13 五体目
春の終わりに、俺は初めて駆除依頼を正式に受けた。
相手はもちろん一角兎だ。ドルンの西の畑で芽を食い荒らしているのが二体。
依頼料は一体につき銅貨十枚。角の買い取りが別につく。
受付のネラは紙を渡しながら、木札向けの決まり文句を付け足した。
突進は速いが曲がれない。待つなら畑の柵を背にしな。
知っている。だが知っていることを、知っているからと聞き流さないのも爺の教えだ。
同じ話を百回聞いて、百一回目に新しいひと言が混じる。それを拾い損ねる奴から死ぬ。
西の畑までは歩いて一刻。麦の芽の季節で、畑の縁がところどころ丸く食い荒らされていた。
畑の主は日に焼けた小柄な親父で、俺の木札を見て、あからさまに肩を落とした。
子供が来た、という顔だった。
文句は言わない。信用は口で買うものではなく、仕事で払うものだ。
畑に着いて、俺はまず半日、兎道を見た。
獣には通り道がある。
畑の縁の土に残る足跡と食い跡をたどると、藪から畑に入る口が二つに絞れた。
足跡の新しさは、縁の乾き方で分かる。食い跡の高さで、体の大きさも見当がつく。
風上の口と風下の口。兎は風下から入る。
なら俺が立つのは風上の口の脇だ。
夕方、畑の主に断って柵の陰に腰を下ろし、日が沈む前のひとときを待った。
待ち伏せというのは、待っている間が仕事だ。
足の痺れない座り方。立ち上がりの最初の半歩の置き場所。風向きの変わり目の数え方。
どれも羊追いと薪拾いの十年で、体のどこかに入っている。
日が沈みかけて、畑の色が藍に変わる頃、風下の藪が鳴った。
俺は動かない。まだ遠い。
兎は入り口で一度止まり、鼻で畑を検分してから、体を滑り込ませてくる。
その止まる一拍を、俺は柵の陰から数えていた。獣にも作法がある。作法が読めれば、こちらの動く拍が決まる。
一体目は、教科書どおりに来た。
藪が揺れて、灰色の塊が畑に滑り込む。
俺が立ち上がると、兎はこちらに角を向けて地を蹴った。
半歩外して、首の後ろに一撃。
二年前の森で紙一重だったやりとりが、いまは畑仕事の手順に近い。
その晩は畑の主の納屋に泊めてもらった。
夕飯の席で、親父は麦の芽の話を長々とした。
兎に齧られた芽は伸びない。ひと畝やられると、冬の粉がひと袋減る。ひと袋減ると、末の子の靴が来年に回る。
魔物の被害というものを、俺は初めて銅貨の外の勘定で聞いた。
駆除の依頼料十枚の向こうには、いつも誰かの冬がある。
安い依頼も高い依頼も、その向こう側の重さは、紙には書いていない。
二体目は翌朝、同じ口で仕留めた。
畑の主の俺を見る目が、一晩で変わっていた。
帰り際、もいだばかりの豆を一掴み、籠に押し込まれた。銅貨にならない報酬というものを、俺はこの稼業で初めてもらった。
畑からの帰り道、俺は兎道の読みを頭の中で組み立て直した。
足跡の新旧。食い跡の高さ。風上と風下。止まる一拍。
今日使った読みは四つ。四つとも、羊追いと薪拾いと薬草採りの寄せ集めだ。
新しく覚えたことは、実はひとつもない。
あるものを並べ替えただけで、駆除という仕事がひとつ形になった。
稽古の面白さは、たぶんここにある。
段は足すだけではない。組み替えるたびに、同じ段から別の高さが出る。
依頼はそれで終わりだったが、畑の主が隣の畑のぶんも組合を通して頼んでくれて、結局その月は兎ばかり五体になった。
三体目は雨上がりの夕方だった。
雨のあとの兎は、濡れた藪を嫌って、乾いた畝の間を通る。
通り道が変わるから、待つ場所も変える。土の乾き方を読んで畝の陰に移ったら、読みどおりの筋を来た。
四体目は風の強い朝。
風が強いと、兎は音より鼻に頼る。風上に立てば、こちらの匂いで先に逃げられる。
だからその朝だけは風下に立って、突進の線を長めに取った。
