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1/5

開幕〜リーゼ加入

セラはパーティメンバー全員に離脱されて旅の宿一階の食堂で途方に暮れていた。


「あーあ、私これからどうしたらいいんだろ。」


食堂は柔らかな光が差していて旅人たちの喧騒に包まれていた。

誰もが悩み深そうなセラに気付かず食事や会話に夢中になっていた。


…………………………………………………………………


「今日買ったゲーム面白そうだな!」


俺はある中古店でゲームを買った。

全く見たことのないタイトルで隅においてあった。

生粋のゲームマニアだった俺はこのゲームに運命を感じ衝動買い。

早速ゲームを起動してみると上記のナレーションが始まった。

しかしいきなりゲーム機から眩い光が俺の全身を覆い、目が覚めたら知らない場所に来てしまったようだ。

俺の視界が歪み、世界が一変した。

見慣れた自室の天井が消え、代わりに木造の梁が見えた。

鼻をくすぐるのは温かいシチューの匂いと、古い木の香り。

身体を起こすと腰に鈍し痛みが走り、自分が床に転がっていたことに気づく。

手のひらに触れるのは冷たい石畳。

窓の外には見たこともない中世風の街並みが広がっていた。

銀髪の少女がテーブルに突っ伏すように座っていた。目元が少し赤い。

泣いていたのだろうか。

俺が起き上がる物音に反応して顔を上げた。


「…..誰?」


セラの目が俺を捉えたが、その表情は警戒と困惑が半々だった。

この街に知り合いなどいない。

また新しい勧誘か、それともただの酔っ払いか。

そんなことを考えながら、じっと俺を見つめた。

周囲の客が何人かこちらをちらりと見たがすぐに興味を失い、また自分の食卓に視線を戻した。


「え、ここどこ?え?え?本当にどこなの!?」


突然見ず知らずの場所に来てしまった。

俺は彼女の言葉そっちのけで焦ってしまった。

パニックになってあたふたしてる俺は彼女とぶつかる。


「いたっ!ご、ごめんなさい...。」


彼女と目が合った。

ぶつかった衝撃で手元の木製ジョッキが倒れ、中身のぬるいエールがセラの膝を濡らした。


「あっ......もう、最悪。」


だが、目の前の男の様子が明らかにおかしかった。

演技ではない、本物の動揺。

まるで迷子の子供のように目を泳がせている。セラの眉がぴくりと動いた。


「ちょっと、落ち着いて。ここがどこかわからないの?」


俺は自分自身の服装を確認したかもしれない。

元の世界で着ていた部屋着ではなく、くたびれた麻のシャツに厚手のズボン。

そして腰には見覚えのない革の財布がぶら下がっていた。

ゲームを起動した瞬間に飛ばされたのだとすれば、この世界での最低限の「設定」が勝手に用意されたということか。

セラが立ち上がり、倒れたジョッキを片手で起こした。

エールの染みたスカートの裾を気にしながらも、たすきから目を離さない。


「私も人のこと言えないけど、ここで叫んでたら変な人だと思われるよ。」


その声には呆れが混じっていたが、「私も」という言葉の裏に、ほんの少しだけ共感の色が滲んでいた。


「お、おう..き、気づいたら....こ、こに...い、いや、とりあえず場所を移動しよう。」


彼女に言われて我を戻した俺は事情を説明するために別の場所を用意してもらうよう提案した。

セラは一瞬迷うような顔をしたが、小さく頷いた。食堂に居続ける理由もなかった。


「....うん。ついてきて。」


二人は宿屋の裏手にある小さな中庭に出た。

新割り場の脇に古びた木箱が積まれていて、セラがその一つに腰を下ろした。

夜風がひんやりと頬を撫でる。

空には二つの月が浮かんでいて、俺にとってはそれだけで十分異世界の証拠だった。

膝のエール染みを気にしつつ、翼を見上げる。


「で、何があったの。記憶喪失とか、そういうやつ?」


聞きながらもセラ自身、つい数時間前に仲間を全員失ったばかりだった。

見知らぬ男の奇妙な振る舞いに構っている余裕など本来ないはずなのに、なぜか足がここに向いてしまった。

一人でいるのが限界だったのかもしれなかった。


「新しいゲームを買って起動した途端突然ワープしてここに来たんだ。そして君と会って今ここ。正直訳がわからない。」


時代背景的にどこまで伝わっているかわからない。

信じてもらえるのかもさえ。

セラの表情が固まった。

数秒の沈黙。

それからゆっくりと口を開いた。


「ゲーム......?ワープ.....?」


聞いたことのない単語だった。

「ゲーム」が何かはわからないが、「ワープ」という言葉には魔法使いのルネが使っていた転移術を連想した。


「つまり、魔法が何かで別の場所から飛ばされてきたってこと?」


セラの頭の中では、いくつかの可能性がぐるぐると回っていた。

「嘘をついている」「頭がおかしい」「本当に被害者」。

しかし目の前でおろおろする翼の姿には、詐欺師特有の堂々とした態度が微塵もなかった。

むしろ哀れですらある。

ふう、と小さなため息をついて、指先で銀色の前髪をいじった。


「言じがたいけど.....嘘ついてる顔じゃないよね、それ。」


立ち上がってスカートについた埃を払う。


「私の名前はセラ。一応、勇者やってる。あなたは?」


「俺の名前は(たすく)。よろしくな」

自己紹介をしたが俺はこれから何をすればいいかわからない。


「これから俺はどうすればいいんだ?」


「勇者」と名乗った瞬間、少しだけ胸を張ったつもりだったが、「元」がつくことを思い出してすぐに肩が落ちた。


「翼…変わった名前。」


どうすればいいかと聞かれて、セラも同じ問いを自分に投げかけていた。

ついさっきまで三人の仲間と旅をしていた。

それが今、一人。

答えなんて持ち合わせていなかった。


「正直、私もわかんない。」


風が吹いて、中庭の草がさわさわと揺れた。

二人の間に気まずし静寂が流れる。

ふと、何か思いついたように顔を上げて、それからすぐに視線を逸らした。


