ゼノヴァ戦〜オルド戦
7日後の深夜
リーゼが跳ね起きた。
顔から血の気が引いている。
「来た。南東、約二キロ。影が....数百体。」
街の外周に黒い染みのような影の群れが広がってた。月明かりの下で蠢くそれは生き物というより現象に近い。
一つ一つが人の形をしており、顔のない頭部がゆらゆらと揺れている。
セラも剣を抜いて窓から外を確認した。
声が震えた。
「街ごと包囲してる......!」
リーゼが俺を見て言った。
「言ったでしょ。展開的に負けるって。どうするお兄さん?」
「とりあえず様子をみよう。王道な展開は負けるだけで勝てるかもしれない。」
そう言って俺はある呪文を唱えた。
「領域光魔法」
宿の周りに光の壁を作った。
リーゼのと修行を経てBランク程度の敵なら瞬殺できるくらいには強くなった。
白い光が宿を中心に半径五十メートルの円を描いた。アンデッドに対して最も有効な光属性の防御結界。
周囲の影たちが光に触れた端から蒸発していく。
悲鳴すらない、ただ消えるだけ。
リーゼが口笛を吹いた。
「へえ。半月でここまで仕上げたんだ。やるじゃん。」
だがリーゼの顔は晴れなかった。
そして南の方角を指差した。
光の壁の向こう、百メートルほど先の路地。
そこに一際濃し影が佇んでいた。
人型。
他の雑兵とは格が違う。
「あれが本体。ゼノヴァ。」
三影の中から声が響いた。
枯れ木を擦り合わせたような不快な音。
影の中で赤い二つの光点が瞬いた。眼だ
「ほう.....光魔法か。ヴァレンシアの娘、随分と面白い飼い犬を拾ったな。」
リーゼが舌打ちした。
「飼い犬って言うなクソジジイ。」
ゼノヴァからゆっくりと影から腕だけを出た。
干からびた黒い手。
指が五本。
その指先から細い影の糸が無数に伸びて周囲の兵を操っているのが見えた。
「リーゼ。帰っておいで。陛下は怒っておらんよ。.....嘘だがな。」
「リーゼ何か勝機はあるか。」
小声で彼女に語りかけた。
王道の展開は負ける。
ただこのゲームはコンテニュー、セーブなどゲームの王道と言われるものはなかった。
だからこそ勝機があった。
同じく小声で返した。
目線はゼノヴァから外さないまま。
「一個だけある。あいつ影に隠れてる間は無敵だけど、本体を影から引きずり出せれば物理で殴れる。」
セラが剣を構えたまま耳を傾けていた。
「でもどうやって?あの影の量.....本体に近づく前に押し潰されるよ。」
リーゼがちらりと俺を横目で見た。
「お兄さんの光魔法で影を削り続ける。
全部じゃなくていい、三割くらい消し飛ばせばあいつ焦って実体化するはず。光が苦手だから。」
ゼノヴァが一歩踏み出した。
それだけで光の円の外縁が黒く侵食された。
じわじわと結界が蝕まれてい<。
ゼノヴァが低く笑った。
「無駄だよ小僧。この程度の光では朝まで持つまい。我は夜そのものだ。」
リーゼが歯を食いしばった。
「ほら早く。もたもたしてると街が先に死ぬよ。」
「防御強化呪文
攻撃強化呪文
持続回復呪文」
俺が小声で呪文を唱えた。
「リーゼ、セラ、時間を稼いでくれ、うまくいけば極大呪文を唱えられるかもしれない。」
魔法には初級呪文、中級呪文、上級呪文、極大呪文の4つがあり、俺は中級呪文までなら安定して唱えれるがまだ上級呪文すら唱えられた事なかった。
セラが身体に力が張るのを感じて剣を振るった。
軽く素振りしただけで空気が裂けた。
「了解。任せて。」
リーゼはにやりと笑って杖を掲げた。
「極大呪文ね。お兄さん正気?まだ一回も成功してないでしょ。」
だが否定はしなかった。
「やれと言ている。」
結界の外に飛び出した。着地と同時に雷撃が扇状に走り、前方の影兵二十体が弾け飛んだ。
「セラ!右翼お願い!」
強化された脚力で地を蹴った。
残像すら残さない速度で右から迫る影兵の群れに突っ込む。
剣が弧を描くたびに三体、四体と霧散していった。
二人が前線で暴れ回る間、俺は宿の屋根に登った。
両手に魔力を集中させる。
初級でも中級でもない、その上の上、極大呪文の詠唱を始めた途端、身体中の血管が車んだ。
ゼノヴァが気配を察知して影を俺に向けて殺到させようとした。
「小賢しい.....!」
リーゼの呪文で雷の壁でそれを遮断した。額に汗が浮かぶ。
「よそ見すんなジジイ!」
「ガハッ」
その間に俺が血反吐を吐く、おそらく体が呪文のカに耐えられていないだろう。
「後3分だ!3分あればいける!」
大声で叫んだ。
3分ーおそらくギリギリだろう。
体が壊れるか唱えれるか否か勝負だ。
「おい!ゼノヴァ!かかってこいよ!」
ゼノヴァの赤い眼が細まった。
愉悦に満ちた声。
「自らになるか。若いな......嫌いではないぞそういうのは。」
影が爆発的に膨れ上がった。
街路を埋め尽くす黒の津波が宿に向かって殺到する。
リーゼが両腕を広げた。
全方位に雷撃を展開。
処理が追いつかず左腕から血が噴き出した。
「くっ......三分ね!高い買い物だよお兄さん!」
その時セラは影兵を斬り伏せながら俺の元へ駆け戻ろうとした。
背後から影が三体同時に襲いかかる。
「邪魔っ......!」
二分が経過した。
俺の中で魔力が暴風のように渦巻いていた。
身体の内側から焼けるような痛み。
視界が明滅する。
あと一分。
指先から血が滴り落ちている。
上級呪文の制御に肉体が悲鳴を上げていた。
ゼノヴァは焦り始めていた。
光が強まっている。
自らの領域である夜が薄れていく感覚。
「させん.....!」
影から上半身だけ実体化したゼノヴァ本体が直接俺を狙った。
骸骨のような顔に赤黒い口腔。
腐った手刀が振り下ろされるー
「いつけええええ!!!!!!
