第32話 知らない顔
文化祭が終わってクラスの打ち上げ。
俺は、駅前のファミレスにいた。
クラスの打ち上げ。参加者は十五人くらい。男女半々といったところか。
「たまには付き合えよ。高校生活の思い出作りだぞ」
「うるせえ。俺は早く帰って——」
「なんだよ、帰って何すんだ?」
「……別に」
田中に半ば強引に腕を引かれ、気づけばファミレスの長テーブルの端に座らされていた。
テーブルの上には、山盛りのフライドポテトやピザ、ドリンクバーのグラスが所狭しと並んでいる。クラスメイトたちは、文化祭の余韻で異様なほど盛り上がっていた。
「あのタピオカ、最後の方めっちゃダマになってたよな!」
「クレープの生地破れたの、絶対お前のせいだろ!」
「先生が買いに来た時、超焦ったわ」
飛び交う笑い声。
俺はメロンソーダをストローでかき混ぜながら、適当に相槌を打った。
テーブルの反対側に、咲がいた。川島さんたち女子のグループに囲まれている。
「美咲ー! お疲れー!」
「咲、マジで助かった! ありがとね」
「写真撮ろー! はい、チーズ!」
女子たちがスマホを向け、咲がピースサインを作る。笑い声が弾ける。
ストローをかき混ぜる手が、止まっていた。
俺は炭酸の気泡を眺めるふりをして、もう一度だけ咲の方を見た。
委員長モードじゃない。もっと肩の抜けた顔で、声も少し違う気がした。
視線を戻す。メロンソーダをかき混ぜる。
「青木、ポテト食う?」
田中がケチャップのついたポテトを差し出してきた。
「……いらない」
「なんだよ、ノリ悪いな」
田中が何か続けていたが、あまり頭に入ってこなかった。
少しして、バスケ部の男子がドリンクバーから戻る途中で咲に声をかけた。
「藤原さん、文化祭マジで助かったわ。お疲れ」
「ううん、私の方こそ。みんなが手伝ってくれたから」
「ポスターの配置とか、藤原さんの指示的確だったし。さすがだわ」
「あはは、そんなことないよ。ありがとう」
咲が笑って答えている。
俺はグラスをテーブルに置いた。
「青木、俺メロンソーダおかわり取ってくるけど、なんか飲む?」
「……ウーロン茶」
「おっさんかよ」
田中が笑いながら席を立つ。
俺はその背中を見送って、また自分のグラスに視線を落とした。
炭酸は、もうほとんど抜けていた。
打ち上げも終盤。
「じゃあ最後、みんなで写真撮ろーぜ!」
誰かの声で、全員が店の入り口付近に集まった。
「藤原、真ん中! お前が一番頑張ったんだから」
「え、いいよ私端っこで……」
「いいからいいから!」
咲が、クラスメイトたちに囲まれて中央へ押し出された。
俺は自然に、一番端の少し後ろの列に収まった。
「はい、チーズ!」
フラッシュが焚かれる。
みんなが一斉に笑い声を上げた。
その瞬間だけ、俺は正面を向いていた。シャッターが切れるほんの一秒だけ。
ファミレスの前で解散し、それぞれの家路につく。
夜風が、少し冷たかった。
ポケットの中でスマホが震えた。クラスのグループLANEに、さっき撮った集合写真が送られてきた。
歩きながら、画面を開く。
三十人ほどが笑っている写真。
その中央に、咲がいた。
俺は立ち止まった。
特に何も考えていなかった。ただ画面を眺めていた。
スマホを消して、ポケットにしまった。
また出した。
画面をつける気にもなれなくて、そのまま手の中で持ち続けた。
夜風が、また頬を撫でた。
スマホを消して、ポケットにしまった。
また出した。
画面をつける気にもなれなくて、そのまま手の中で持ち続けた。
夜風が、また頬を撫でた。
信号が青になり横断歩道を渡る。
途中で振り返る。
別に誰もいなかった。
俺は舌打ちして、また歩き出した。
文化祭は終わりましたが、渡の心はあまり平常運転ではないようです。
本人は気付いていませんが、写真を何度も見返したくなる理由は案外単純かもしれません。