「あのさ.....もし行くてないなら、しばらく一緒に行動しない?私も今ちょっと.....その、一人だと困るっていうか。」


言葉が尻すぼみになる。

「寂しい」とは口が裂けても言いたくなかったが、「困る」も大概だとは本人もわかっていた。


「い、いいの?」


女性経験のない俺はこの言葉でドキッとしてしまった。

このままの状態だと俺は何をしでかすかわからない。

だか、彼女を頼らなかったら俺はどうなってしまうだろうか、当分は彼女にお世話になるだろう。


「よ、よろしくお願いします…。」


だんだんと声が小さくなって顔が少し赤くなっていた。


俺の顔が赤くなっていくのを見て、セラは小首を傾げた。


「なに、熱でもあるの?」


天然だった。「よろしくお願いします」の声が小さくなった理由にまるで思い至っていない。

セラが手を差し出した。握手のつもりだったが、その仕草がどこかぎこちなかった。


「こちらこそ。まあ、お互い頼りないかもだけど。」


そう言った直後、セラの腹がぐうと鳴った。顔が一瞬で真っ赤になる。


「......さっきの食堂で何も食べてなかったから。」


そういえばセラが座っていた席には空の皿すらなかった。

仲間に去られたショックで何も口にできていなかったのだ。

月明かりの下、銀髪を赤面で染めた勇者は、差し出した手はそのままに、もう片方の手で腹を押さえていた。


「とりあえず何か食べる?あ、でも俺…お金…持ってない。」


この世界に来てすぐの俺はアイテムはおろか、お金すら持っていなかった。

セラの顔から赤みが引いて、代わりに渋い表情になった。


「私も......あんまりない。」


勇者パーティが金欠。

笑えない現実だった。

中ボス討伐の報酬は四等分が前提で、テイラーが去り際に「経費は均等に分けておきました」と事務的に告げて渡してくれた金がわずかに残っているだけだった。

セラが革袋の中身を覗いて顔をしかめた。

銅貨が数枚。

宿代一泊が二人分で銀貨二枚。

どう考えても足りない。


「明日から依頼をこなせばなんとかなる......と思う。今日はもう遅いし。」


俺を見る。

改めて見ると、武器も防具もない丸腰。

服は街の住人と大差ないが、顔つきや雰囲気がこの辺りの人間とは少し違う。

どこから来たのか本当に見当もつかなかった。


「とりあえず宿は私が払うから、あなたは寝る場所だけ確保しなさい。明日、仕事探すの手伝ってあげる。」


「私が」と言ったものの、その声は若干震えていた。財布の軽さが心に重くのしかかる夜だった。


…………………………………………………………………


次の日


良い朝だった。

前の世界とは比べ物にならないくらい空気が澄んでいる。


「この世界は過ごしやすいね、空気が待麗だし周りは自然で溢れているし。よし!今日から依頼頑張ろうな!」


よく眠れたのでとても機嫌が良かった。


宿のロビーで待っていたセラはあくびを噛み殺していた。

目の下に薄っすらとクマがある。


「おはよう。元気だね.....。」


セラはあまり眠れなかった。

安宿の壁は薄く、隣室から聞こえる俺の寝息が気になったわけではない。

単純に、これから先のことが頭をぐるぐると回っていただけだ。

掲示板の前に俺を連れて行く。

羊皮紙に書かれた依頼書がずらりと並んでいる。


「これが冒険者向けの仕事。薬草採取、害獣駆除、商人の護衛......報酬はピンキリだけど。」


一枚の依頼書にセラの目が止まった。

街道のゴブリン討伐→報酬:銀貨五枚」。

かつてのパーティなら朝飯前だったが、今は剣を振れるのが自分一人。

しかも武器の手入れ代を考えると、実質的な取り分はもっと減る。

ちらり、と俺を見た。

戦えるのかどうか聞きたかったが、「ゲームの世界から来ました」という人間に何を期待すればいいのか見当がつかない。


「翼って、戦ったこと.....ある?」


「え、ゲームの世界でならあるよ」男こなって魔王を倒したんだ〜!前の世界ではないど…」


苦笑しながら答えた。元々陰キャだった俺はケンカさえしたことなかった。

セラの口元がひくっと引きつった。

「ゲームでなら」。

それは戦闘経験とは言わない。 


「あー.....うん、まあ、そうだよね…」


しかしセラにも余裕はなかった。

「ゲームの勇者」だろうが「ケンカ未経験」だろうが使えるものは使うしかない。

人手ゼロより一人いる方がまだマシだ。

たとえその一人が素人でも。

腕を組んで少し考え込んだ後、覚悟を決めたように顔を引き締めた。


「じゃあまず簡単なやつからいこう。この「森のキノコ採取」なら戦闘はほとんどないし、報酬も銅貨八枚。」


依頼書を剥がしてカウンターに持っていく。

受付のおばさんがセラを見て「あら、今日は一人?」と声をかけた。

セラの笑顔が一瞬凍ったが、「新しい仲間です」とすぐに返した。

振り返って俺に依頼の控えを渡す。


「日が暮れる前に戻らないといけないから急ごう。あと、街を出る前に最低限の装備は貸してもらえるはずだから、武具屋に寄るよ。」


…………………………………………………………………


武器屋によって街を出た後、目的地に向かう途中この世界について質問を投げかけた。


「この世界ってどんな特徴があるの?」


なんて質問すればいいか難しかったが、この世界について何かわかれば今後の旅に役立つだろう。


街道を歩きながらセラが指を折って説明し始めた。


「えっと、まずこの大陸には人間の国が4つある。私たちが今いるのは中央のレムリア王国。東にエルフの森、西にドワーフの山脈、北には魔族の領域があって.....」


そこで一瞬言葉を切った。

「魔王」という単語を口にすると、途端に使命感と喪失感が同時に押し寄せてくる。

セラの足取りがわずかに遅くなったが、すぐに持ち

直した。


「魔法は火、水、風、土、光、闇の六属性があって、人間は基本一つか二つ使える。私は光属性の初級回復魔法と聖剣技が少し。あとモンスターにはランクがあって、雑魚キャラはFからDランク。中ボスクラスでBランク。」