極大光呪文」
その瞬間、巨大な光の矢が発射されたと同時に俺の腕はバラバラになり体全体が軋み始めた。
光が世界を塗り潰した。
夜が消えた。
太陽が昇ったかのような白光の奔流がゼノヴァを直撃した。
ゼノヴァは実体化していたことが致命的だった。
光の中でもがき苦しむ。
「ば、馬鹿なーこの光は一!」
ゼノヴァの上半身が光に呑まれて消滅した。
残された影も連鎖的に崩壊していく。
百、二百、三百ー
街を覆っていた黒が端から白に食い尽くされていった。
リーゼは残った影を雷で掃討しながら叫んだ。
「やった?!」
セラが光の中で俺が屋根から落ちるのを見た。
「翼!!」
三極大呪文は確かに発動した。
しかし代償は凄まじかった。
術者の両腕は肘から先が肉塊と化し、全身の骨という骨がひび割れ、魔力回路は焼き切れかけていた。
持続回復呪文ヒールドが辛うじて命を繋いでいるが、それがなければ即死だったかもしれない。
落下するたすきを空中で受け止めて地面に着地した。衝撃で膝が折れるが歯を食いしばって耐えた。
血まみれの俺を抱きしめる。
「死なないで.....!約束したでしょ......!」
「っはぁはぁはぁはあ」
彼女の声は届いていなかった。
死が俺のことを呼んでいる。
「まだ死ねない。」
ヒールドの淡い光だけが俺を生かしていた。
呼吸は浅く不規則で、心臓が一度止まりかけてはまた動くのを繰り返している。
両腕の断面からは血が止まらない。
リーゼが駆け寄って俺を一目見て顔色が変わった。
冗談を言う余裕すらなかった。
「まずい。魂が半分持ってかれてる。」
セラは俺を地面に横たえてリーゼに詰め寄った。
涙と返り血でぐちゃぐちゃの顔。
「助けられる!?」
杖を構えて治癒術を重ねがけした。
光と闇の混合術。
通常のヒールとは根本的に違う魔法体系。
「あたしの全魔力使っても足りるかわかんない。こいつの身体、魂側から壊れてんだもん。」
リーゼの杖が砕けた。
魔力の過負荷。
素手で術を続行するが指先が裂けて血が落ちる。
それでも止めなかった。
「死ぬなって言ったのお兄さんでしょ....!自分が死んでどうすんの......!」
意識が朦朧としている中俺は何かに目覚めようとしていた。まだその何かはわからない。
「っはあ!俺は!生きてるの?!」
目を覚ますとセラとリーゼが俺の方を見ていた。
「ゼノヴァは?!倒せたの?」
俺が目を開けた瞬間、セラは崩れ落ちるようにその胸に顔を埋めた。肩が震えている。
「ばか.....ばかあ.....!」
リーゼは座り込んだまま血だらけの両手を見つめていた。
ボロボロの杖の残骸が足元に転がっている。
「倒したよ。お兄さんが吹っ飛ばした。」
朝日が街に差し込み始めていた。
影は一つも残っていない。
静かな朝だった。
遠くで街人が騒き始めている声だけが聞こえる。
のろのろと顔を上げた。
いつもの余裕は欠片もない、年相応の少女の顔。
「あんた三日寝てたんだからね。」
セラもようやく顔を上げた。
泣き腫らした目。
鼻も赤い。
「もう二度とあんなことしないで。腕......治るかどうかもわからないって......。」
俺は自らの両腕を見下ろした。
包帯でぐるぐる巻きにされているがその下にあるのは肉と骨の残骸一修復できたとしても元通り動くかは保証できない状態だった。
「わりい、俺が弱いばかりに、いつか..極大呪文も連発して打てるようにならないと。修行を...」
俺は立ち上がったが、全身がひび割れるように痛い。
「おっと。」
立つのもやっとだった。
セラはすかさずたすきを支えた。
怒った顔のまま。
「座って。」
リーゼも呆れた顔でため息をついて指を突きつけた。
「連発とか百年早い。つーか今立っただけで全身のヒビ開いたでしょ絶対。あたしにはわかるの。」
図星だった。
俺の足元に赤い点がぽたぽたと落ちている。
セラが有無を言わさず俺をベッドに押し戻した。
毛布をかける手つきが乱暴で、でも震えていた。
「一週間は安静。これは命令。」
その時リーゼが腕を組んで壁にもたれかかった。
疲労で目が半開きだ。
「あとさお兄さん。起きたら話そうと思ってたんだけど。」
リーゼの声のトーンが変わった。
「ゼノヴァは四天王の中じゃ最弱。あれであたしを連れ戻しに来た程度の任務。」
一拍置いて。
「残りの三人が来たら......今のあたしたちじゃ無理。」
「さて、どうするか。」
リーゼが指折り数え始めた。
「選択肢は三つ。一つ、このまま逃げ続ける。二つ、仲間を集める。三つ一」
