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未来の娘がやってきて、隣の席の美少女が『通い妻』になった〜青い花が咲く日まで、俺たちはまだ気づかない〜  作者: リディア


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第22話 植物園

 朝から、みくのテンションがバグっていた。


「パパ! 咲ちゃん! はやく!」

「分かってる。水筒持ったか」

「持った! おやつも!」


 玄関でぴょんぴょん跳ねるみくのリュックを、咲が後ろから直してやっている。

 今日は土曜日。六月。少し蒸し暑い。


 みくがどこかから持ってきた植物園のパンフレットを握りしめて離さないので、三人で来ることになった。


「……渡くん、お茶足りるかな」

「俺の分はペットボトルで買う。みくのは?」

「水筒に満タン」

「じゃあ平気」


 普通の会話だ。普通なんだけど、なんか変だ。

 咲が私服だからか。薄い水色のブラウス。いつもは制服かエプロンしか見てないから、目が変なところに行く。

 俺は視線を逸らして、靴を履いた。


 なんだこれ。遠足か。




 電車の中は、そこそこ混んでいた。

 みくはドアの窓に貼りついて、外の景色をずっと見ている。

 俺と咲は、みくの後ろで吊り革に掴まっていた。


 電車が揺れた。


「っ」


 咲がバランスを崩して、俺の腕にぶつかった。


「……悪い」

「ううん、ごめん」


 咲が少し離れる。

 でも、混んでるから、そんなに離れられない。

 近い。近いんだが。

 咲の髪から、シャンプーの匂いがした。家で嗅いでる、あの匂いだ。

 それがこんな外の場所でするのが、なんかすごく、落ち着かない。


 心臓うるさい。俺はわざとらしく咳払いをした。窓の外を見た。曇り空だった。


 植物園は、緑の匂いがした。

 蒸し暑いけど、風が吹くと気持ちいい。


「わー! おはな!」


 みくが走り出す。


「走らないの。転ぶよ」


 咲が早足で追いかける。俺も後ろからついていく。


 紫陽花のエリアに出た。

 青とか紫とかピンクの花が、斜面いっぱいに咲いている。

 みくが「おっきい!」と言って、花に顔を近づけている。


 俺と咲は、少し離れたところからそれを見ていた。

 周りには、カメラを持った夫婦とか、老人のグループとか。

 なんか、浮いてる気がした。いや、浮いてないのかもしれない。そっちの方が変な感じがした。


「……きれいだね」

 咲が言った。

「……そうだな」


 会話が止まる。

 家なら卵とか弁当とかいくらでも話すことあるのに、なんも出てこない。


「……私、小さい頃、こういうとこあんまり来たことない」


 咲が、紫陽花を見たままぽつりと言った。


「……そうなのか」

「うん。親、仕事忙しかったから。休みの日は家で一人で本読んでた」


 横顔が、少しだけ寂しそうに見えた。

 気の利いた言葉とか、俺には無理だ。


「……そっか」


 風が吹いて、紫陽花が揺れた。


 咲は、少しだけ目を細めた。


「パパ! 咲ちゃん! きて!」


 みくが大きく手を振っている。

 俺と咲は、同時に歩き出した。


 温室に入ると、むわっとした熱気が来た。

 見たこともでかい葉っぱとか、派手な花とかが並んでる。


「あつい……」


 みくがへばっている。俺は持っていたタオルでみくの汗を拭いた。

 咲もハンカチを出して、顔を仰いでいる。水色のブラウス。首筋に汗。


 見るな、と思った。でも目が行く。無理だ。


「はぐれちゃうから!」


 みくが突然、俺の左手と咲の右手をそれぞれ掴んだ。


「……おい」

「だめ! おててつなぐの!」


 固まった。

 みくを挟んでるとはいえ、この状態で歩くのか。

 咲をチラッと見る。耳が赤い。でも、振り払おうとはしていなかった。


 俺も、できなかった。


 温室の中を、三人で歩く。

 すれ違う人が俺たちを見る。

 「若いねえ」みたいな声が聞こえた気がした。


 心臓がうるさい。みくの手が温かい。

 その向こうに咲が繋がってる。


 考えたら負けな気がして、俺はでかい葉っぱを見た。


「……うお」


 思ったより声が出た。咲がこっちを見た。俺は黙って前を向いた。




 温室を出て、水辺のベンチで休憩することにした。

 みくは歩き疲れたのか、ベンチに座った途端、俺の太ももに頭を乗せてコクリコクリとし始めた。


 咲が自販機で買ってきた冷たいお茶を渡してくれる。


「……サンキュ」

「うん」


 みくが完全に寝た。

 静かだった。風の音と、鳥の声。


「……疲れてないか」

「ううん、全然」

「みく、はしゃぎすぎたな」

「そうだね」


 咲が、眠るみくの頭を撫でた。

 その手つきが、なんか自然で、また変な感じがした。


「……楽しそうだな、今日」


 俺が言うと、咲は少し驚いた顔をして、それからふわりと笑った。


「みくちゃん、嬉しそうだから」

「……」

「……渡くんも」

「……別に」


 俺が視線を逸らすと、咲が吹き出した。


「さっき温室で『うお』って言ってた」

「言ってない」

「言ってた」


 咲が、楽しそうに笑う。

 俺も、なんか笑った。


 なんだこれ。

 落ち着かないのに、帰りたくはなかった。

 それがまた、モヤモヤした。



 夕方。

 植物園を出て少し歩いたところで、みくが完全に限界になった。


「……ねむい」


 ふらふらしながら俺の服を引っ張る。

 俺はため息をついて、しゃがんだ。


「ほら」


 みくが、のそのそと背中に乗ってくる。小さい腕が首に回ってくる。

 立ち上がると、咲が横でくすっと笑った。


「……なに」

「ううん。自然だなって」


 自然。

 俺、今なんでこんなに自然にやってんだ。

 聞かれたら答えられない。でも考えると変なので、考えなかった。


 咲が横に並んで歩く。

 荷物を全部俺が持ってるから、咲は手ぶらで歩いている。

 夕日が、咲の横顔を照らしてる。

 水色のブラウス。オレンジの光。


 距離が近い。

 背中にみく。横に咲。

 六月の湿った風が吹いた。


「……また、三人で来たいな」


 みくが、背中で寝ぼけた声を出した。


 俺は、すぐ返事できなかった。


 なんか、胸のあたりがおかしかった。

 温かいのか、怖いのか、分からない。

 嬉しいのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。


 咲を横目で見た。咲は前を向いてたけど、耳が少しだけ赤かった。


「……そうだな」


 声が出た。自分でも、なんで言ったか分からない。


 咲がこっちを見た。

 目が合った。

 咲が、ちょっとだけ笑った。俺は前を向いた。


 背中のみくが、少し重い。

 六月の風が、また吹いた。


 なんか、こういう感じが……。

 


 ……帰りにスーパー寄らないといけない。洗剤がそろそろ切れる。


 たぶん……。

今回は、三人で過ごす少し特別な休日でした。

植物園を歩いて、手を繋いで、眠ったみくを背負って帰る。

それは恋人でも家族でもないはずなのに、どこかそんな空気に近づいている気がします。

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