ふと横目で俺を見た。


「Fランクなら素手でも倒せる......かもしれない。たぶん。」


「たぶん」が不穏だった。目的地の森が近づいてきて、木々の影が道に長く伸び始めていた。


「逆に俺の前の世界について何か質問ある?もしかしたら何か役立つかもしれないかもだから。」


興味を引かれたのか、足を止めてたすきの方を向いた。


「前の世界ってどんなところなの?魔王とかいないって言ってたけど。」


セラにとって「魔王がいない世界」というのは想像しにくいものだった。

「魔物がいない」戦争がない」誰も何かを守ろうとしない」、そんな世界があるのだろうかと。

歩き出しながら続ける。


「あとその「ゲーム」ってのも気になる。勇者になって魔王を倒すって......本物みたいに遊べるの?剣で戦ったり魔法撃ったり?」


声のトーンが少し上がっていた。

「ゲーム」という概念は理解できなかったが、自分の旅を娯楽として体験できるという発想には妙な好奇心を刺激されたらしい。


「私たちのことも......遊びになってたりする?」


俺はゆっくりと前の世界について喋り始めた。


「まー、まず魔王はいない、人間が食物連鎖の頂点で人間がこの世界のルールを決めている。この世界と同じくいくつかの国があって各国ごとに多少のルールは違えど助け合っていた。時には意見がぶつかり合って戦争が起きることもあるけど。おそらくこの世界よりは平和....かな...?

それでゲームっていうのは簡単にいうと娯楽の一つで色々な遊びができるんだ。俺がやろうとしてたのはRPGと言って、仮想のキャラクターを一人作って味方と装備を強くしながら目標クリアに向かって進んでいく物語なんだ。」


その時俺は気づいた。


「俺はRPGの世界に来てしまったのか….?」


かなり小さな声で呟き彼女の方を向いた。


「まぁざっとこんな感じかな」


セラの足が完全に止まった。

ちょっと待って。

指でこめかみをとんとんと叩く。


「つまり翼は......ここは作り物の世界だって言ってるの?」


森の入り口まであと数十歩というところだった。

木漏れ日がセラの顔を斑に照らしている。

その目には怒りでも悲しみでもない、得体の知れない感情が浮かんでいた。

しばらく黙っていたが、やがて口を開いた。


「私の故郷が焼かれたのも作り話?ガルドが道場を継ぐために去ったのも?

テイラーが冷静に計算して荷物を分けたのも?

