第九十七話 最後に笑うのは
「……ューゴ。ヒューゴ」
誰かが、呼んでいる。
大きくて喧しくて、暑苦しいくらいに熱くって。
燃えさかる太陽のようなこの声を、ヒューゴはとてもよく知っている。
───大好きな、親父の声。
「いつまで寝ているんだ、ヒューゴ。皆が待っているぞ」
逆光で、顔はよく見えなかった。
少しだけ残念な気持ちで、ヒューゴはうっすらと瞼を開ける。
心配そうに覗き込む双子と目が合った。凸凹な二人だが、本当に顔だけはよく似ている。
「ヒューゴ……良かった……」
「みんなー、ヒューゴが目を覚ましたよー!」
涙ぐむシディアを残して、アリスは戦場を駆ける伝令のごとく皆に吉報を届けにいく。
さすがに足下がおぼつかないらしく時折転びそうになっているのは心配だが、元気そうでなによりだ。
ついついミコトの姿を探した後、そういえばメルに乗せて脱出させたんだった、と思い至った。
無事にキャンプに辿り着けただろうか。いや、メルのことだ。意地でもミコトだけは送り届けるだろう。今ごろ、救護テントで治療を受けているに違いない。
「ご気分はいかがですか」
柔らかく話しかけられ、ヒューゴは声の主に目をやった。縞模様が特徴的な猫妖精の男性である。誰かと思えば、シルヴェストの従者だ。
レックスが無事にリベルカトゥスまで飛べたらしいとわかり「さすがレックス」と呟く。
相棒にはだいぶ無理をさせてしまったが、結果、こうやって実を結んでいることが誇らしい。後でたっぷり褒めてやらなくては。
「うん、良くなってきた……かな……ありがとう……」
「まだ話しづらそうですね、無理はなさらず。清潔な場所で治療したいのはやまやまですが、このままもう少しかけておきましょう」
そう言うと猫妖精は、それまでもかけてくれていたらしい回復魔法を再開させた。
「実は私……お父上、マルクス殿の治療にあたったこともございます。お父上とヒューゴ殿は、魔力の質がとてもよく似ていらっしゃる」
唐突に飛び出た父の名前に驚きつつ、ヒューゴはぎこちない笑顔を作る。まだ表情筋を含め、全身の筋肉が言うことを聞かない。
「はは、そっか……似てないって、いつも言われてたけど……そっくりな部分も、あったんだな……」
縞猫の従者は微笑み、その後少しだけ表情を引き締めた。
「ヒューゴ殿。我が主・シルヴェストより短い伝言を賜っております。どうかそのままで、お耳だけお貸しください」
シルヴェストからの伝言はこうだった。
朕が直接行きたいところだが、ちょうど変な輩の侵入を許してしまってな。そちらの対処に追われている。
代わりに、朕が最も信を置く側近を寄越す。便利な奴なので、自由に使うと良いぞ。
また会おう、友よ。
「───以上です。便利だの自由に使えだの、失礼な話ですよね、まったく」
口を尖らせる縞猫に、ヒューゴは「ふふ」と声を漏らす。
「そっちの王様は、デリカシーがないからなぁ……」
「あともうひとつ。ヒューゴ殿、こちらを」
回復魔法をかけ終えたらしい縞猫は、ヒューゴの手にそっと何かを握らせた。この感触、レックスに託した宝玉によく似ている。しかし。
「え、これ……レックスに渡したのと、違う宝石だよな?しかも、前のより大きくないか?」
「ど、どうでしょうか。そ、そのあたりは陛下にお会いした際、直接お話いただければと」
縞猫は急にしどろもどろになった後、誤魔化すようにゴホンと咳ばらいをし、ヒューゴに向き直った。
「申し遅れましたが、私、フィデルと申します。治癒系統の魔法も得意ですが、製薬や医療の心得もございます。もちろん猫妖精としての知識が大半でございますが、人間の医学にも通ずるところはございましょう。それに」
フィデルは鞄から小さな薬瓶を取り出した。
「それは?」
ヒューゴの代わりに、傍にいたシディアが疑問を投げる。
「先ほど王城に侵入した賊の女が、落としていったものです。病の種、とでもいいましょうか。黒竜狩りの一族の皆さまを襲った、流行り病の元凶と思われます」
賊の女、と聞いてすぐに思い当たる人物がいた。
シディアも同様だったらしく「ティラミス……あいつリベルカトゥスにまで……」などと呟いている。
フィデルはシディアの呟きを汲むように頷き、説明を続けた。
「この病の種を研究し、抗体を作ります。既に四番隊隊長殿が同様の研究を開始されているかもしれませんが、我々と同時進行でも損はないでしょう。陛下の命で優秀な者を集めましたし、そう時間はかかりませんよ。ご心配なく」