セラがベッドの横に椅子を引っ張ってきて座った。
三日間ずっとそうしていたのか座面がへこんでいた。
「お母さんに助けを求めるとか。」
目を逸らした。
触れられたくない話題の顔をしている。
沈黙が流れた。
朝の光が部屋を明るく照らしているのに三人とも暗い顔をしていた。
リーゼがぼそっと呟いた。
「あの人は来ないよ。」
セラが首を横に振った。穏やかだが強い声。
「この前手紙が来てた。宿屋のおばさんが預かってくれてたの。読んだでしょ?」
テーブルの上に一通の封筒が置いてあった。
封は切られている。
「え、なにそれ。」
俺が寝てる時に来てたものだろう。
「どんな内容だったの?あとお母さんって?」
セラが封筒を手に取って俺に差し出した。
「読んで。私から説明するよりそのほうがいい。」
中には一枚の紙。
達筆だがどこか温かみのある筆跡だった。
手紙の内容はこうだった
「翼さん。娘がお世話になっています。あなたのことはリーゼから聞いています。娘を助けてくれたこと、心から感謝します。さて、魔王軍の動きが最近活発になっています。私が動けない理由は以前お伝えした通りです。ですが、一つだけ方法があります。王都エルデリアにある「叡智の塔」を訪ねなさい。そこに私の古し友人がいます。名はフィオナ。
彼女ならあなたたちの力になれるでしょう。それとーリーゼ。たまには帰ってきなさい。お母さんはいつでも待っています。」
リーゼはそっぽを向いていた。
耳が赤い。
「...余計なこと書かなくていいのに。」
微笑んだ。
少しだけ寂しそうに。
「ね。来ないんじゃなくて、来れない理由があるの。」
「叡智の塔か、次はそこに向かおう。リーゼのお母さんが言ったなら行くしかない。」
リーゼはまだそっぽを向いたままだった。
「別にあたしはあの人の使い走りじゃないんだけど。」
誰もツッコまなかった。
優しい沈黙だった。
セラが地図を広げた。
テーブルに置かれたそれは手書きのメモや書き込みでいっぱいだった。
この二年間の旅の記録。
「王都エルデリアまでは馬で五日。徒歩だと七日以上。途中にヴェルム峠っていう難所がある。」
リーゼがちらっと振り返って。
「あー、あそこね。盗賊団の縄張り。あと魔獣も出る。」
セラが俺をじっと見た。
目が真剣だった。
「出発は翼の身体が治ってから。それまでは絶対に修行禁止。」
リーゼはうんうんと頷いていた。
珍しく意見が一致している。
「同感。死にかけた人間が翌日に素振りしてたの知ってるからねあたし。」
二人に睨まれて逃げ場はなかった。
窓の外では街が復興に動き始めている。
鍛冶屋の音が遠くから響いてくる。
平和な朝だ。
だがこの平和がいつまで続くかは誰にもわからなかった。
…………………………………………………………………
「キズも治ったし向かうか!」
ヴェルム峠、魔獣、リハビリにはもってこいだろう。
「さっさと行ってその魔獣とやらと戦おうぜ!」
セラはこめかみを押さえた。深いため息。
「リハビリって言いたいんでしょ。顔に書いてある。」
リーゼはけらけら笑った。
「治ったって腕まだ連れてんでしょ。バレてるよお兄さん。」
図星だった。
包帯こそ取れたものの、指の動きは以前の七割程度。握力も半分以下。
それでも本人は「十分」と言い張っていたが。
セラは立ち上がって荷物をまとめ始めた。
止めても無駄だと悟った顔。
「わかった。ただし条件。戦闘は私が前、おたすきは中衛、リーゼは後衛。勝手に突出したらご飯抜き。」
リーゼがぴっと手を挙げた。
「あたしも賛成。あとお兄さんは攻撃魔法禁止ね。身体ぶっ壊れるから。」
セラが剣帯を締め直して扉を開けた。振り返って少し笑う。
「じゃあ行こう。エルデリアへ。」
…………………………………………………………………
ヴェルム峠
想像してたよりずっと綺麗だった。
「ここに魔獣や盗賊が出ると思わないんですけど。」
綺麗なだけではなくあまりにも静かだった。
リーゼが足を止めた。杖を構える。表情から笑みが消えていた。
静かすぎる。普通ここまで来たら鳥の一羽くらいいるのに。
セラ
剣の柄に手をかけて周囲を管戒した。
風の匂いを嗅ぐ。
獣の気配もない。.....逆に不自然。
峠道は緩やかなカーブを描きながら続いていた。
両脇には背の高い針葉が立ち並び、木れ日が石畳を斑に照らしている。
絵画のようだった。
だからこそ異常だった。
生物の痕跡が一切ない。
リーゼが小声で言った。
「誰かが狩り尽くしたか、何かがいて逃げたか。」