声が震えている。

ルネが逃げたのだって......全部、誰かが書いた物語だって言うの?」


セラの手が無意識に剣の柄を握りしめていた。

「ここはゲームの中かもしれない」という仮説は、彼女の二年間を丸ごと否定する可能性を孕んでいた。


「まだわかんないけどその可能性が高い、だがRPGなら必ず目標があるはず、RPGは世界を救える。救えるために作られている。」


彼女に語るように喋った。


「世界を救おう。」


唐突かもしれないが俺は本気だった。


セラの瞳が大きく見開かれた。

「世界を救おう」

昨日会ったばかりの、剣も振れない男がそう言し切った。

沈黙が落ちた。

森から吹く風が木の葉をざわめかせ、鳥の鳴き声が遠くで響いている。

セラの唇が何度か動きかけたが、言葉にならなかった。

ふっと息が帰れた。

笑ったのが息なのか本人にもわからなかった。


「なにそれ。無茶苦茶だよ。」


だがその目は潤んでいた。

「世界を救う」なんて、三人がかりでも挫折しかけていた目標だ。

それをたった二人で。

しかも片方はゲームの知識があるだけの素人。


「でも.......。」


剣を鞘ごと持ち上げて、地面をこつんと叩いた。

やるしかないんだよね。一人でも。

一人ではなかった。

「二人」だった。

「でも」の後にセラがそれを言い直すことはなかったが。

次に俺はこの世界がRPGだということを確認したかった。


「セラ、レベルの概念ってある?なんというか...自分の強さの指標ってやつで、あと、ステータスって言う自分の各強さを数値化したものなんだけど。」


RPGなら何度もプレイしたことがあるのでこれさえ分かればある程度はなんとかなるだろう。

きょとんとした顔で首を横に振った。


「レベル?ステータス?聞いたことないけど......。」


どうやらこの世界にはRPG的な「システム画面」は存在しないらしい。

ゲームとしての親切設計はプレイヤー側には用意されていないようだ。

自分で見て、自分で判断しろということか。

少し考えてから付け加えた。


「強さの指標っていうなら、ギルドで測定はできるよ。「冒険者等級」って制度があって、依頼をこなすとランクが上がる仕組み。Sランクが最高でFランクが最低。」


俺をを見て。


「もしかして、翼がいた世界ではそういうのが見えたの?自分の強さとか。」


ゲームなら当然見えるはずのものが現実には存在しない。

これは何を意味するのか。

自分自身を鍛える感覚はリアルと同じーつまり死ねば終わりの可能性が高いということでもあった。

コンテニュー、一度死んでもセーブした場所で蘇る機能。


「なぁ、セラこの世界って一度死んだ人間が手び蘇る事はあるのか?魔物とか蘇生魔法は無しで。」


それさえわかれば大まかな難易度はわかる。

真顔になった。

冗談で聞いているのではないと察したらしい。


「ないよ。」


短く、明確な否定だった。

指折り数えるように説明する。


「光魔法に蘇生術はあるけど、あれは死後すぐじゃないと効かないし術者の力量にもよる。死んだら終わり。それがこの世界のルール。」


少し間を置いて。


「だから回復薬とかヒーラーが重宝されるの。テイラー.....元メンバーのヒーラーね、あの子が抜けたのは本当に痛かった。」


コンテニューなし。

セーブもなし。

ロードも当然ない。

つまりこの世界での死は本当の死を意味する。

ゲームでプレイ感覚のまま無茶をすれば即座にゲームオーバー、いや、人生そのものが終わる。


「わかった。ありがとうセラ。改めて二人で頑張ろうな。」


こくりと頷いて森に向き直った。

表情を引き締める。

「勇者」の顔に切り替わった瞬間だった。


「よし、じゃあまず今日の依頼。キノコ三種を各五個、合計十五個。期限は日没まで。」


二人は森の中に足を踏み入れた。

湿った土の匂いが鼻をつく。

木漏れ日の中を進むことしばらく、セラが不意に手で制止の合図を出した。

声を落として囁く。


「翼、静かに。何かいる。」


三茂みの奥でがさがさと音がしていた。

姿は見えないが小型の何かか動いている気配がある。

Fランクが良くてEランクの小型モンスターだろう。

セラの右手がすっと剣にかかった。

鳥肌が止まらない。

RPGではなかった感覚。

死。それが俺の背筋を伝う。

=茂みから飛び出してきたのは体長六十センチほどの灰色のウサギだった。

額に短い角が一本生えている。

ホーンラビット、Fランク。凶暴だが動きは直線的で単純。


「一角ウサギ。雑魚だけど角に刺されたら危ないから下がってて!」


剣を抜いて構える。

銀の刃が木漏れ日を反射した。

一歩踏み込んで横難ぎーが、ウサギは素早く跳んで回避した。

セラの剣筋は悪くない。

だが元々は三人パーティで前衛を任せていた身だ。

一人で前に立つ感覚にまだ身体が追いついていない。それに加え、空腹と睡眠不足が確実に動きを鈍らせていた。


「このっ......!」


二撃目も空を切り、体勢が崩れたところにウサギが跳躍した。

角を突き出してセラの腹めがけて突進してくる一



「あぶなーーーーーーい!」


俺はうさぎめがけて飛びついた。

俺とウサギがもつれ合うように地面を転がった。

