第九十三話 形勢逆転
アリスとの共闘は、いつもぶっつけ本番ばかりで。
連携して戦う練習なんて一度もしたことがない。だけど。
シディアが竜王の右上から切りかかると、アリスは左下から。
相手の反撃にバランスを崩したシディアがそのまま脚を狙うと、アリスは飛び上がり頭部を狙う。
伊達に双子に生まれていないな、と。ことあるごとに思ってはいたのだが、まさか双子会話すら使わずにここまで連携できるとは。
結局のところ、アリスがシディアに合わせて動いてくれているだけかもしれないけれど。
そして、竜王と戦っているうちにわかってきたことがある。
黒竜の爪に似た例の棘は、手の甲以外にも手の平や肘など、数か所から出し入れできるようだ。シディアの魔法剣では相変わらず歯が立たないが、アリスは何度か叩き折ることに成功している。雷を帯びた戦斧とアリスの膂力が揃って初めて成せる技ということだ。
折れたり砕けたりするたびにまた新たな棘が出てくるわけだが、無限というわけでもないらしい。魔力の流れを見てもはっきりとはわからないが、棘を再生するたびに少なからず魔力を消費していると思われる。
さあ、どこまで削れるか。魔力も体力も、互いに消耗戦だ。
「……っ!レオ!」
「きたか、任せろ!」
大盾をかまえるレオの背後に隠れ、襲い来る灼熱の炎をしのぐ。
幸い連発できる技ではないようだが、直撃すれば良くても気絶必至だということはヒューゴとアリスが証明済だ。
威力はとんでもないが、シディアの瞳とレオの大盾があれば防ぐことができる攻撃であり、最大の脅威というわけではない。
恐れるべきは、予測のつかない動きである。
「ぐ……うあぁ……っ!」
「シディア!」
間合いの外にいた───つもりだった。
ボタボタと液体が地面に落ちる音がする。
それが自分の脇腹から流れ出る血の音なのだと、鋭い棘で刺され深い傷を負ったのだと。そう気づいた頃には、竜王は既にアリスの戦斧を受け止めていた。
とくに変わった動きは感知できなかった。おそらく羽か何かを利用して間合いを詰めたのだろう。人間に感覚として備わっていない動き方だったのは間違いない。
(うう、痛い……ローブがあってもこれか……でも、そのおかげで……チャンスがきた……)
シディアは痛みに耐えながら緑色の魔法石を取り出し、ポートシーガルの時と同じように少量の魔力を込め、足下へ落とした。
魔法石から漏れ出た風魔法は、以前のそれよりもしっかりと、シディアの両脚をブーツのように包み込む。
竜王は今、シディアに背を向けている。深手を負わせたことを確信し、もはや戦力として見ていないのだろう。
アリスのサポートに徹し、機会を伺っていた甲斐があったというものだ。
痛みで乱れがちな息を無理やりに整え、両手でクリスタルソードを握りなおした。纏わせた氷魔法の効果が、まだ切れていないことを確認する。
全員の武器に特性付与されている対竜特攻は、あの黒い鎧相手では効果を実感できなかった。魔法を帯びるというより武器自体の強化に近いためだろう。
だが───鎧に覆われていない場所なら?
意を決して駆け出した。風魔法の補助があるとはいえアリスやミコトのようにはいかないが、傷を負った分のカバーは十分にできている。
狙いは一点。漆黒の羽の根本だ。
父ジョセフ作の武器。吸わせた自らの魔力。氷の魔法剣。
対竜特攻の特性付与。ヒューゴの適性魔法による強化。
ロードリックに叩き込まれた剣の基本。その後も少しずつ磨いて来た剣。幼い頃からずっと見てきた姉オリヴィアの剣技。いつか親友に教わった剣。
俺の中に在る全てを今、出し切る───!
「おおおおおおおーー!!!」
自分でも聞いたことのないような雄叫びとともに、渾身の一撃を叩き込んだ。
漆黒の巨大な羽が片翼、ばさりと地に落ちる。
直後、シディアは竜王に蹴り飛ばされ、谷壁に打ち付けられた。
ローブの守りにより背の痛みは緩和されたものの、蹴られた腹の痛みはどうしようもない。脇腹からの流血量も増すばかりである。
「キサマ、キサマ……!脆弱な人間ごときが、我の翼を奪うとは……!」
竜王ドラグメデスが初めて、感情を露わにした。
先ほど見せた敵意とは違う。明確な怒りと、僅かな焦燥。
これだ。このタイミングを待っていた。
「───ミコト!」
シディアの叫びと同時に、ミコトは全速力で戦場へと駆ける。
あっという間に竜王の前に躍り出た少女の、前髪の奥の瞳が光を放った。
「蛇神の祝福───捕捉、成功」
ぴたりと動きを止めた竜王の左胸に、狙いを定める猫妖精がひとり。
「お、こっち正面じゃ~ん、ラッキー★んじゃ早速、魔力を限界までたーーっぷり込めましてからのぉ~、───超★弾!」
しかし結果として、ネオン渾身の超★弾・魔法弾バージョンが撃ち出されることはなかった。
皆が勝利の希望を見出したその瞬間。
それはそれは静かに、まさに一瞬にして、文字通り状況が逆転したのである。
何が、起きている───?
