表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未来の娘がやってきて、隣の席の美少女が『通い妻』になった〜青い花が咲く日まで、俺たちはまだ気づかない〜  作者: リディア


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
30/40

第30話 前の部屋には戻れない

 文化祭の振替休日。


 久しぶりに、本当に久しぶりに、何もない一日だった。


 咲は今日は来ない。


 みくも、昼間は近所の公園で遊び疲れたのか、夕飯を食べ終えると早々に布団に入ってしまった。


「おやすみ、パパ」


 目を擦りながら寝室へ向かうみくの後ろ姿を見送り、俺はリビングに一人残された。

 時計を見る。まだ二十時を過ぎたばかりだ。



 テレビ台の下からゲーム機を取り出した。電源を入れ、コントローラーを握る。お気に入りのRPGの続きを始めた。


 ……。


 五分後、電源を切った。


 本棚から漫画を取り出した。数ページで閉じた。


 冷蔵庫を開けた。


 麦茶のボトル。卵のパック。子ども向けのゼリーが三つ。


 閉める。


 ソファに戻る。


 座る。


 ……。


 立つ。


 特に用事はない。


 また冷蔵庫を開けた。


 麦茶を取り出す。


 コップに注ぐ。


 一口飲む。


 冷たい。


 それだけだった。


 コップを洗う。


 戻す。


 冷蔵庫を閉める。


 数秒後。


 また開けた。


「……だから何してんだ」


 自分で言って、自分で閉めた。


 なんとなく部屋の中を歩いた。


 洗面台を覗くと、みく用の小さなピンクの歯ブラシが立っていた。その隣に、見慣れない淡いグリーンのハンドソープ。


 キッチンに戻る。シンク横の棚に、見慣れない調味料が何本か並んでいた。ナンプラー。米酢。使ったことのないやつばかりだ。


 壁のフックに、エプロンが畳まれて掛かっていた。俺が家庭科の授業で使っていた、ダサい無地のやつだ。なんとなく手が伸びた。端を少し触った。離した。


 食器棚。黒いマグカップ。白地に水色の花柄のマグカップ。小さなピンク色のコップ。


 しばらく見ていた。


 冷蔵庫の扉の付箋。


『卵、明日まで』

『牛乳、買い足すこと』

『みくちゃん、ピーマン食べられた!』


 読んだ。また読んだ。


 ベランダのガラス戸の向こう、ブルースターの葉が夜風に揺れている。


 俺はしばらくそこに突っ立って、ガラス越しにそれを眺めていた。



 今日の昼間のことを、なんとなく思い出した。


 公園でみくと鬼ごっこをした。本気を出してないのに、すぐ捕まえてしまって、みくが「ずるい、もっとゆっくり走って」と怒った。


 ベンチで一息ついていたら、みくがどんぐりを両手いっぱいに集めてきた。


「咲ちゃんも来ればよかったのに」


 みくが言った。


「忙しいんだろ」


 俺が返すと、みくは少し考えてから「そっか」と言って、またどんぐりを拾いに行った。



 ソファに戻って、スマホを手に取った。なんとなく写真フォルダを開く。


 一番上は今日のどんぐりの写真だった。みくが「記念に撮って」と言って、俺のスマホを向けてきたやつだ。


 スクロールする。


 植物園。みくがブルースターの前で両手を広げている。その隣で咲が何か言っている。たしか「触っちゃダメだよ」と言っていた。みくが「なんで」と言って、咲が「お花さんが痛いから」と答えた。みくが「お花さん痛いの?」と真剣な顔になっていた。


 スクロールする。


 動物園。ペンギンの前ではしゃぐみく。咲がスマホを構えて笑っている。俺が「早く来い」と言ったら「もう少し待って」と言われた。


 スクロールする。


 みく。みく。三人。咲。みく。


 気づいたら、だいぶ前まで遡っていた。


 閉じた。テーブルに置く。天井を見た。


 テーブルの隅に、みくの落書き帳が置いてあった。


 なんとなく手に取った。開きページをめくる。


 変な形の動物。犬か猫か分からない。足が六本ある。


 めくる。


 意味不明な丸がたくさん。タイトルに「うちゅう」と書いてあった。


 めくる。


 三人の絵があった。真ん中に一番大きな丸い頭。左右に少し小さい丸い頭。パパだけ異様に縦長で、咲だけ髪がぐるぐるに描いてある。全員棒足で、全員笑っている。


 下に文字。


『わたし パパ さきちゃん』


「なんだこれ」


 思わず声が出た。


 もう一回見る。


 やっぱり俺だけ縦長だった。


 咲は髪がぐるぐるになっている。


 みくだけ妙に上手い。


 しばらく見ていた。


 閉じる。


 でも気になって、また開いた。


 やっぱり俺だけ縦長だった。


 閉じた。


 テーブルに戻す。


「……寝るか」


 ソファに横になった。目を閉じる。


 冷蔵庫のモーター音。壁掛け時計の秒針。外を走る車。


 ……。


 目を開けた。天井を見る。


「無理だろ」


 寝返りを打った。食器棚の方を向く。マグカップが三つ、並んでいる。


 また寝返りを打った。天井に戻る。


 スマホの画面をつけた。


 どんぐりの写真。


 閉じた。


 胸の上にスマホを置く。


 寝返りを打った。


 食器棚が見える。


 黒いマグカップ。


 白いマグカップ。


 小さなピンクのコップ。


 三つ並んでいる。


 目を閉じた。


 数秒。


 また開いた。


「……無理だろ」


 まったく……。

冷蔵庫の付箋も、食器棚のマグカップも、みくの落書きも。

気付けば少しずつ増えていたものばかりです。


ブルースターの蕾も、もうすぐ花を咲かせそうです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