たしかに、前のキャンプに残してきた四番隊の医療チームが、病に侵された者たちの治療と同時に、治療薬の作成を試みていてもおかしくはない。とはいえ、本人たちも病に侵されているかもしれない中で、普段通りに研究が進むとも思えなかった。
この状況で回復魔法に長けているだけではなく、医療にも精通しているフィデルを送り込んでくれたのは、最善の判断と言えるだろう。
自国も大変な状況の中、片腕であるフィデルを寄越す。それがシルヴェストの誠意であり、友を想う気持ちなのであった。
「あ、私たちが研究に関わったことは、他言無用でお願いしますね。他国に技術が知れ渡りすぎるのも、問題がありますので」
主にシディアのほうを見ながら、フィデルは「なにとぞ」と念を押した。
過去になにかトラブルでもあったのだろう。隣国であるアダマソルはまだしも、ベーヌスにまで知れ渡ってしまうのは避けたいということなら、なんとなく理解できる。
シディアが頷くのを確認し、フィデルはヒューゴの上半身を支え起こしてくれた。
魔力不足からくる怠さは否めないが、先ほどよりも断然身体が軽い。
「建国祭の前後で、それはもう馬車馬のように働く予定でしたので。そのぶん黒竜狩りの一族の皆さまのために、力を尽くす所存です。改めまして、よろしくお願いいたします、ヒューゴ殿」
「ああ、このうえなく助かるよ。団長代理として、こちらからもぜひよろしく頼む、フィデル」
ヒューゴの顔を見つめ、フィデルは懐かしむように目を細める。
顔は似ていないはずの父の面影を、息子に見出したのかもしれない。そんな表情だった。
「では私たち医療チームは、しばらくキャンプやウィレの村にお世話になります。ちなみに一緒に来た警官たちは、用が終わり次第、先に帰国予定でして……あれ?どこに行ったかな」
やっぱりだ。
谷底のあちらこちらを調査しながら、三毛猫スピカは確信を得た。
(この空間……前に逮捕した、竜王竜王ってやたらと口にする奴と、似た匂いがしやがる)
今はもう黒い塊となってグズグズと崩れ落ちた竜王とやらが、結局どういう存在だったのかスピカにはわからない。わかるのは、竜王に関係している者たちの魔力の匂いが似通っているというだけだ。
猫耳がぴくぴくと反応し、スピカは谷壁から流れ落ちる滝を見上げた。
なんとなく、滝の水音が不自然に感じたのだ。
別の場所を調査していた白猫アルバも、スピカの視線を察してか、滝のほうに注意を向けている。
竜王が魅了魔法を使っていたのだとしたら、元凶を倒せば終わり。その可能性も十分にある。
だが───既に犯した罪は、決して無かったことにはならない。
「……アルバ」
「イエス、姐さん!」
元気の良い返事とともに、アルバが滝に突っ込んでいく。
数秒も経たぬうちに男の情けない悲鳴が聞こえ、スピカはにやりと口角を上げた。
「当たりだったな。───おいアルバ、殺すなよ」
「了解にゃー!」
声の響き方から察するに、滝の裏に洞窟のような横穴があるのだろう。
アルバに襟を掴まれ引き摺られるように滝から出てきたのは、竜王の物語をリベルカトゥスに広めた男───風の詩人だった。
「おうおう、本格的に調査を始めた途端、見なくなったと思ったら……こんなとこでかくれんぼしてたとはなぁ、風の詩人さんよぉ」
スピカは咥えていた煙草に火をつけた。
「ずいぶん探したんだぜー。てめーが犯罪組織と繋がってるって噂があってな」
「な、ななななんのことだか……」
目を泳がせる風の詩人の顔面に、スピカは煙をふーっと吹きかける。
咳き込む男に思い切り顔を寄せ、声のトーンを落とした。
「ついさっき証言もとれた。恐喝と強盗未遂で逮捕したガキどもが全部ゲロってくれたぜ。てめーらのアジトにも、既にうちの部下たちが向かってる。どれだけ悪が栄えようが、最後に笑うのは正義、ってな。───よし帰るぞ、アルバ」
「くうぅ、シビレるっす姐さん!……詩人コラァ!ぼさっとしてないで歩くにゃ!」
アルバに縄で締め上げられた風の詩人は、がっくりと肩を落とし項垂れたのであった。
二日後。騎士団と警察による万全な警備体制のもと、リベルカトゥス建国祭は大成功を収めることとなる。
その場でスピカは、国王シルヴェスト直々に褒賞を授与されることになるのだが───それはまた、別のお話。
第九十七話 最後に笑うのは <終>




