第25話 前と同じ、じゃない
文化祭の準備が始まって四日目。
教室の空気が、昨日までと少し違う。
いや、目に見えて何かが変わったわけじゃない。相変わらず騒がしいし、模擬店の準備でごちゃごちゃしている。
ただ、咲の周りだけ、なんか変だった。
「藤原、これお願い――あ、いや、やっぱ自分でやるわ」
「咲ちゃん、ここのシフト――ううん、ちょっと他あたってみる」
咲に何かを頼もうとしたやつらが、一瞬だけ言葉を飲み込み、そして引いていく。
俺はダンボールを切りながら、その光景を見ていた。
なんか、変だった。
前まであんなに頼ってたくせに。
……いや、別にいいけど。
咲も咲で、宙で手を持て余していた。
「あ、それ私がやるよ?」
「ううん、大丈夫! 咲ちゃん休んでて!」
「でも……」
断られた咲が、どこかぽかんとした顔をしている。
またなんか、モヤッとした。
休んでてって言われたんだから、休めばいいだろ。
なんで、そんな顔してんだ。
「なあ、青木」
ふいに、田中が横から顔を出した。
「……なんだよ」
「昨日マジでかっこよかったぞ。騎士様じゃん」
「うるせえ」
「図星か?」
「違う」
「何が違うんだよ」
「……」
俺は何も言えなくなった。
何が違うのか、うまく言葉にできない。
「まあ、そういうことにしておいてやるよ」
田中が、わざとらしく大きく頷く。
なんも、そういうことじゃない。
でも、何なのかは、俺にも分からない。
すぐ近くの席で、咲が黙々と折り紙を切っている。
耳たぶが、なんか赤い。
俺は視線をカッターに戻した。
放課後。
スーパーに寄って、アパートへ向かう帰り道。
買い物袋のガサガサという音だけが、二人の間にある。
何か話そうとした。
やめた。
また話そうとした。
やめた。
文化祭の話でもしようか。
……いや。
みくの話か。
特にないな。
天気の話でもするか。
よし、天気の話……。
何やってんだ俺。
咲が、少しだけこちらを盗み見た気がした。
俺は前を向いたまま、気づかないふりをした。
「おかえりー!」
アパートのドアを開けると、みくが走ってきた。
「ただいま」
「ただいま、みくちゃん」
「今日ね、みくね、おてつだいしたの!」
「おう。何したんだ」
「ブルースターにお水あげた!」
「おう、偉いな」
「えへへ!」
みくが俺と咲の間に入って、両手を広げた。
俺も咲も、自然にみくの頭を撫でた。
なんか、息をついた。
夕飯が終わり、みくがテレビに夢中になっている間。
俺はベランダに出て、プランターを見ていた。
昨日より、また少し芽が育っている。
背後のガラス戸が開く音がして、咲が出てきた。
俺の隣に並んで、同じようにプランターを見る。
「……育ったな」
「……うん」
それだけだった。
また黙った。
言おうと思えば、何か言えた気もする。
でも結局出てこなかった。
なんか、悔しい。
咲が帰り支度をする。
カバンを持ち、エプロンをフックに掛ける。
俺は玄関まで見送る。
「じゃあね」
咲が靴を履き終わって、ドアノブに手をかける。
そこで、少し止まった。
咲がこちらを振り返る。
俺も咲を見る。
視線が合う。
咲の唇が微かに開いた。
何か言いそうだった。
俺も、なぜか待っていた。
でも。
「……おやすみ」
それだけ言って、咲は小さく笑った。
「……おやすみ」
ドアが閉まる。
カチャリと鍵が掛かる音。
リビングに戻った。
みくの寝息。
冷蔵庫のモーター音。
フックのエプロンが目に入った。
シンクに伏せられた二つのグラスが目に入った。
なんか。
なんか、分からない。
『……なんなんだよ』
誰に言うでもなく、俺は小さく呟いた。
冷蔵庫の音が、やけにうるさかった。
ここまで読んでくださりありがとうございます
昨日の出来事で少し変わった教室と、少し変わった二人。
でも本人たちは、その変化をまだうまく言葉にできません。
距離が縮まる時ほど、なぜか会話は難しくなるものかもしれませんね。