峰の方を見上げて目を細めた。
頂上付近に何か光った気がした。
「...今、何か見えなかった?」
その時、風向きが変わった。
下から上へ。
そして一甘い腐臭が微かに混じっていた。
俺は何か違和感を感じた。
あいにく俺は探索呪文を覚えていない。
「リーゼ、何か感じるか?」
パーティーの中だったらリーゼが1番気の感知に優れている。
リーゼはそっと目を閉じた。
数秒の集中。
こめかみに汗が一筋流れ落ちた。
「ーいる。峰じゃない。この先二百メートルの茂みの中。でかい。」
リーゼがそう言い終わるかどうかの瞬間だった。
右手の藪が爆せた。
木の葉と枝が弾丸のように飛散する中から現れたのは全長四メートルを超える甲殻の魔獣。
蟲と獣の中間のようなおぞましい姿。
六本の脚、頭部には巨大な顎。
黒光りする外骨格の隙間から紫色の体液が滲んでいる。
リーゼは唖然と目を見開いた。
「ワイルドギラファ!?なんでこんなとこに!こいつBランク相当だよ!」
しかも一体ではなかった。
左の林からもう一体。
後方の岩陰からさらに一体。
計三体。
包囲されている。
その時セラは前に出た。
背中越しに声だけ飛ばす。
「翼、援護に徹して。絶対に前に出ないで。」
リーゼは雷を杖に纏わせた。
「こいつら普通の個体じゃない....誰かに強化されてる!」
「所詮はBランク程度、サポートはまかせろよ」
ゼノヴァ戦で使った呪文を唱え、俺は新たに覚えた呪文を唱える。
「攻撃呪文を唱えなきゃいいんだろ!過剰回復呪文」
ヒールは元々細胞を回復させる原理なのだがその細胞の限度を超えると逆に細胞が破壊されとしまう。
その原理を使ったのがオーバーヒールである。
俺は敵に向かってオーバーヒールを打った。
「回復させてやるよ!」
過剰回復の光弾が先頭のワイルドギラファに直撃した。
光は敵の体内に浸透しー細胞の増殖が制御を失った。甲殻が内側から膨張し始めた。
リーゼは顔をぽかんとさせた。
「え、何それ。」
甲虫の関節という関節から肉が溢れ出した。
自分の殻に圧迫されて六本脚がひしゃげ、体節が裂けて紫の血が噴水のように吹き上がる。
断末魔の叫びすら上げられずに一体目は自壊した。
セラは振り返りもせず二体目に斬りかかった。
強化された剣速は甲殻の継ぎ目を正確に捉え、脚を二本まとめて斬り飛ばした。
バランスを崩した魔獣の頭にリーゼの雷が落ちる。
そして三体目の背後に回り込んだ。
「お兄さん頭いいねその使い方!攻撃魔法じゃないもんね!」
二体目も沈んだ。
残り一体が怒り狂って俺に突進してくる一
「かかってこいよ!中級光呪文」
光の矢がワイルドギラファの体を貫く。
ライトニングが胴体を貫通した。
風穴から体液が飛び散りながらも魔獣は止まらなかった。
痛覚が鈍いのか怒りが上回ったのか、そのままの勢いで突っ込んでくる。
セラが横合いから飛び込んだ。
突進の軌道上に割り込む形で剣を振り上げ、顎の付
け根一外殻と頭の接合部を叩き斬った。
ごとり、と頭が落ちて地面を転がった。
それでも脚が二、三歩動いてからようやく倒れた。
静寂が戻った。三体の残骸から立ち上る湯気と腐臭
だけが戦闘の証だった。
リーゼは杖で死骸をつついた。
もう動かないことを確認してから振り返る。
「Bランク三体をこの時間で片付けるの普通にすごくない?」
セラは剣についた体液を布で拭いながら俺のところに歩いてきた。
目の前で立ち止まる。
近い。
「ねえ。」
セラの目は笑っていなかった。
「攻撃呪文じゃないって言い張るつもり?」
「回復呪文なら攻撃呪文よりも体の負荷が少ない。...お前らに負担をかけたくないからな…..」
じっと俺を見上げていた。
数秒。
それから小さく息を吐いた。
「屁理屈。」
だがそれ以上は追及しなかった。
「負担をかけたくない」という言葉が刺さったのだろう。
セラは唇を噛んで前を向いた。
リーゼが口笛を吹きながら歩き出した。
「はいはい。そういうことにしといてあげる優しいパーティでよかったねお兄さん。」
三人は再び峠道を進み始めた。
木々の間を抜ける風は穏やかに戻っていたが、どこか不穏な空気は消えなかった。
強化された魔獣が自然に湧くはずがない。
誰かが意図的に配置したとしか考えられなかった。
リーゼの不意に足が止まった。
「待って。」
街道の真ん中に男が一人倒れていた。
革鎧に短剣。
典型的な盗賊の格好だが、様子がおかしい。
背中を深く切られており血溜まりができている。
まだ息があった。