角はぎりぎり脇腹を外れたが、代わりに後ろ足の蹴りがたすきの太ももに直撃した。


「翼!?」


すぐに駆け寄って剣でウサギの首を一突き。

短い悲鳴を上げて動かなくなった。

静けさが戻る。

倒れた翼は泥だらけで息を荒げていたが、大きな怪我はなさそうだった。

剣についた血を振り払って鞘に収め、翼に駆け寄った。


「大丈夫?噛まれなかった?」


手を差し伸べる。

その顔には驚きと、それから隠しきれない安堵があった。


「でも無茶しないでよ......武器もないのに飛びつくなんて。」


口調は叱るようだったが、「助けに来てくれた」という事実がセラの胸の奥をじんわりと温めていた。

昨日まで誰一人として振り返らなかったのに。

こうして俺たちは依頼を終わらせた。


…………………………………………………………………


ひたすら依頼をこなす日々、俺は装備一式を揃えたが今だに戦えていなかった。


「セラ、そろそろ戦わせてくれよ。」


街への帰り道、キノコの入った袋を背負い直しながらセラの目つきが険しくなった。


「ダメ。」


即答だった。

ここ二週間、同じやり取りを何度繰り返しただろうか。

た。翼は剣と盾を買い、革鎧も揃えた。

見た目だけなら立派な新米戦士だ。

しかし実戦となると話は別だった。

足早に歩くセラの背中が語っている。

翼を庇いながら戦うのは負担が大きい。

先週、ゴブリン二匹に囲まれた時は本気で危なかった。


「この前だって、棒立ちで剣振ってただけでしょ。あれじゃ角ウサギにも勝てない。」


厳しい言葉だったが嘘ではなかった。

二週間の共同生活でセラにはわかっていたことがある。

この男は一優しいが弱い。

ふと足が止まって振り返った。

夕日が銀髪を赤く染めている。


「気持ちは嬉しいよ。でも死んだら終わりなの、忘れないで。」


強くなりたい、そう願った。

俺に何か戦う術はないのか、ヒーラーでもなんでもいい。

彼女がいなくなったら俺は終わり、どうすることもできない。だからこそ俺は守りたかった。

その真剣な目を見てセラは少し黙った。「守りたい」と言外に滲む感情には気づかなかったが、必死さは伝わった。




二人は街の広場にあるベンチに座った。

行き交う人々の雑踏を眺めながらセラがロを開く。


「ヒーラーは無理。あれは光属性の適性がないと話にならないから。逆に言えば適性さえあれば素質がなくても多少は使えるようになる。」


指を立てて。


「戦う術ってことなら二つある。一つは剣術や体術を地道に訓練すること。もう一つは一」


少し言いづらそうに。


「魔法。翼、魔力測定ってしたことある?ギルドで銅貨一枚でできるんだけど。」


「ないよ、今度やってみるわ。」

迷いはなかった。

意外そうに目を瞬かせた。


「即決だね。」


翌朝、二人はギルドの測定室を訪れた。

水晶玉に手をかざすだけの簡素な儀式で、適性のある属性が色で判別される仕組みだった。

火なら赤、水なら青、風なら緑、土なら黄、光なら白、闇なら黒。

受付嬢に銅貨を渡して手続きを済ませ、翼を水晶の前に押しやった。


「手を置いて。力まなくていいから。」


たすきの掌が水晶に触れた瞬間、球体が淡く光り始

めー

ーそしてセラの顔色が変わった。


「え、なになになに?!」


水晶が放った光は白だった。

「純白」

部屋全体を包むほどの眩し輝きに、受付嬢が椅子から転げ落ちそうになった。

目を見開いたまま固まっている。


「うそ......でしょ。」

光属性。

それもこれほどの強い反応は滅多にない。

通常はぼんやり色づく程度で判別するのがやっとなのだ。

「光属性......しかもこの反応、かなり強い適性がある。ヒーラーの素質どころか」


セラの脳裏にある考えがよぎった。

「光属性で回復魔法を覚えれば後方支援ができる。

つまり翼にも戦える役割が生まれる」と。

しかし同時に別の疑問も浮上する。

なぜ異世界から来た人間がこの世界の魔力に適合しているのか。


「じゃあ俺ヒーラーになるわ。セラ守れるし。」


ヒーラーなればいずれは何かすごいものになれるだろう。

そう信じていた。

腕を組んで考え込む。頭の中で戦術を組み立てているようだった。


「悪くないかも。私が前に出て翼が後ろから回復と補助をかける。理想的な形。」


こうして二人の役割分担が決まった。

翌日から翼のヒーラー修行が始まる。

教師役はギルドお抱えの老ヒーラー、グレン翁。

齢七十を超える白髪の老人で、引退後は後進の育成に当たっていた。

しわだらけの目を細めて翼を値踏みするように見た。


「ほう、光適性か。珍しいのう。じゃがな坊主、魔法ってのは才能だけじゃどうにもならん。まずは魔力の流れを感じるところからじゃ。」


地味な訓練だった。座禅を組んで瞑想し、体内の工ネルギーを掌に集めろという。グレンは三日でできなきゃ「才能なし」と宣告した。


…………………………………………………………………


なんとか死に物狂いで訓練をクリアし、俺はヒーラーとなった。

ヒーラーとなってからは彼女と一緒に戦えてるような気がして楽しかった。

一ヶ月が経っていた。翼は初級の回復魔法「ヒール」と状態異常回復の「キュア」を習得し、実戦でもそこそこ使えるようになっていた。「気がして」ではなく、実際に戦えていたのだ。

