表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未来の娘がやってきて、隣の席の美少女が『通い妻』になった〜青い花が咲く日まで、俺たちはまだ気づかない〜  作者: リディア


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
36/40

第36話 花火の夜

 駅前の時計塔の下。


 人混みの中で、水色の甚平を着た小さな後ろ姿がピョンピョン跳ねていた。


「みく」


「あ! パパ!」


 みくが振り返り、弾丸のように突っ込んでくる。俺は腰を落として、その小さな体を受け止めた。


「おそいよ! まちくたびれた!」

「五分前だぞ。お前らが早すぎるんだ」

「だって、おまつりだもん!」


 みくは満面の笑みで、首から下げた小さなポシェットを叩いた。中には、数日前から一生懸命書いていた「おまつりでやることリスト」が入っているはずだ。


「……お待たせ」


 みくの背後から、少し遠慮がちな声がした。


 俺は顔を上げた。


 紺色を基調とした、朝顔の柄の浴衣。髪は後ろでまとめられ、うなじが見えている。


「…………」

「……変かな」


 咲が、少し不安そうに浴衣の裾を直した。


「……いや」


 俺は視線を逸らした。


「似合ってる」


 早口で言って、歩き出した。


「行くぞ。人が増える前に」


 背後で、咲が小さく笑う気配がした。俺は足早に駅の階段を下りた。



 河川敷までの道は、屋台がずらりと並び、祭りの熱気に包まれていた。


「りんごあめ! パパ、りんごあめ!」


 みくが屋台の赤い林檎を指差して叫ぶ。


「はいはい」


 俺は財布から小銭を出し、りんご飴を一つ買った。


「やったー!」


 みくはりんご飴を受け取ると、ポシェットから折り畳んだ紙を取り出した。広げると、クレヨンで書かれた文字と絵が並んでいる。鉛筆を取り出し、真剣な顔でチェックを入れた。


「りんごあめ、クリア!」


「次は?」


 咲が覗き込む。


「きんぎょすくい!」


 金魚すくいの屋台で、みくはポイを片手に水槽を睨んでいる。


「みくちゃん、そーっとね」

「わかってる!」


 三匹すくって、おまけでもう一匹もらった。


「きんぎょ、クリア!」


 その後も、わたあめ、たこ焼き、かき氷と、みくのリストは順調に消化されていった。口の周りにソースをつけたまま「おまつりだもん!」と胸を張るみくを、咲がウェットティッシュで拭く。


「渡くんも、たこ焼き食べる?」

「……もらう」


 爪楊枝に刺さったたこ焼きを口に放り込む。熱い。


 うまかった。


 俺たちは人の波を縫うようにして、河川敷へ向かった。



 河川敷の土手に着いたところで、みくが思い出したように声を上げた。


「しゃしん! リストのさいご!」


 みくがリストを広げる。下手くそな字で「さきちゃんとしゃしん」「パパとしゃしん」「みんなでしゃしん」と書かれていた。


「じゃあ、まず私からね」


 咲がスマホを取り出し、みくと並んで自撮りをする。


「はい、チーズ」


 みくが満面の笑みでピースをする。


「次、パパ!」


 俺はみくの隣にしゃがんだ。咲がカメラを構える。


「笑って、渡くん」


「……笑ってるだろ」


「もっとちゃんと笑って」


「これが俺の顔だ」


 咲が、堪えきれずに少し笑った。シャッター音が鳴った。


「さいごは! みんなで!」


 みくが近くを通りかかったおばさんに声をかけた。


「しゃしん、とってください!」


「あらあら、いいわよ」


 おばさんがスマホを受け取る。俺と咲の間にみくが立った。


「もっとこっち!」


 みくが両手を伸ばして、俺と咲の袖をそれぞれ引っ張る。


「近い近い」


「近くない! もっとくっついて!」


「お前な……」


「はい、いくわよー」


 おばさんが構えた。


 俺は半歩だけ寄った。咲も、同じくらい寄った。


 みくが、満足そうに「えへへ」と笑った。


 シャッターが切れた。


 おばさんにお礼を言い、スマホを受け取る。画面の中には、朝顔の浴衣の咲と、りんご飴を持ったみくと、少し表情が硬い俺が並んでいた。


「みんなでしゃしん、クリア!」


 みくが、リストに最後のチェックを入れた。



 花火の時間が近づき、河川敷はさらに人で溢れかえっていた。俺たちは見晴らしのいい芝生の上にレジャーシートを広げた。


「パパ、まだかなぁ」


 みくがソワソワと夜空を見上げている。


「もうすぐ始まるよ」


 咲がみくの隣に座って空を指差す。俺も二人の隣に腰を下ろした。


 ドーン。


 腹の底を叩かれるような音だった。


 一瞬遅れて、夜空いっぱいに金色の光が広がる。


「わあぁぁっ!」


 みくが立ち上がりそうな勢いで声を上げた。


 咲が慌てて肩を引く。


「みくちゃん、転ぶよ」

「すごい! すごい!」


 次の花火が上がる。


 赤。

 青。

 金。


 光が散って、消える。

 また夜が戻る。

 その数秒後。

 次の花火。


 みくが両手を挙げて歓声を上げる。赤、青、緑、金色の光が次々と打ち上がり、夜空を彩る。


 みくの口が、ぽかんと開いていた。


「綺麗だね」


 隣で、咲が呟いた。


「……ああ。本当に綺麗だ。」


 俺は少し遅れて答えた。


 次の花火が、夜空に咲いた。みくがまた歓声を上げた。咲が、その肩に手を置いた。みくが、咲の腕を掴んだ。


 ドーン。


 今度は、夜空いっぱいに金色の花が広がった。


 光の粒が枝みたいに伸びて、ゆっくり落ちていく。


「おおー……」


 みくが小さく声を漏らした。


 さっきまで大騒ぎしていたのに、今は見入っている。


 その横顔が、花火の光に照らされる。


 次の瞬間。


 連続で花火が上がった。


 夜空が昼みたいに明るくなる。


「すごい!」


 みくが咲の腕を掴んだ。


 咲も笑っている。


「本当だね」


 光が消える。


 一瞬だけ、静かになる。


 また音が響く。


 また光が咲く。


 その繰り返しだった。


 なのに、全然飽きなかった。



 花火が終わり、帰路につく。


 人混みは凄まじかった。少しでも気を抜けばはぐれてしまいそうで、みくの手を握ったまま歩いた。


 しかし十分も経たないうちに、みくの足取りが怪しくなった。


「……ねむい」

「歩くぞ」

「あるけない」

「さっきまであんなに元気だったろ」

「もうない」


 俺はため息をついて、しゃがんだ。


「わかった。しょうがない。乗れ」


 みくが、よいしょと背中に乗ってくる。金魚の入った袋は咲が持った。


「重くない?」

「……平気だよ」


 みくの小さな寝息が、すぐに耳元で聞こえてきた。呆れるくらい早い。


 駅へ向かう人の波を、咲と並んで歩く。


「……ねえ、パパ」


 背中から、みくの寝ぼけた声がした。


「ん」

「またらいねんも、三人でこようね」


 みくの声は、半分寝言みたいだった。


 俺はすぐに返事をしなかった。


 前を見る。

 駅の明かり。

 人混み。


 金魚袋。

 浴衣。

 背中の重み。


 全部そこにある。


「……そうだな」


 やっと答える。


 咲は何も言わない。


 ただ金魚袋を持つ手が少しだけ揺れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