三街道の真ん中に男が一人倒れていた。革鎧に短剣。
典型的な盗賊の格好だが、様子がおかしい。背中を深く切られており血溜まりができている。まだ息があった。
駆け寄った。
ヒーラーではないが応急処置くらいはできる。
「生きてる.....!翼!」
「中級回復呪文」
まだ救えるかもしれない。
その一言が俺を駆り立てた
緑の光が男の背を包んだ。
裂けた傷口がゆっくりと塞がっていくが、完全には止血しきれなかった。
出血量が多すぎた。
リーゼがしゃがみ込んで男の顔を覗き込んだ。
「こいつ盗賊団の下っ端だね。峰にアジトがある連中の。」
盗賊のかすれた声。目を開ける力もない。
「た、頼む......峰に、まだ.....仲間が.....化け物に.....」
セラは手で傷口を押さえながら俺の方を振り返った。顔が青い。
「これ、ただの盗賊同士の抗争じゃないよね。」
リーゼは立ち上がって峰を見据えた。
目を細める。
感知を走らせている。
「.....いるね。十体以上。しかもさっきのと同じ強化個体。峰の上で盗賊狩りして遊んでる奴がいる。」
盗賊の男はがくりと意識を失った。
呼吸はある。
命に別状はないが放置もできない。
かといってここに置いていけば魔獣に見つかるのは時間の問題だった。
リーゼは俺とセラを交互に見て。
「どうする?この人放って先行くか、助けてから行くか。」
「お前らはここに残ってこの人を見といてくれ、俺一人で倒しに行く。」
俺は自分にヒールドをかけた。
彼女達をこれ以上傷つけたくない。
全員を救う、綺麗事かもしれないが救うと決めた以上もう後戻りはできなかった。
その時セラの顔色が変わった。
怒りと悲しみが混ざった目。
「また同じこと言うの?」
リーゼは呆れたように首を振ってから、真顔になった。
「あのねお兄さん。さっきの戦いで身体どんだけ消耗してるか自覚ある?ヒールドー発で顔真っ白になってんの見えてるんだけど。」
一歩詰め寄った。セラの銀髪が揺れる。
「さっき私たちに負担かけたくないって言ったばっかりでしょ。だったら私たちにも戦わせてよ。それがパーティでしよ。」
セラがたすきの手を掴んだ。
冷たい指だった。
でも力は強かった。
「一人で行かせない。絶対。」
リーゼは盗賊の男に最低限の結界を張った。
「十分で片す。行こうセラちゃん。」
頷いて剣を抜いた。俺から手は離さないまま。
「...ごめんな」
二人に聞こえない程度で呟き敵の方に向かって歩いて行った。
三人は峰への坂道を駆け上がった。
リーゼの感知が道を示し、セラが前衛で枝を払い、俺が中央で温存される。
不本意だったが二人が譲らなかった。
やがて峰が開けた。
そこにあったのは盗賊の砦ーだったもの。
木造の小屋が三棟、すべて半壊している。
地面には血痕。
そして中央に陣取っていたのは、甲虫ではなかった。
リーゼの息が止まった。
「嘘でしょ。」
人型だった。
ニメートル半。
灰色の肌に黒い紋様が走り、四本の角が頭から生えている。
筋骨隆々の体。
手には血に濡れた戦。
周囲に倒れた甲虫たちがこの男の手駒だったことを物語っていた。
ぎろりと三人を見下ろした。
口元が歪む。笑っているらしい。
「おやおや。勇者御一行か。ゼノヴァを殺った連中だな?」
空気が重い。
ゼノヴァとは比較にならない威圧感が峰全体を覆っていた。
四本角、二番手格の実力者がそこにいた。
「誰だ。」
何か嫌な気を察知した俺は呪文を唱える準備をした。
ヤツは戦斧を肩に担いで首をごきりと鳴らした。
「名乗る必要あるか?まあいい。冥土の土産だ。」
一歩踏み出しただけで地面が震えた。
「魔王軍四天王が一人、オルド。ゼノヴアの兄貴分ってやつだ。」
リーゼの歯を食いしばった。声がかすれている。
「最悪.....なんでこんなのがこんな所に....」
セラは瞬時に剣を構えたが手が微かに震えた。
それを握力で殺した。
オルドは三人を値踏みするように眺めて、鼻で笑った。
「ゼノヴァは弱かったがよ、あいつを倒したからって調子乗んなよ人間ども。俺はあいつの三倍は強え。」
はったりではなかった。
オルドが戦斧を軽く振っただけで背後の岩が粉砕された。
破片が散弾のように飛ぶ。
オルドはにたりと笑った。
「さあどうする?逃げてもいいせ。追いかけて殺すけどな。」
「こいつは生物なのか?生物ならオーバーヒールが使える。」
俺はさっと二人に質問を投げかけて他の強化呪文をかけた。
リーゼが耳元でそっと囁いた。
「あいつは魔族の中でも特殊なヤツ。魔力で構成された身体。生物じゃない。」