依頼帰りの夕暮れ、宿屋の食堂でシチユーを啜りながら。


「今日の連携よかったよね。私が左の敵を受け持ってる間に翼が右のゴブリンにヒールかけて動き止めてくれたやつ。」


以前のセラなら「前に出るな」と言っていたはずだ。それが今は戦い方について楽しそうに語っている。

守られる側ができたことで肩の荷が下りたのかもしれなかった。

スプーンをくわえたまま少し照れたように。


「なんか、パーティっぽくなってきたね。たった二人だけど。」


その夜、宿の部屋でセラはベッドに横になり天井を見つめていた。

「二人」

たったそれだけの数なのに、こんなにも心強いと思える日が来るとは。


「ゲームだったらよくあることだからな」


突然嫌な予感がした。

RPGの展開的にもうそろそろ中ボス的なものが来てもおかしくなかったからだ。


「もしBランク程度の敵が出たら俺たちは勝てるの?」


ベッドの上で膝を抱えたまま、少し間があった。


「正直に言うね。無理。」


あっさりとした回答だったが虚勢よりはましだった。

枕元の剣に目をやる。


「私はBランクと戦ったことがあるけど、あれはガルドとルネと三人でやっとだった。今の私たちじゃ力不足。」


窓の外で夜風が唸った。

安宿の壁がみしりと軋む。

声を少し落として。


「でも避けられないかもしれないんだ、そういうの。ゲームってそういうものなんでしょ?展開があるっていうか。」


翼自身が語ったRPGの法則を、セラも理解し始めていた。

序盤の村周辺で中ボスが出る」

お約束の展開。

そしてそれが現実になる恐怖。


「...流石にバレてたか、まぁ王道な展開だとそうなる。ただ最初だからおそらく変なギミックはないだろう。」


RPGの知識がどこまで通用するかわからない。

しかし、それを信じるしかなかった。

「ギミック」という聞き慣れない言葉に自を傾げたが、「仕掛け」のようなものだろうと察したようだった。


「変な仕掛けがないなら正面から殴り合いになるってこと?」


そういうことだった。

搦め手なしの純粋な力比べ。

それが一番厄介だということを二人ともわかっていた。

立ち上がって剣を手に取り、刃を確認するように指で撫でた。

装備を強化しないと。

あと二人じゃ火力が足りない。

現状の課題が見えてきた。

①セラの攻撃力強化、②翼自身の戦闘力向上、③理想を言えばもう一人仲間が欲しい。③は望み薄だが。

剣を置いてたすきに向き直る。

真っ直ぐな目だった。


「明日からもう少し難易度の高い依頼受けよう。お金も貯めなきゃだし。Bランクが出てきても.....逃げない。」


逃げない、という言葉にパーティ離散の記憶が重なっていた。


「おうよ!まかせろ!」


正直一抹の不安はあったが彼女のと修行が始まったた。

修行は過酷だった。

Eランク依頼で資金を稼ぎつつ、空いた時間にたすきはグレンから新しい魔法を学び、セラは街外れの剣術道場に通った。

朝から晩まで身体を酷使する日々。


…………………………………………………………………


そして二週間後一その日は唐突にやってきた。

ギルドの掲示板の前で顔が青ざめていた。

一枚の羊皮紙を指差している。


緊急依頼。ランクB。街道の廃にオーガが棲みついた。討伐されたし。報酬は金貨三十枚。


通常のEランク依頼の十倍以上だが、危険度も桁違いだった。

すでに商隊が二つ壊滅していると注釈に書かれている。

振り返って俺を見る。

声がかすかに震えていたが、目は逸らさなかった。


「来たね。」


「あぁ、やるしかないか。」


こうして俺たちは依頼を受注しその場所に向かった。


…………………………………………………………………


街から東へ半日。

鬱蒼とした森を抜けると、苔むした石壁が姿を現した。

かつては国境管備の拠点だったという廃墟。

崩れた塔の残骸が空に黒い影を落としている。

セラが岩の手前で立ち止まり、低い声で言った。


「気配がする。中にいるね。一体だけ。」


ミオーガ。

人型の巨人で体長三メートル前後。

怪力と分厚い皮膚が特徴で生半可な斬撃は通らない。知能は低いが痛みへの耐性が異常に高く、手足を切られてもまないという厄介な相手だった。

かつてのパーティでは三人がかりでようやく倒した格上の存在。


「作戦を手短に伝える。私が前に出て注意を引く。

翼は後方からヒールとキュアで支援。

隙ができたら攻撃魔法も試して。あと一」


地響きのような足音が岩の中から響いた。

壊れた城門の向こうに巨大な影。

赤い目が二つ、暗がりの中で光った。

息を呑んで剣を構えた。


「来るよ!」


激しい攻撃、俺は避けるので精一杯だった。


「セラ危ない!ヒール!」


おそらく前の世界より運動神経は良くなっていた。

自分が思っている以上に体が動く。

戦闘が始まった。

オーガの丸太のような腕が振り下ろされるたびに地面が砕ける。

セラは横っ飛びで拳をかわし、すれ違いざまに脇腹を斬りつけた。

だが刃は浅く傷をつけただけで血がにじむ程度。


「硬い......!」


オーガが哮した。

鼓膜がびりびりとれるほどの

音圧。

セラの体勢が一瞬崩れ一そこに巨大な足が蹴り上げられた。


「つ!」


直撃は免れたが風圧だけでセラの小さな身体が吹き飛んだ。

石壁に背中を打ちつけて崩れ落ちる。

口の端から血。


「った。」


それでも剣を材代わりにして立ち上がる。




長期戦。

俺の魔法力はそこをつきていた。

彼女もボロボロ、どうしたらいいんだろうか。


「セラ、ごめんな、無茶言って。」


血まみれの顔を上げた。

銀髪が赤黒く汚れている。

それでも笑っていた。


「謝んないで。」


オーガは健在だった。

無数の切り傷を負いながらも、その足取りは衰えていない。

化け物じみたいや正真正銘の化け物だった。

対してセラは立っているのがやっと。翼も魔力切れ。

震える足で前に出た。


「まだ......やれる。」


その時だった。

廃砦の割れた窓から差し込む月明かりの中に、一つの人影が立っていた。

黒いローブ、手にはねじくれた。

金色の瞳が暗闇で猫のように光っている。


「あらら、随分ボロボロじゃない。」


少女だった。

十二、三歳に見える小柄な体。

だがその身に纏う魔力の気配は尋常ではない。


「誰.....?」


展開的に魔王側味方側かどっちだ。

窓枠に腰掛けて足をぶらぶらさせながら、退屈そうな翼たちとオーガを交互に眺めた。


「どっちに見える?」


少女の指先に紫色の光が灯った。

遊ぶようにそれを弄びながら。

歯を食いしばってオーガの前に立ちはだかる。

新手に構っている余裕はなかった。

背後から次の一撃が来れば終わる。