わからない。ああ、今日はわからないことだらけだ。
身体が、動かない。指一本動かせないのだ。
この、金縛りにあったような感覚には、覚えがある。まさか───。
「魔力量に応じて動きを封じる魔法、か。我もまだ動きづらいということは、そちらの効果も生きているらしいな。粗暴な小娘のわりには、なかなか面白い魔法だ。褒めてやろう」
最悪だ。
どういう方法か知らないが、ミコトの蛇神の祝福を真似されてしまったらしい。
絶句し青ざめるミコト。戦斧から元に戻ってしまった戦鎚を重そうに持つアリス。
もともと魔力量の少ない体質である二人は、ある程度動けるようだが、かなり辛そうだ。
シディアの位置からネオンは見えないが、魔力量からしてシディアと似たような状況なのは容易に想像できる。
ヒューゴとレオは少しばかりマシなようだが、辛うじて喋ることはできる、という程度だろう。
(マチルダさんの分身に似た魔法を使ったって……くそ、こういうことか……)
三番隊や研究チームをもってしても、可能性にすら気づけなかったのも無理はない。
知識だけは散々蓄えてきたシディアだが、適性魔法をコピーする魔法や能力など、見たことも聞いたこともないのだ。
しかもミコトの蛇神の祝福は、敵単体を捕捉する適性魔法である。そのはずだが、この場にいる全員の動きが封じられているのだ。
コピーしたうえに、進化させられるとでもいうのだろうか。いくらなんでも反則だ。
「ミコト、しっかりして、ミコト!」
悲鳴に近いアリスの声に、はっとして戦況を確認する。
氷の玉座に叩きつけられたらしいミコトが、ぐったりとその身を横たえているのが見えた。完全に意識を失っている。
ということは、竜王にかけた蛇神の祝福は───。
「ふむ。やはり術者が戦闘不能になれば魔法は解けるか」
自由を取り戻した身体の動きを確かめるように、竜王は静かにアリスに近づく。
鎧に覆われた竜王の大きな右手が、おもむろに真正面からアリスの首を掴み持ち上げた。
「う……うう……っ!」
逃れようともがくアリスの首元から、何かが転がり落ちた。ブラッドナンバーの影響による昏倒を防ぐため、父ジョセフが作成した魔法具だ。服の内側で首から下げていたはずだが、紐が千切れてしまったのだろう。
まずい。このままではアリスがブラッドナンバーの影響を受けてしまう可能性が高い。
焦るシディアの視界の端に、まさに今アリスの首元から落ちたそれと、全く同じ物が映った。ミコトに渡していたぶんの魔法具である。
指一本、唇すら動かせない状況でも、いや、だからこそか。脳はいつも以上に働くものだ。
(待て。いつ落としたんだ?この壁際にミコトが飛ばされたのは───最初の奇襲のとき?だとしたら、竜王との戦闘中はずっと魔法具を持っていなかったことになる。でも)
平均より魔力量が少ない体質で、心が弱ってつけ入る隙が生まれている者。それがブラッドナンバーの影響を受け昏倒した人々の共通点だったはずである。
ミコトが心を強く保っていたと言えば、そうかもしれない。
でも、あの時は?氷の玉座を見上げるミコトの目は虚ろで、表情もひどく疲れていた。あれでも心は弱っていなかったのだろうか。
(前提条件が間違っていた……?そういえば)
シリウスがコセから聞いたという、「体質」という言葉を思い出す。
ロードリックも気にしてはいたようだが、心が弱っていると影響を受けやすくなることをそう言っていただけなのでは、と調査チームは最終的に結論づけた。
犬妖精であるキオまでもが影響を受けた以上、種族の垣根も超えるとなれば完璧な調査研究は難しい。いったん完了とせざるを得なかったのだろう。気持ちはわかる。
では、その「体質」とは───いったいなんだ?何を指している?
「うぅ……離……せ……」
首を絞められ持ち上げられているアリスの抵抗が、徐々に弱まっていく。
ついに戦鎚を手放した少女の耳に、竜王ドラグメデスの冷ややかな声が響いた。
「キサマの態度によっては、ひとりだけ生かしてやろう。我がこの世界を掌握するさまを、玉座の傍らで見届けるのだ。さあ、屈服せよ。許しを請え。存分に我を称え敬うがいい」
第九十三話 形勢逆転 <終>




