表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未来の娘がやってきて、隣の席の美少女が『通い妻』になった〜青い花が咲く日まで、俺たちはまだ気づかない〜  作者: リディア


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
28/40

第28話 お祭り騒ぎと、静かなる陥落

 文化祭、当日。


 校門をくぐった瞬間、空気が変わった。


 焼きそばのソースの匂い。どこかのクラスが爆音で流す流行りのJ-POP。「いらっしゃいませー!」「お化け屋敷はこちらでーす!」と叫ぶ声が重なり合って、校舎全体が一つの大きな生き物みたいにうねっている。


「すごい……」


 隣で、咲が小さく声を漏らした。


「人多いな」

「うん。なんか、テレビで見る文化祭みたい」


 咲は、目をきらきらさせながらあちこちを見回している。その顔が、俺より明らかに楽しそうで、少しだけ悔しかった。


「はぐれないようにね、渡くん」


 そう言って、咲が俺のジャージの袖をきゅっと掴む。


「……子供じゃないんだが」

「だって渡くん、ふらって行っちゃいそうなんだもん。なんか野良猫みたいで」

「野良猫って何だよ」

「褒めてるんだよ?」


 咲がけらけら笑う。その笑い声が、周りの喧騒に混ざって消えていった。



 まずは自分たちのクラスの模擬店へ向かう。


 クレープとタピオカドリンクの店は、俺の予想の三倍は混んでいた。


「うわ、やばい。ちゃんとやってる」


 感心しながら近づくと、ドリンク担当の田中が俺たちに気づいた。


「おーっ、青木! 藤原さん! ちょうどよかった、見てこれ!」


 田中が、自分の首から下げたPOPを誇らしげに見せてくる。手書きで「本日のイチオシ★タピオカミルクティー」と書いてあった。


「……どうした、それ」

「俺が描いたんだよ。どう? うまくない?」

「字が斜め四十五度になってるぞ」

「味があるだろ、いいんだよ! っていうか青木、お前が作った看板の方が傾いてたからな。あれ直すの大変だったんだよ?」

「……知らん」


 隣で咲が、くっくっと肩を揺らして笑っていた。


「藤原さん、見ててくださいよ、こいつ看板が曲がってても『雰囲気だろ』って言ったんですよ」

「言ってない」

「言った!」

「藤原さん、こっちの言ってること信じてくださいよ」


 咲が俺を見る。俺は目をそらした。


「……少しだけ言ったかもしれない」

「少しどころじゃなかったよ!」


 田中が机を叩いて笑う。周りの客が何事かとこちらを見た。


 その騒ぎに乗じて、クレープ担当の女子——確か三組で一番テキパキしてる橘さん——が俺たちに顔を向けた。


「二人とも、せっかくだから食べてく? イチゴと生クリームの、今ちょうどできたばっかり」

「いいんですか?」

「材料ちょっとしか余ってないんだけど、まあ二人で一個で許してね」


 咲が受け取って、俺の方を向いた。


「渡くん、食べる?」

「俺、甘いの得意じゃないんで」

「一口だけ。せっかく橘さんが作ってくれたんだよ?」


 咲が、クレープをそのまま俺の口元へ差し出す。


 田中が、明らかにわかりやすくにやついていた。橘さんも口元を手で覆っている。


 ……そういう雰囲気にするのやめてくれ、と思いながら、俺は一口かじった。


「どう?」

「……うまい」

「でしょ!」


 咲が、屈託のない笑みを浮かべた。


「みくちゃんも一緒にいたら、きっと大はしゃぎだっただろうね」

「ああ、あいつは甘いものには目がないからな」

「後で、今日撮った写真を見せてあげようよ」

「……そうだな」

「絶対に地団駄踏むよ。『パパとママだけでずるい!』ってさ」

「……目に見えるようだ」


 その光景は、驚くほど容易に脳裏に浮かんだ。


 ぷいっと横を向いて、全力で抗議するみくの姿。


「なんだか、置いてけぼりにされた子供みたいになりそう」

「現状、もうそうなってるけどな」


 俺たちは顔を見合わせて、小さく吹き出した。


 お化け屋敷は二年四組の企画で、理科準備室を丸ごと使った本格的なものだった。


 入り口に並びながら、前の客が中から叫ぶ声を聞いて、咲の顔色がみるみる変わっていく。


「……行かなくてもいいんじゃないか」

「行く。絶対行く」

「怖そうじゃないか」

「大丈夫。私、ホラー得意だから」


 その五分後。


「いやあああっ!」


 咲の悲鳴が、廊下まで響いた。


 俺の腕に両手でしがみついた咲は、真っ暗な通路の壁沿いをほぼ目をつぶって進んでいた。


「さっき得意って言ってましたよね」

「……苦手でした」

「知ってた」

「知ってたなら言ってよ!」


 出口の直前、何かが飛び出してきた瞬間、咲がぎゅっと俺に顔を押しつけてきた。


