表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未来の娘がやってきて、隣の席の美少女が『通い妻』になった〜青い花が咲く日まで、俺たちはまだ気づかない〜  作者: リディア


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
37/40

第37話 咲いた日

 花火大会の翌日。


 みくは朝から、金魚の水槽の前に張り付いていた。


 水槽といっても、昨日の帰りにスーパーで買い揃えた百均のプラスチックケースだ。


「名前、なにがいいかなぁ」


 みくが、ケースの側面を指でなぞりながら言う。


「金魚に名前なんかいらないだろ」


 ソファから答えると、みくが振り返って唇を尖らせた。


「えー! かわいそうじゃん!」


「じゃあ、きんちゃん」


「……ふつう」


「悪かったな」


 キッチンから、咲が麦茶のグラスを持ってやってきた。


「みくちゃん、決まった?」


「うーん……『あか』!」


「それも普通だな」


「じゃあ、『ぴかぴか』!」


「光ってないだろ」


「じゃあ、『はなび』!」


「爆発してないだろ」


 次々と却下していくと、みくは「うー」と唸りながら頭を抱えた。


 咲が、くすくすと笑う。


「渡くん、厳しすぎ」


「安直すぎる」


「いいじゃない」


 咲がみくの頭を撫でた。みくは「えへへ」と笑い、また水槽の中の赤い生き物を見つめた。



 みくがトイレに立った隙に、俺はスマホを開いた。


 昨日の写真フォルダ。


 咲から送られてきた何十枚かを、ぱらぱらとスワイプしていく。


 みくの笑顔。屋台の明かり。夜空の花火。金魚の入った袋。


 指が、ある一枚で止まった。


 綿飴の屋台の前で、俺がみくの顔を見下ろしている写真。みくは俺を見上げて笑っている。


 俺が、笑っている。


 ……誰だよ。


 スマホを閉じた。


 少しして、また開いた。


 別の写真を見ようとして、結局同じところに戻った。


 閉じた。


「パパ、スマホかして!」


 みくが走ってきて、俺の膝の上に座り込んだ。


「またかよ。何回目だ」


「だって、みたいんだもん」


 みくが画面をスワイプしていく。咲も隣に座り、覗き込んだ。


「あ、これ!」


 みくが指差したのは、俺がりんご飴をかじっている写真だ。


「パパ、おくちあかくなってる!」


「……うるさい」


 みくはくすくす笑いながら、次の写真へ。金魚すくいで真剣な顔のみく。わたあめを顔中につけたみく。咲がみくの浴衣の帯を直しているところ。


「あ」


 みくが、ぴたりと止まった。


 花火大会の入り口で撮った写真だった。見知らぬおばさんに頼んだやつ。みくを真ん中に、俺と咲が並んでいる。


「みんな、わらってる」


 みくが、嬉しそうに言った。


 咲が、少しだけ視線を逸らした。耳たぶが、ほんのりと赤い。


 俺も、なんとなく画面から目を逸らした。


 みくだけが、「えへへ」と笑いながらずっと写真を見ていた。



 午後、みくが昼寝をしている間、リビングは静かだった。


 咲がテーブルで文庫本を読んでいる。俺はソファでテレビをつけたまま、スマホを持っていた。


 また、あの写真を開いていた。


 自分でも分からない。何が見たいのか。


 閉じた。テレビの音だけが続いた。


 しばらくして、咲が本のページをめくる音がした。


 それだけだった。


 夕方。


「みずやるー!」


 みくが小さなジョウロを持って、ベランダへ向かった。俺と咲もついていく。


 西日が、ベランダをオレンジ色に染めていた。


 みくがプランターの前にしゃがみ込んだ。


 そして、動かなくなった。


「……あ」


 小さな声だった。


 俺と咲が近づいた。みくの視線の先を見る。


 咲が、そっとしゃがんだ。


 俺は、二人の隣に立った。


 ブルースターのプランター。緑の葉の間に、一輪だけ。


 淡い桃色の、小さな星型の花が咲いていた。


 誰も、何も言わなかった。


 ジョウロが、みくの手からぶら下がったまま揺れていた。


 咲が、口元に手を当てていた。


 俺は、ただそれを見ていた。


 夕方の風が吹いた。花びらが、小さく揺れた。


「……さいた」


 みくが、ぽつりと言った。


 咲が「うん」と言った。


 俺は何も言わなかった。


 三人で、しばらくそうしていた。



「しゃしん! とる!」


 みくが立ち上がり、リビングへ走っていった。俺のスマホを持って戻ってくると、不器用な手つきでカメラを起動する。


「パパと咲ちゃんも! こっちきて!」


 みくに引っ張られて、俺と咲はプランターの前にしゃがんだ。


 みくが真ん中に入る。


「いくよー。はい、チーズ!」


 カシャッ、とシャッター音が鳴った。


 みくが「みてみて!」と画面を見せてくる。


 三人が、花の横に並んでいた。


「……またこの構図だな」


 俺が言うと、みくが首を振った。


「ちがうもん」


「どこが違う」


「きのうは、はなび」


 みくが、ちょっと得意そうな顔をして続けた。


「きょうは、おはな」


 俺は何も言えなかった。


 咲が、小さく吹き出した。


「……そうだな」


 俺はそれだけ言って、プランターの花を見た。


 淡い桃色の、小さな星。


 風が吹くたびに、ゆっくりと揺れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