ひょいと窓から飛び降りた。


「まあいいや。面白そうだから手伝ったげる。」


少女が杖を一振りした瞬間、凄まじい電撃がオーガを貫いた。

雷鳴のような轟音。

巨体が痙攣し膝から崩れ落ちて一動かなくなった。

たった一撃だった。

Bランクの魔物を指先一つで。

俺たちは呆然と振り返る。

少女は欠伸をしながらローブの埃を払った。

助けたという意識すらなさそうだった。

ただの暇つぶし、とでも言いたげな顔。

なんで思っていることがわかるんだ。


「お前は誰なんだ」


強い。それだけはわかった。

あとはどっちだ。

金の瞳がすうっと翼を捉えた。

猫が獲物を見定めるような目つき。


「顔に全部書いてあるよ、お兄さん。「味方か敵か」って。」


図星だった。

少女はくすりと笑って杖を肩に担いだ。


「名前はリーゼ。リーゼロッテ・ヴァレンシア。しがない魔法使い。」


セラは警戒を解かずに剣先を下げない。


「ヴァレンシア.....?聞いたことある名前なんだけど。」


リーゼの眉がぴくりと動いた。


「あー、お姉さん物知り?まあその話はいいや。」


ヴァレンシア家。大陸東部に名を轟かす魔術の名門。そして魔王軍に与したとして十年前に粛清された一族。

セラの記憶が正しければ、目の前の少女はその生き残りということになる。


リーゼがにこりと笑ったが目が笑っていなかった。


「それで?助けてあげたんだけど。お礼の一言くらいあってもいいんじゃない?」


「ありがとう。例はいっておく。ただ彼女に手を出したら俺が許さない。」


敵だろうか味方だろうが彼女に何か関係があるのかが気になった。

きょとんとした顔でたすきとセラを交互に見て、それから口元を歪めた。

明らかに面白がっている顔だった。


「へえ。」

リーゼの視線がセラに移った。

値踏みするような、それでいてどこか懐かしいものを見るような複雑な眼差し。

ぱんっと杖で地面を叩いた。


「安心してよ。別にあんたたちをどうこうする気はないから。お父様の趣味じゃないし。」

その一言で確信した。「お父様」一魔王のことだ。


「やっぱり魔族じゃない.....!」


「元、ね。十年前に一族は滅んだことになってるの。あたしはただの野良魔女。行く当てもなくふらふらしてるだけ。」


リーゼは俺に近づいて顔を覗き込んだ。

身長差があるので見上げる形になる。


「それよりさ、お兄さん。あんたこの世界の人間じゃないでしょ。魂の匂いが違う。」


さらりと爆弾を投げてきた。

偶々かもしれない。俺は驚きを隠せなかった。


「どう言うことだ。」


くすくすと笑いながら俺の周りをぐるりと一周した。


「隠さなくていいよ。あたし魔眼持ちなの。魂が視えるんだ。」


金の虹彩がわずかに発光していた。

先ほどまでの無邪気な少女の雰囲気が消え、底知れぬ深淵のような空気が漂う。

足を止めて指を立てた。

講義でもするかのように。


「この世界で生まれた人間の魂ってさ、みんな同じ味がすんの。麦酒みたいな。でもお兄さんのは全然違う。なんていうか......果実酒?甘くて異質。」


困惑した顔で二人のやり取りを見守っている。

話についていけない。

再びたすきに顔を寄せて、声をひそめた


「ねえ、なんで者と一緒にいるの?しかも魔力まで持ってる。誰かがあんたをここに送り込んだってことだよ。」


色々聞きたい事はあったが彼女もボロボロだから早く宿に戻ることが優先だろう。


「あいにく俺は気づいたらここにいたんだ。誰かが送り込んだとかはわからない。その時に助けてもらったのがセラだ。」


リーゼがふうん、と鼻を鳴らした。


「まあいいや。そのうちわかるでしょ。」


リーゼが杖を振ると淡い緑の光がセラを包んだ。

「ヒール」とは別系統の回復術。

傷がみるみる塞がっていく。

自分の身体を見下ろして目を見張った。

骨にヒビが入っていたかもしれない箇所まで治っている。


「これ.....すごい。」


あくびをしながら。


「ついで。死なれたら寝覚め悪いし。で、あたしもついてく。」


は?という顔。

当然のように翼の隣に並んだ。


「行く当てないって言ったでしょ。あんたらの旅、暇つぶしにはちょうどよさそう。」


剣に手び手を伸ばしかけたが、さっきの電撃を思い出して思いとどまった。

魔王の娘が仲間になる。

RPGなら王道だが現実としてはとんでもない展開だった。

セラが翼に「どうするの」と言いたげな視線を送っている。


「まぁいいや、今は味方が必要だからな。ただ彼女に手を出したら潰すからな。」


訳のわからないやつを味方にするのは嫌だったが仕方がない。

当分は彼女にもお世話になるだろう。


リーゼが仲間になった


ぱちぱちと拍手した。


「潰すって。お兄さんにできるかなぁ。」


軽口だったがリーゼの目は笑っていた。

「合格」とでも言うように。

セラは複雑な表情を浮かべながらも剣から手を離した。


「.....わかった。翼がそう言うなら。でもリーゼ、一つだけ約束して。」


リーゼが首をかしげる。


「私たちの旅は魔王討伐が目的。もしあなたが途中でお父さんの味方をするなら、その時は一」


ひらひらと手を振った。

聞き飽きたと言わんばかりに。


「はいはい。わかってるって。つまんないことしないよ。」


こうして三人パーティが成立した。

勇者セラ、ヒーラー翼、そして魔王の落胤リーゼ。

世界を救うにはあまりにも奇妙な組み合わせだった。

帰路の森でリーゼが「お腹すいた」と騒ぎ出しセラが無言で干し肉を投げた。

それを嬉しそうにかじるリーゼの横顔は、ただの子供にしか見えなかった。


…………………………………………………………………


数日がたった怖すぎるくらい何事もおこらなかった。依頼をして、空いてる時間にリーザに修行をつけてもらうそんな生活だった。


「なぁリーゼってなんで一人だったの」


疑問だっだ。

魔王である父がいながらなんで一人なのか、はたまたスパイなのか、今だにリーゼに対する警戒は解ききれていなかった。

リーゼば修練場の切り株に座って足をぱたぱた

させてた。

魔法の基礎訓練の休憩中だった。


「んー、簡単な話。邪魔だから。」

あっけらかんとした口調だった。


「お父様はあたしを道具としか思ってないの。ヴァレンシアの血を引く最強の兵器。だから生かされてるだけ。娘として扱われたことなんて一度もないよ。」


リーゼの声は平坦だった。

感情を込めないことに慣れきった人間特有の話し方だった。

風が木々を揺らす音だけがしばらく続いた。


「五歳の時に魔力が覚醒してね。そっから地獄。毎日毎日制御の訓練って名目の拷問。泣いたら殴られる。できなかったら飯抜き。」


離れたところで素振りをしていたセラの手が止まっていた。