同じ兎でも、天気と時刻で出方が変わる。
その変わり方ごと、一体ずつ帳面に載せていく。
兎の駆除は、組合の帳面では同じ一行が五つ並ぶだけだ。
俺の帳面では、五つとも別の頁になる。
五体目は待ち伏せすら要らなかった。
刈り入れ道具を借りに行く途中でばったり出くわして、向こうが突っ込んできて、一合で終わった。
短剣を鞘に戻してから、いま自分が何をしたのか、順を追って思い出したくらいだ。
見て、外して、打った。あいだに考えはひとつも挟まっていない。
爺の言った「体が勝手に出るものだけが技だ」の、いちばん小さい形がこれなのだと思う。
兎一羽ぶんの技。笑うなら笑えばいい。
だがこの小ささから始める以外の道を、俺は知らないし、要らない。
場数というのはこういうものかと思う。
初めての牙犬は、あの数十秒の半分も覚えていなかった。
初めての一角兎は、全部覚えていたが体は硬かった。
五体目の兎は、来る前から終わり方が見えていた。
恐怖が消えたわけではない。恐怖の置き場所が決まったのだ。
場数は才能の代わりにはならないが、俺の場数は減らない場数だ。
一体ぶんずつ、きれいに増えていく。
並の木札は、同じ五体でも三体ぶんくらいしか残らないのだと思う。緊張で目が塞がる一体目と、慣れで気が抜ける五体目が、帳面から漏れていく。
俺の帳面は漏れない。だから同じ場数が、人より濃く効く。
遅い伸びを補って余りあるかは、まだ分からない。分からないから、数を止めない。
五体目のあと、畑の親父に妙なことを訊かれた。
あんた、兎を斬るとき何を考えてるんだ、と。
考えていない、と正直に答えたら、親父は薄気味悪そうな、それでいて安心したような顔をした。
考えている駆除屋は、考えの分だけ遅れて、畑を一往復ぶん余計に荒らされるのだそうだ。
なるほど、考えない速さにも、客の側から見た値打ちがある。
俺の千日は、こんなところでも銅貨の外の信用に化けていた。
角の下処理も、五本目にはさまになった。
付け根の骨を外す角度。血抜きの吊るし方。乾かす日数。
一本目の角は検分で顔をしかめられ、買い取りを一枚値切られた。五本目は黙って通った。
値切られた一枚は、授業料としては安い。
しくじりの銅貨一枚も、俺の帳面では黒字の側につく。同じしくじりを二度やらない体なのだから。
◇ ◇ ◇
月末に角を五本まとめて納めたら、ネラが帳面をめくって妙な顔をした。
「あんた、兎五体で傷ひとつなしかい」
「はい」
「うちの今年の木札で、兎に穴を開けられてない奴はあんただけだよ。……なんで駆除を月に五体しか受けないんだい。その腕なら倍は回せるよ」
「薬草と見回りも覚えたいので」
「覚えたい、ね」
ネラは変な言葉を聞いたという顔をして、それから笑った。
「まあいいさ。長生きしそうな木札は、見てて気分がいい」
長生き。
悪くない褒め言葉だと思った。この稼業で長生きは、そのまま重ねた日数の別名だ。
窓口を離れて、俺は掌の銅貨を数えた。兎五体と角五本で、木札の稼ぎとしては上々の月だ。
だが本当の実入りは銅貨の外にある。兎の出方が五通り。畑の主の信用がひとつ。待ちの座り方がひとつ。
翌朝の掲示板で、駆除の紙の見え方が変わっていることに気づいた。
同じ兎の駆除でも、畑の場所で仕事の中身が違って見える。
川沿いの畑なら、湿った兎道。丘の上なら、風の読みが要る。
紙の字面の向こうに、地形と天気と獣の癖が透けて見えるようになっていた。
五体ぶんの場数が、依頼の紙の読み方まで変えていく。
稽古は、上った段の上からしか見えない景色を連れてくる。
この景色が、五十体でどうなるか。五百体でどうなるか。
先の楽しみがまたひとつ増えて、俺は次の紙を剥がした。
豆はその晩、麦がゆに入れて食った。うまかった。