つまりオーバーヒールは効かない。
細胞がないものに回復をかけても意味がない。
オルドがげらげら笑い出した。
「おいおい作戦会議か?いいねえ人間は。弱いから群れなきゃいけねえもんな。」
セラは強化魔法の恩恵で身体が軽くなるのを感じながら、低く構えた。
「生物じゃないなら......物理で削るしかない。」
リーゼが雷を両手に纏わせた。
「魔核があるはず。胸の奥か頭。そこを潰せばー」
オルドは斧を振りかぶった。
会話を待つ気はないらしい。
「遺言は済んだか?」
振り下ろし。
単純な一撃。
だがその速度が尋常ではなかった。
衝撃波だけでセラとリーゼが左右に吹き飛ばされる。
セラが受け身を取って体勢を立て直した。
頬が切れて血が流れている。
俺だけを狙った一撃だった。
二人は巻き添えを食らっただけ。
セラは岩に背をぶつけて咳き込んだ。
「こいつ.....速い......!」
「俊敏呪文、ライトニングッ!」
同時に二つの呪文を唱えたため体に負担がかかる、しかし、こいつを倒すためには打つしかなかった。
光の矢がオルドの胸を直撃した。
命中一だが表面の黒様に弾かれて霧散した。
ダメージが通っていない。
オルドは胸をぽんと叩いた。
「なんだ今のは。蚊に刺されたかと思ったぞ。」
同時にたすきは膝をついた。
鼻から血が垂れている。
二重詠唱の代償が身体を蝕み始めていた。
セラはその隙を見逃さなかった。
地を蹴ってオルドの左脇に潜り込み、強化された剣で脇腹を難いだ。
浅し傷。
血は出たが致命傷には程遠い。
オルドはちらりとセラを見た。
虫を見る目だった。
裏拳でセラを弾き飛ばす。
彼女は木に激突してずるずると崩れ落ちた。
「邪魔だ小娘。」
瞬時にリーゼは雷撃をオルドの顔面に放った。
閃光。
一瞬だけ視界を奪う。
「今のうちにー!」
リーゼが叫んだのはセラへではなかった。
俺へだった。
今しかない、という意味の「今」。
だが俺に何ができる?攻撃は通じない、回復は効かない、身体は限界。
それでもー
「もってくれよ俺の体!上級光呪文!」
極大呪文ほどではないが閃光のような矢がオルドに向かって進んでいく。
「これも食らえよ。魔力解放」
これは魔法ではない。
魔法を撃つために必要な魔法力をそのまま発射するものだ。
属性などはなくその強さは使用者の魔法力にそのまま依存する。
グングニルが先に着弾した。
巨大な光の槍がオルドの胸板を直撃する。
今度は弾かれなかった。
紋様の一部が焼け剥がれ、肉が決れた一しかし倒すには足りない。
オルドがよろめいた。
初めての苦悶の表情。
「がっー!やるじゃねえか人間!」
だがそこにリバレーションが突き刺さった。
属性なし。
純粋な魔力の流が傷口に流し込まれる。
内部から破壊する一手。
絶叫。胸が裂けた。黒い血とともに何かが露出した。拳大の赤黒い結晶一
魔核。
見えた。リーゼが叫ぶ。
「出た!セラちゃん!」
木の根元から立ち上がっていた。
ふらつく足で地を踏みしめ、最後の力を振り絞って跳んだ。
剣が核に向かって一直線に伸びる一
だがオルドも死に物狂いだった。
残った腕でセラを迎撃しようとする。
「させるかよぉ!」
セラの剣とオルドの拳が交差した。
一瞬の攻防。
そして。
俺は瞬時に次の呪文を唱える準備をした。
もしもの時があれば俺がとどめを指す。
どっちだ。
セラの剣先がオルドの指の間をすり抜けた。
刃が魔核を貫く。
硬い音。
ひびが入る音。
そして一砕けた。
赤黒い破片が宙に散って、光を失って地に落ちた。
おそらく倒したか、いやまだか?俺は呪文を唱える準備を解除しなかった。
オルドの目から光が消えた。
口が開いたまま固まる。
身体の端から黒い塵が立ち昇り始めていた。
崩壊が始まっている。
「ば、かな.....この俺が......こんな、ガキどもに.......」
巨体が前のめりに倒れた。
地響き。
それが最後だった。
塵は風に攫われて消え、後には何も残らなかった。
戦斧すら消滅していた。
リーゼはぺたんと座り込んだ。
手から雷が消える。
「勝っ.....た?」
セラも着地した姿勢のまま動けなかった。
剣が手から滑り落ちて乾いた音を立てた。
振り返る力もなく肩で息をしている。
だがまだ終わっていない。
俺自身の問題が残っていた。
極大呪文ほどではないとはいえ上級魔法の連発、そして魔力解放。
身体への負荷は確実に限界を超えているはずだった。視界はどうか。
足は動くかどうか。