リーゼが石を弾き飛ばした。木の幹にめり込ん

で裂が走る。


「十歳で逃げた。殺されると思ったけど追手は来なかった。やっぱり道具が壊れても替えが利くんでしょ。」


リーゼの金の瞳に一瞬だけ影が差した。

すぐにいつ

もの飄々とした顔に戻ったが。


「潰す。」


リーゼではなく魔王を、俺のリーゼに対する警戒心は既になくなっていた。


「強くなりたい。」


そう呟いた。

リーゼは目を丸くした。

それからくしゃっと顔を歪めて笑う。

泣き笑いの一歩手前のような顔だった。


「あはは、なにそれ。お兄さんが魔王を倒すとか百年早いって。」


だがリーゼの頬がわずかに赤く染まっていた。

「俺の」と言われたことに気づいたのか、慌てて顔を背けた。

セラがいつの間にか近くに来ていた。

木剣を握ったまま静かに翼を見ていた。


「私も同じこと思ってた。」


二年間、たった一人で背負ってきた重荷。

それを分かち合える人間が隣にいる。

セラの拳がぎゅっと握り締められた。

まっすぐに翼とリーゼを見た。

勇者の目ではなく、一人の少女の目だった。


「三人で強くなろう。もう誰も見捨てない、見捨てられない旅にする。」


ふんと鼻を鳴らして立ち上がった。

照れ隠しのように杖を構える。


「しょうがないなあ。じゃあ特訓メニュー倍にしてあげる。覚悟しなよお兄さん」


こうして三人の修行は教しさを増した。

朝はギルドで依頼をこなし昼から日が暮れるまでリーゼの容赦ない指導が続く。

翼は魔力量を倍以上に増やし新たな攻撃呪文も習得しつつあった。

確実に強くなっている。

その実感が三人を前へと進ませていた。


…………………………………………………………………


「もうそろそろ何かが来てもおかしくない

か?」


数日経った時、俺はみんなにそう持ちかけた。

リーゼにも俺の世界のこと、ゲームのことも説明してあった。


「ほらリーゼって魔王軍を逃げ出したじゃん、そしたらその手下が追ってくるとかないの?まあでも今の俺たちなら倒せると思うけど」


杖の先で地面にぐりぐりと落書きしながら考え込んだ。


「あー......あるね。むしろ遅いくらい。」


リーゼの手が止まった。


「逃げてから半年くらいは追手が来てたの。全部撒いたけど。最近来ないなーって思ってたら一」


地図を広げていた手を止めた。


「まさか見つかった?」


肩をすくめた。


「たぶんね。あたしの魔力反応を追えるやつが一人いるの。四天王の一人、探知特化のネクロマンサー。」


四天王。魔王直属の最高幹部。一体で国一つを滅ぼせると言われる化げ物たち。そのうちの一人がリーゼを回収しに来る可能性が高い。

あっけらかんと。


「名前はゼノヴァ。死霊術師で陰気なジジイ。趣味は死体集め。」


セラは顔色を変えた。


「四天王って......Aランクどころじゃない。Sランク相当だよ。」


ちらり翼を横目で見る。

「ゲーム的にどうなの」と聞きたそうな目だった。

あまりこの事は言いたくはないが言うしかないだろう。


「はっきり言って展開的に言うと最初は負ける。

それも圧倒的に...」


沈黙が落ちた。

宿屋の一室、ランプの灯りが三人の影を揺らしている。

唇を噛んだ。

予想していたのかもしれないが、はっきり言われると重みが違う。


「.....圧倒的に、か。」


頬杖をついたまま天井を仰いだ。

動揺はない。

まあそうだろうね。

あいつの本体は影の中にあって物理攻撃がほぼ通らない。

あたしが逃げた時はまだ覚醒前だったから見逃してもらえたけど、今は違う。


セラは拳をテーブルに置いた。震えを抑えるように。


「じゃあどうなるの。負けて、そこから?」


セラの問いは切実だった。

負けイベントの先に何があるのか。

それがわからなければ立ち向かうことすらできない。

リーゼは金の瞳でじっと翼を射抜いた。


「ねえお兄さん。ゲームだと負けた後どうなるのがパターン?死ぬ?それとも何かきっかけがあって覚醒する?」


「ゲーム的な展開で言えば生きてる、ただ覚醒もない。本当に負けるだけ。」


基本的なゲームはそうだろう。


「ただ...何か大切なものを失うこと事もある。それはゲームによって変わるけど。」


「大切なものを失う」

その言葉が部屋の空気を凍らせた。

セラは無意識に翼の袖を掴んでいたことに気づいて、はっと手を引っ込めた。

リーゼも珍しく黙り込んでいた。

指先が杖を無意味になぞっている。

「失う」の意味を正確に理解しているのだろう。

家族を、居場所を、とうに失ってきた少女には。


セラは声を絞り出した。


「負けるだけで済むならまだいい。でももし....誰かを犠牲にしなきゃいけないとしたら。」


ランプがじじ、と音を立てて揺れた。


リーゼも不意に立ち上がって窓際に寄った。月を見上げている。


「ゼノヴァの狙いはあたし。だから最悪、あたしを差し出せば二人は見逃してもらえるかもね。」


「誰も犠牲にしない。これ以上奪ってなにになる」


静かな声だった。

怒鳴るでも力むでもない。

ただ当然のことを言うように。

リーゼは息が詰まったように口を開けて、それからゆっくりと閉じた。

目元が潤んでいる。

窓に背を向けたまま動かなかった。

肩が小刻みに震えていた。

奪われ続けてきた少女にとって、「誰も奪わない」という言葉は毒だった。

信じたいのに信じれない。

信じたら裏切られた時にもっと痛いから。

それでも

振り返った。

金色の瞳が濡れていたが、声はいつもの調子を装っていた。


「簡単に言うんだから。バカじゃないの。」


目元をごしっと拭って、ふっと笑った。

そしてセラも。


「うん。翼はいつもそう。」


夜風が窓から入り込んだ。

冷たい風のはずなのに三人の間だけは妙にあたたかかった。

セラは剣の柄を握った。

リーゼは杖を手の中で回した。

そして翼は一まだ見ぬ強敵に立ち向かう覚悟を固めた。

負けるかもしれない。それでも。


「当たり前だろ!俺は数多のゲームで魔王を倒してきたんだ。」


不安、自信、色々な感情が俺の中にあったが彼女達を安心させる。

それだけが俺の全てだった。

リーゼがふん、と鼻で笑った。でも口角が上がっていた。


「ゲームで倒したのと現実は違うんですけどー。」


セラも笑いながら翼の腕を小突いた。久しぶりに見る自然な笑顔だった。


「そこは嘘でも「俺が守る」くらい言ってよね。」


軽口を交わせる余裕が生まれていた。

それが何よりの収穫だった。

三人は翌日からさらに修行に打ち込んだ。

残された時間はそう多くないはずだから。

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