第33話 【咲視点】写真の中の人
文化祭の打ち上げは、駅前のファミレスだった。
長テーブルにクラスの半分くらいが集まって、ドリンクバーのグラスやフライドポテトが所狭しと並んでいる。注文した料理が来る前から、もうみんな喋り続けていた。
「クレープの生地、最初めちゃくちゃ破れてたよね」
「あれ私のせいじゃないから! 火加減がおかしかっただけ」
「いや絶対混ぜ方でしょ」
向かいの席で、莉子と結衣が言い合っている。美咲が「両方だと思う」と笑い飛ばして、三人同時に笑った。
私も笑いながら、ドリンクバーから持ってきたオレンジジュースを飲んだ。
「先生、普通に買いに来るのやめてほしいよね」
「わかる。値引き交渉しようとしてたの、マジで困った」
「断れないじゃん、先生相手だと」
「咲が上手く流してくれてよかった」
「え、そうだった?」
「してたしてた。『ありがとうございます、次もぜひ』って言って笑顔でさばいてたじゃん」
言われて、そういえばそんなことがあったな、と思い出した。必死すぎて記憶が薄い。
「咲、ああいう時ほんと頼りになるよね」
「そんなことないよ」
「いやほんとに。準備の時もずっと動いてたし」
美咲が真剣な顔で言うから、なんとなくくすぐったくなって、オレンジジュースを飲んだ。
その時、視線が動いた。
特に理由はなかった。ただ、ふと。
テーブルの反対側、少し離れた席。田中くんが何か喋っていて、その隣で、渡くんがメロンソーダをストローでかき混ぜていた。
会話に混ざっているわけでもなく、かといって完全に離れているわけでもなく、ただそこにいる、という感じだった。
美咲が「写真撮ろうよ」と言った。私は顔を戻した。
スマホを向けられて、三人で頭を寄せ合う。
「もっと寄って寄って」
「顎引いて」
「はい、チーズ」
シャッター音が鳴る。すぐに「見せて」と覗き込んで、「美咲の目つぶれてる」「やり直し」という声が上がった。
何度か撮り直して、ようやく全員が納得した一枚が撮れた。
結衣が「青木くん来るの意外だったね」と言った。
「ほんとそれ」
「田中くんが連れてきたんじゃない?」
「あー、ありそう」
それだけ言って、また別の話になった。莉子が「そういえばタピオカのダマ、誰が気付いたの」と言い出して、結衣「私!」と手を挙げて、また笑い声になった。
私も笑いながら、ドリンクバーへ行こうと席を立った。
ジュースのサーバーの前で、グラスを置いてボタンを押す。オレンジジュースがグラスに注がれていく間、何となく店内を見回した。
端の席。
渡くんが、窓の外を見ていた。
グラスが満タンになって、溢れそうになった。慌てて手を離して、グラスを持ち上げた。
席に戻る。美咲や結衣たちがまた笑っていた。
「何の話?」
「橋本が先生のモノマネしてた」
「上手すぎて怖い」
私も笑って、オレンジジュースを飲んだ。
打ち上げも終盤になって、「集合写真撮ろう」という声が上がった。みんなが店の入り口付近に集まる。
「藤原、真ん中!」
「え、いいよ私は——」
「一番頑張ったんだから、咲は真ん中でしょ」
莉子に背中を押されて、気付けば中央に立っていた。周りにクラスメイトが集まってくる。
店員さんにスマホを渡して、みんなが並ぶ。
何となく、周囲を見渡した。
後ろの列。端っこ。
渡くんが、少し斜め向きで立っていた。
「はい、チーズ!」
フラッシュが焚かれた。
ファミレスの前で解散して、美咲、結衣、莉子の四人で駅まで歩く。
「いやー、終わっちゃったねー」
美咲が大きく伸びをする。
「明後日から普通に授業とか信じらんない」
「それな」
莉子が即座に同意した。
「私は一日寝たい」
結衣が真顔で言って、三人が笑う。
私もつられて笑った。
駅の改札でみんなと別れる。ホームへ降りると、電車はすぐに来た。
車内は空いていた。ドア横にもたれて、流れていく夜の景色を眺める。街灯とコンビニの看板と、マンションの窓の明かり。
スマホの通知が続いている。グループLANEにメッセージとスタンプが積み上がっていく。後で見よう、と思ってポケットにしまった。
家に帰ると誰もいなかった。電気をつけて、台所で麦茶を注ぐ。一口飲んで、部屋へ入った。
制服を脱いでハンガーに掛ける。髪ゴムをほどくと、肩が楽になった。洗面所で顔を洗って、化粧水をつける。鏡の中の自分が少し疲れた顔をしていた。
ルームウェアに着替えて、ベッドに倒れ込む。
天井を見上げた。今日一日ずっと誰かと一緒にいたから、この静けさが少し広く感じる。
スマホを開くと、グループLANEの通知が大量に来ていた。写真も何枚か送られている。準備中のもの、模擬店のもの、誰かが撮ったオフショット。美咲が真剣な顔でクレープを焼いている写真があって、思わず笑った。
スクロールしていくと、集合写真があった。
タップする。
三十人が笑っている写真が、画面いっぱいに広がった。
美咲と莉子が変顔をしている。明日送りつけよう。田中くんが大口を開けて笑っている。バスケ部の男子たちが肩を組んでいる。
指が動いた。右へ。後ろの列。端っこ。
少し斜め向きで、ぎこちない顔で立っている人がいた。
写真を閉じた。スマホをベッドの横に置いた。
しばらくして、また手が動いた。
美咲の変顔を拡大してスクリーンショットを撮る。田中くんの目が笑っている。バスケ部の子の髪が乱れている。
指が右へ動いた。後ろの列。端っこ。
同じ顔があった。さっきと同じ場所に。
閉じた。
麦茶を飲みに台所へ行って、コップを洗って、また部屋に戻った。
ベッドに入って布団を引き上げる。スマホを枕元に置いた。
目を閉じる。
しばらくして、また手が動いた。
写真を開く。美咲。莉子。田中くん。バスケ部の子たち。右へ。後ろ。端。
いた。
閉じる。また開く。美咲。莉子。田中くん。右へ。端。
いた。
閉じる。
スマホを置く。
「……なんで」
もう……。
ここまで読んでくださりありがとうございます
文化祭の写真は、楽しかった時間を思い出すためのものです。
……たぶん、それだけのはずなんですけどね。
本人たちは、まだよく分かっていないようです。