グラッと視界が暗くなった。
手足に力が入らない。
「うおっ」
倒れかけた。
全身が痛い。
セラは振り返った瞬間俺が倒れかけているのが見えた。
考えるより先に体が動いた。
ボロボロの身体で走って俺を受け止めようとする。
支えきれず一緒に倒れ込んだ。
「翼!ねえ、目開けて!」
リーゼは慌てて這うように近づいてきた。
震える手で俺に触れる。
「魔力枯渇と身体負荷の同時.....最悪のパターンじゃん.....」
返事はなかった。
気絶していた。
呼吸はあるが浅い。
顔色は蒼白を通り越して灰色に近かった。
「ゼノヴァ戦の再現」ーいや、今回のほうが悪い。
前回は骨折程度だったが今回は内臓にまでダメージが及んでいる可能性があった。
セラは俺を抱きしめたまま動かなかった。
泣いてはいない。
ただ唇が選えている。
「また、こうなる.....」
ポーチから魔力回復薬を取り出したが、首を振った。こんな状態で飲ませたら逆に毒だ。
「自然回復待ちしかない。.....下に降りよう。ここじゃ危険だ。」
小柄な体で俺を担ぎ上げようとした。
持ち上がらない。歯を食いしばってもう一度。
「私が、運ぶ。」
「う、うう….」
ゼノファの後と同じ、何かが俺の中を取り込もうとしていた。
まだ全身にカが入らない。
セラが俺が申いたのを聞いて顔を覗き込んだ。
瞳孔が開いている。
正気の目じゃない。
「リーゼ、これー」
リーゼが駆け寄って俺の額に手を当てた。
眉が跳ね上がる。
「魔気!?オルドの残滓が体内に入って
る!」
魔族が死ぬ際、その魔力の残滓が周囲の生物に取り憑くことがある。
本来なら微量で自然に消えるものだが、消耗しきった俺の身体では抵抗力が足りなかった。
まるで毒蛇が血管の中を這い回るように、何かが意識の奥を侵食しようとしている。
指先に光を灯して俺の中の気を探った。
舌打ち。
「深いとこまで入り込んでる.....あたしの浄化じゃ届かないかも。」
俺を地面に横たえて胸に耳を押し当てた。
心音を確かめている。
弱いがまだ動いている。
「どうすればいいの。ねえリーゼ。」
唇を噛んだ。
考えて、考えて。
「光属性の魔力じゃないと無理。それもかなり強力な。あたしもセラちゃんも足りない。でもこの近くに一」
リーゼはは思い出した。
母の手紙に書かれていた名前。
エルデリアの叡智の塔。そこにいるという人物
エルデリア
俺の体はいつまで持つかわからない。
もう限界に近い。
「カハッ」
内臓出血、全身骨折その他の致命傷の数々で身体中が軋む。
俺が血を吐いた瞬間、迷いが消えた。
「セラちゃん、走るよ。」
セラは即座に俺を背負った。
今度は持ち上がった。
火事場の馬鹿力だったのかもしれないし、俺自身の体重がもう軽すぎるのかもしれなかった。
走りながら地図を広げた。
目が据わっている。
エルデリアまで馬で三日。
歩いたら五日。.....でもそんな余裕ない。
背中で聞こえる俺の呼吸がどんどん弱くなっていく。それが怖くて仕方なかった。
それでも足を止めなかった。
止めたら終わりだとわかっていた。
リーゼが震えた声で。
自分に言い聞かせるように。
「転移門。この先の街に一つだけある。金貨五百枚かかるけど知ったことか。」
走る。走る。
「お金ならある!全部使っていい!」
リーゼが涙を拭いもせず。
「足りなかったら借金でも何でもする。ーお兄さんが死んだら意味ないんだから。」
二人は来た道を全速力で引き返した。
背負われた俺はもう呻き声すら上げなくなっていた。
エルデリア到着
俺は生きているのか自分自身でもわからなかった
エルデリア。
大陸最大の学術都市にして聖職の総本山。
白い石造りの建築群が夕陽に染まっていたが、二人に景色を楽しむ余裕はなかった。
転移門の使用料金は金貨四百八十枚。
残りをかき集めて足りたのは奇跡だった。
街に入った瞬間セラは叫んだ。
恥も外聞もなかった。背中のたすきから血が滴り続けている。
「誰か!誰か助けて!この人死んじゃう!」
通行人が振り返り、衛兵が駆けてきた。
「叡智の塔」という言葉をリーゼが叫ぶと、一人の老司祭が案内を買って出た。
石畳の坂を全力で登ること五分。
巨大な塔の門前に辿り着いた。
門を叩いた。
拳が割れそうなほど強く
「開けて!お願い!人が死にかけてるの!」
重い扉が内側から開かれた。
出てきたのは若い女。
白い法衣に金の刺繍。
穏やかな目が三人を見て、俺を見て、一瞬で鋭くなった。
セラが女にすがるような目を向けた。