 ジャージ越しに、体温が伝わってくる。


 ……心臓が、うるさい。


「……出たよ、出口」

「ほんと?」

「ほんと」


 咲がそろそろと顔を上げると、出口の光が見えた。


「生きてた……」

「生きてました」


 外に出ると、受付の男子が「お疲れさまでした! よかったら感想書いてください!」と紙を渡してきた。咲は「とても怖かったです」と几帳面に書いて返した。


 その字が、少し震えていた。


 射的の屋台は、ちょうど三組の男子グループが盛り上がっているところだった。


「青木、やってみろよ」


 横を通りかかった時に、見知った顔の奴が俺を呼んだ。確か名前は宮本。


「はぁ? なんで俺が」

「景品のクマが取れなくてさ。コルク弾んだりしてうまくいかないんだよ。青木、帰宅部じゃん、コントロールあるだろ」

「帰宅部は全く関係ないだろ」

「まあまあ、渡くん、せっかくだし」


 咲が俺の背中を押す。


「……一回だけ」


 銃を手に取る。的は小さなクマのぬいぐるみで、台の端に乗っている。狙いを定めて、引いた。


 カン、と乾いた音がして、クマが落ちた。


「おお!」


 宮本が声を上げる。屋台担当の女子が「すごい、一発で!」と驚いたように言った。


「渡くん、すご!」


 咲が目を丸くして俺を見ている。


 俺は、そのクマを受け取って、咲に渡した。


「……いらないなら返すけど」

「いる! 絶対いる!」


 咲がクマを抱えて、ぱあっと顔が明るくなる。


「ありがとう、渡くん。大事にする」


 そういう顔で言われたら、こっちはどうしたらいいんだ。


「宮本たちの分取れなかったけどな」

「それはしゃあない! でもうちのクラスメイトがいい仕事したから許す!」


 宮本が俺の背中を叩いて笑った。




 中庭のモニュメント前は、写真を撮りたいグループが列をなしていた。


「はい、チーズ!」


 写真を確認すると、俺が少し眉間に皺を寄せていて、咲が嬉しそうに笑っていた。


「渡くん、顔怖い」

「……いつもこうだろ」

「もう一枚! 今度はちゃんと笑って」

「笑ったらもっと怖いかもしれないぞ」


 写真部の生徒が、こらえきれずに笑っていた。


「みくちゃんに見せたら、なんて言うかな」


 咲がスマホを見ながら呟く。


「たぶん、『パパ笑ってない!』だな」

「あー、言いそう」


 咲が吹き出した。


「それか『もう一回撮って!』かな」

「撮り直しさせられるな」

「絶対させられる」


 二人で笑う。


 写真部の生徒が、不思議そうな顔をした。


「妹さんですか?」

「あ、えっと……」


 咲が言葉に詰まる。


 俺も説明に困った。


「……まあ、そんな感じです」

「ふーん」


 写真部の生徒はよく分からないまま頷いた。


「いいですね、二人。仲良いですね。付き合って長いんですか?」


 屈託のない質問だった。


「えっ、あの……」


 咲が耳まで赤くなる。


 俺も、すぐに否定の言葉が出てこなかった。


 以前なら即答していただろう。


 でも今は、その否定がひどく嘘くさく感じる。


「……色々と、長いです」


 俺は曖昧にそう答えた。



 夕方。


 後夜祭の準備の声が遠くから聞こえてくる頃、俺たちは人が少なくなった屋上にいた。


 下の方からは、まだ音楽と笑い声が上がってくる。文化祭は終わっていない。ただ俺たちだけが、少し早く喧騒から外れていた。


「楽しかったね、今日」


 咲が、手すりに寄りかかりながら言った。クマのぬいぐるみを腕に抱えたまま。


「ああ」

「お化け屋敷、ちょっと泣きかけた」

「知ってる」

「言わないでよ」


 咲が頬を膨らませる。俺は少し笑った。


「田中くん、賑やかだったね」

「あいつはいつでもあんな感じだ」

「いいね。渡くんの周り、なんか、あったかいね」


 俺は何も言わなかった。


 否定できなかった、というのが正確かもしれない。


 夕陽が、校舎の端を赤く染めていく。咲の横顔が、その色を受けて、少し眩しかった。


「……また来年も、こうやって回れるといいね」


 咲が、独り言みたいに言った。


 俺は、その言葉の重さをちゃんと受け取りながら、ただ「ああ」とだけ返した。


 来年。


 その言葉が、夕陽の中でひどく遠くて、でも今だけは嘘みたいに近かった。


 遠くで、後夜祭のカウントダウンが始まる声が聞こえた。


 俺たちの影が、オレンジ色の地面に、一つに重なって伸びていた。


文化祭当日のお話でした。


賑やかな一日の中で、二人とも色々なものを見て、笑って、少しだけ距離が縮まった気がします。


そして、みくがいたらきっと一番騒いでいたと思います(笑)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