この世界の魔法は、生まれの才で全部が決まる代物ではなく、注ぎ続けた者の側にも道がある造りになっている。
そして注いだものが漏れない人間が、ここに一人座っている。
その晩は、器の計りというものも回ってきた。
子供の頭ほどの曇った水晶で、手を置くと、回路の太さに応じてぼんやり光る。
才のある者は白く強く光る。並は蛍火ほど。
俺の番で、水晶は困ったように、あるかなきかの薄明かりを浮かべた。
並より、下。
部屋の隅の苦笑いが、今度は俺に向いた。
婆さんは水晶を覗き込んで、それから俺の顔を見て、ふん、と鼻を鳴らした。
「細いね。だけど、計りが見るのは水路の太さだけだ。何年流し続けるかまでは、この石には見えないのさ」
慰めで言ったのだと思う。
だが俺には、この世界でいちばん正確な予言に聞こえた。
計りのあと、若い受講生のひとりが手を挙げて訊いた。
もっと早く強い術を覚える方法はないのか、と。
婆さんは節くれた指で自分の胸を叩いた。
「あるよ。太い水路に生まれ直すことだね」
部屋が白けた。訊いた男は次の講習から来なくなった。
意地の悪い答えだと思った者が大半だろう。
俺は逆に、あの一言で婆さんを信用した。
できないことをできないと言う教え手は、できると言ったことが本物だ。
回路は使えば太くなる。婆さんがそう言うなら、太くなる。あとは俺の仕事だ。
講習の締めに、婆さんは灯りの初歩というものを見せてくれた。
掌の上に、豆粒ほどの光をひとつ点す。
術のうちにも入らない、回路の水通しみたいな稽古だという。
やり方は呼吸と、掌への意識の置き方と、あとは回数。
息を吸うとき、体の芯に何かを集める。吐くとき、それを掌へ送る。送っている「何か」の正体は、点るまで自分でも分からない。
才のある子なら十日で点る。並で三月。
才のない者は、と婆さんはそこで言葉を切って、笑った。
「才のない者は、点る前にやめちまうから分からないねえ」
部屋の隅で誰かが苦笑いした。
俺は笑わなかった。この稽古は、俺のために作られたようなものだと思っていた。
◇ ◇ ◇
その晩から、俺の日課がひとつ増えた。
寝る前に四半刻、掌に意識を置いて呼吸をする。
場所は寝床の上。剣の稽古と喧嘩しない時間を選んだ。皿は皿でも、こちらは新しい皿だ。朝の一刻とは別枠で鍛える。
初日の四半刻は、驚くほど長かった。
目を閉じて座るだけの時間が、こんなに長いとは思わなかった。雑念が来る。今日の兎。明日の紙。掌。掌。掌。
三日目から、長さに体が慣れた。
十日やった。何も起きない。
ひと月やった。掌が少し温かい気がするが、気のせいと区別がつかない。
ふた月やった。何も点らない。
講習の顔ぶれから、灯りの話をする声がひとつずつ消えていった。点いた者は次の稽古へ進み、点かない者は来なくなる。
俺の吸い込みの遅さは、剣でも魔力でも同じらしい。
構わない。むしろ笑えてくるくらいだった。
何も起きない四半刻を六十回続けて、六十一回目も同じ顔で座れるかどうか。
それなら俺は、この世界の誰が相手でも負ける気がしない。
何しろこっちは、報われない努力なら前世で三十五年の場数がある。
しかも今度のそれは、報われないのではない。まだ報せが来ていないだけだ。
剣の稽古と違って、この稽古には手応えというものが一切ない。
素振りなら、振れば筋が張る。足運びなら、足の裏が地面を覚える。
呼吸の四半刻には、それがない。何も張らず、何も覚えた気がしない。
手応えのない稽古がどれほど人を挫くか、講習の樽の減り方が教えてくれる。
だから俺は、手応えの代わりに回数を置いた。
今日で何回目か。それだけを数える。六十二回目。六十三回目。
数は嘘をつかないし、俺の数は消えない。
手応えは向こうから来る。来る日まで、数だけが俺の味方だ。
雨の夜は、雨音が呼吸の拍子を取ってくれる。
風の夜は、板壁の隙間から入る冷気で、掌の側の意識が研げる。
いびきの豪快な晩は、いびきごと呼吸に数え込む。
どんな夜も、四半刻は四半刻だ。
寝落ちしかけた晩が二度あった。二度とも、座り直して最初からやり直した。
半分の四半刻をやった気になるのが、いちばんまずい。俺の帳面は正直だから、やった気の頁は白いまま残る。
白い頁を作らない。それだけを守って、季節がひとつ回った。
剣の稽古との兼ね合いも、途中で一度だけ考えた。
夜の四半刻を素振りに回せば、剣の稽古は一割増える。
やめた。
剣は今日の飯の種で、魔力は十年先の飯の種だ。
どちらも皿で、どちらも漏れない。なら両方に注ぐ。速さで劣るぶん、俺は幅で取る。
天才が一本の塔を駆け上がるなら、俺は塔を二本、ゆっくり並べて建てる。
二本の塔の間に、いつか橋が架かる日が来る気がしている。剣に魔力が乗る日だ。
気の早い話だ。まずは針の先からだが。
四半刻の中身も、少しずつ工夫した。
呼吸の長さを揃える。掌に置く意識を、皮の表から骨の側へ移してみる。効いたかどうかは分からない。分からないまま、変えたことだけ帳面につける。
効き目の見えない稽古を、見えないまま続ける胆力。
これも爺の庭の千日で、とっくに身につけてある。
講習の帰りに一度だけ、婆さんに呼び止められた。
「あんた、まだやってるのかい。夜の呼吸」
「はい。毎晩」
「……ふた月点かないで続ける子は、十年ぶりだよ」
婆さんはそれだけ言って、よたよたと路地に消えた。
十年前に続けたのが誰で、その灯りがいまどこで何を照らしているのか、訊きそびれた。
訊かなくてもいい。俺の灯りの話は、俺の掌の上でだけ進めばいい。
点くまでやる。
点いたら、その灯りは二度と消えない灯りだ。
俺の皿は漏れないのだから、注いだ水はいつか必ず縁を越える。
それがいつかは知らないが、いつかであることだけは、俺の体質が保証してくれている。
こんなに気の長い賭けで、こんなに胴元が信用できる賭けを、俺は他に知らない。