「助けて。この人を助けてください。お願いします。」
女はたすきに歩み寄り、額にかざした指が淡く光った。
数秒の沈黙。
女の顔に浮かんだのは一深刻さと、わずかな希望が入り混じった複雑な表情だった。
名をフィオナといった。
叡智の塔の筆頭聖術師にして、大陸でも五指に入る浄化の使い。
彼女は俺を塔内の治療室に運び込ませると、即座に術式を展開した。
術式の詠唱を続けながら、傍らの助手に矢継ぎ早に指示を飛ばした。
「聖水を三つ。聖布も。あと骨接ぎの準備を。内臓の損傷がひどい一正直ここまで生きてるのが信じられない。」
セラはその時治療室の隅で壁にもたれていた。
俺から離されたくなかったが、「邪魔です」の一言で追いやられた。
膝を抱えて震えていた。
リーゼは反対側の壁に背をつけて座っていた。
虚脱状態。
魔力はとっくに空で、指一本動かすのも億劫だった。
数時間が経った。
窓の外が暗くなり、月が昇り、また沈んだ。
フィオナの術は途切れなかった。
額に汗を浮かべ、何度も術をかけ直しながら。
ようやく手を下ろしたのは朝方だった。
長い息を吐いて、振り返る。
「気の除去は完了しました。身体の修復も。......ただ、目を覚ますかどうかは本人次第です。魂がまだこちら側に戻ってきていない。」
顔を上げた。目の下に隈ができている。一晩中祈っていた。
「戻って、きますか。」
「わかりません。」
フィオナは静かに返した。
「セラ、リーゼ」
俺は微かに声を上げた、まだ目は覚めていない。俺は一体何をしているんだ?
びくりと顔を上げた。
聞き間違いじゃないかと耳を疑った。
椅子から転げ落ちるようにベッドに駆け寄る。
「翼?翼、聞こえてる?私だよ、セラだよ!」
リーゼが壁からずり落ちかけて体を起こした。
寝ぼけた目をこすって。
「え....今、名前.....」
フィオナも驚いた顔で振り返り俺の様子を確認した。脈を取る指に力がこもる。
「脈が繋がりましたね。......お二人とも、声をかけ続けてください。」
ベッドの縁にしがみついた。
目から涙がぼろぼろ溢れていた。
「帰ってきて。お願い。まだ何も返せてないでしょ。借りがいっぱいあるんだから.....勝手にどっか行かないでよ.....」
リーゼもふらふらとベッドに近づいた。
いつもの軽口も出てこない。
小さく、掠れた声。
「お兄さん。.....あんたがいなくなったら、あたしらどうすんのさ。」
目が覚めた。
まだ視界がぼやける。
「ここは、どこ?!セラ、リーゼは?!」
俺の間抜けな第一声に涙でぐしゃぐしゃの顔のまま吹き出した。
「ここだよ!目の前にいるでしょ馬鹿!」
リーゼは反対側から顔を出した。
こちらも目が真っ赤だった。
「あんた今自分がどんな状況かわかってる?三日間寝てたんだよ三日間。」
白い天井。
聖水の匂い。
柔らかい寝台。
どうやらどこかの施設らしい。
俺は包帯でぐるぐる巻きにされており、右腕は添え木で固定されていた。
フィオナが部屋の入口に立っていた。
腕を組んで微笑んでいるが、その奥に疲労の色がある。
「おはようございます。気分はどうですか?お二人が交代でずっと看病されていたんですよ。特にそちらの銀髪のお嬢さんは一睡もされていません。」
ぎくっとした。図星だった。
それを聞いた時俺はセラを抱きしめた。
「ごめん、ごめん、俺が弱いばかりに無理をして
涙が溢れてセラの肩が濡れるもう、無理しないからさ」
抱きしめられた瞬間、張り詰めていたものが全部切れた。
声を上げて泣いた。
子供みたいに。
「無理しないって.....嘘つき.....どうせまた同じことするくせに....」
否定できなかった。
それがわかっているからセラも余計に泣いた。
俺もわかっているから謝り続けた。
リーゼは二人を見て少し目を伏せた。
それからわざとらしく咳払いして。
「あのー、感動の場面のところ悪いんだけど。あたしもいるんだけどなー。」
フィオナはくすりと笑って部屋を出ようとした。
「十分ほど外しますね。」
扉が閉まった。
朝日が窓から差し込む治療室で、二人はしばらくそのままだった。
セラのだけが響いていた。
やがて少しずつ声のトーンが落ちていって、最後にぽつりと。
「.....もう置いていかないって約束して。」
涙を拭った
「ああ、約束する。」
セラは俺から離れた。
目は腫れていたが、どこかすっきりした顔をしていた。
身をすすって小指を差し出した。
「指切り。」
十六歳の勇者はこういうところだけ年相応だった。




