第九十二話 突破の糸口
「よくも、ヒューゴを……!」
ミコトの連撃が激しさを増す。
これにはさすがの竜王も先ほどよりは手を焼いているように見えるが、それでもなお立ち上がらせることすら叶わない。
どうする。このまま攻撃を続けるだけでは意味がない。しかし時間もない。
なんでもいい、何か───。
これまでの攻防を思い出していたシディアは、あることに気づいた。
アリスの戦鎚、ネオンの銃弾、ミコトの短刀、ヒューゴの剣。
竜王は全ての攻撃を指や腕で防ぎ、受け流し、弾き返している。
シディアの魔法剣を除いて、だ。
(俺の攻撃にだけ、わざわざ棘を出してきた……)
あのミコトの奇襲を指二本で止める相手だ。シディアごときの剣技を特別視したとは考えにくい。
支えていたアリスをそっと地面に寝かせ、魔法銃を抜いた。
違う属性のほうが検証としては良いだろうが、今は手っ取り早く突破口を見つけなければ。
クリスタルソードに吸収させたのと同じ、氷属性の魔法弾をセットし、狙いを定める。
竜王がネオンの弾丸を左腕で流し、右手でミコトを短刀ごと払い飛ばした。───ここだ!
魔力を込めて引き金を引く。
撃ち出された弾丸に魔法が詰まっていることを、竜王はすぐに見抜いたようだった。
左手の甲から、魔法剣を受け止めたのと同じ、太い棘が伸びる。よく見ると黒竜の爪のように見えなくもない。
やはり魔法に対しては、あの棘で対処したい理由があるようだ。だが。
「魔法弾を破壊したらどうなるかなんて知らないだろ。竜王ドラグメデス」
「なに……?」
棘により砕かれた魔法弾は、中に詰まった氷魔法を撒き散らした。普通に着弾するよりも、むしろ効果範囲が広がったのである。
これは幻空間での特訓の中で発見した、魔法銃の仕様だ。改めて、マチルダとヒルデに心の中で礼を述べた。
石造りの巨大な玉座を覆うように、大輪の氷の花が咲く。
しかし、そこに竜王の姿はない。
「避けられた!上!」
ネオンの声に、玉座から頭上へと視線を移す。
そこには漆黒の羽を広げ、中空に浮かぶ竜王ドラグメデスの姿があった。
想定外の攻撃に苛ついたのか、はたまた玉座を奪われたのがよほど屈辱なのか。シディアを見下す赤い瞳には、先ほどまでは感じなかった強い敵意が宿っていた。
「そんなにも死に急ぐのなら、今すぐ楽にしてやろう。勇者の卵よ」
またしても、左胸の赤い魔力炉がその輝きを増す。
灼熱の炎の柱、あれを防げるのはレオの大盾くらいである。アリスを抱えてレオの背後に退避しなければ。間に合うか───?
シディアのそんな思考は、杞憂に終わった。
目にも留まらぬ速さで飛び出した影が、氷まみれの玉座を踏み台に、大きく跳躍したのである。
まさにロケットスタートをきったアリスはその勢いのまま竜王に突っ込んで行く。同時に、戦鎚が戦斧へと形態を変えた。
「───閃光!」
右手の甲からも棘を伸ばし、二本の棘で戦斧を受け止めた竜王だったが、今回ばかりはアリスのパワーに軍配があがった。
吹き飛ばされた竜王が谷壁に衝突し、派手に土埃が舞う。
大輪の氷の花の上に、器用に着地したアリスの手足を、小さな稲妻が駆け抜けた。
「雷神……なのか」
兄は、妹の背におそるおそる話しかける。
シディアを振り返った顔は、いつものアリスのそれだった。ほんの少しだけ、大人びて見えるような気もするけれど。
「んーん。大丈夫、あたしだよ。雷神に怒られちゃった、あんなのに負けるなんて許さないって。地竜?って呼んでたかな、あいつのこと。───ってことで」
アリスは土埃舞う谷壁を見据え、戦斧を両手で握りなおす。
「ちょっとあたしたちでぶっ潰してくる。あの、まっくろくろすけ」
ぐっと両脚に力を込め、アリスはまたしても竜王に向かって突っ込んで行った。
もちろん身体強化は使っているだろうが、いつも以上に人間離れしたスピードに面食らう。
雷神と会話ができている、しかも友好的な関係が築けているらしいことにも驚きだが。
「っていうか、ちりゅう……ってなんだ?地竜?地属性の竜ってこと、かな……」
耳慣れぬ単語に首を傾げるシディアの近くで、ヒューゴの応急処置をしていたレオがぼそりと呟いた。
「もしかして……天竜伝説か」
「天竜……?」
「オレが生まれた村の言い伝え───子どもに読み聞かせる童話とかおとぎ話の類だよ。かつて竜は、天空に住まう天竜と、大地に住まう地竜に分かれて争っていた。最終的に天竜が勝利して、地竜の王は意識を地下深くに封印されたっていう」
地竜の王、という言葉にシディアは目を見開いた。
「それって」
「まさに竜王、って感じだよな」
その時。激しい水音が、二人の会話を遮った。
アリスが竜王の反撃を受け、滝に叩きつけられたのだ。
竜王と雷神がどういう繋がりなのかは知らないが、今はそんなことは後回しでいい。
「アリスひとりに任せていられない。俺たちも……」
歩き出そうとしたシディアを、引き留める声があった。
全身に火傷を負い、気絶していたヒューゴである。
「いやー、たぶんオイラたちが行っても邪魔になるんじゃねーかな。やっぱりすごいなぁ、アリスは」
「ヒューゴ!動けるのか?」
「まあ、なんとか。レオ、手当て助かった」
「火傷を水で冷やすくらいしかできなかったけどな」
「十分さ。ところで二人とも、気づいてるか」
「気づいてるかって……何に?」
ヒューゴは壁際の、明かりが届かない暗い箇所を目線で示した。
「壁際の岩が、どうかしたか?」
言いながら、暗がりに転がる複数の黒い影をまじまじと見る。
数歩近づいてみたシディアは、あっと息を呑んだ。
大小様々な岩だと思っていた黒い影はなんと、一番隊員と赤竜たちだったのだ。
灼熱の炎を受けた際、やはり谷に落下した隊員も複数人いたのである。
同じく気づいたらしいレオが、無言で顔を逸らした。
黒い影は、ピクリとも動く気配がない。空中で気絶し、谷底に叩きつけられたのだろう。おそらく、もう───。
「ハァッ、ハァッ……」
荒い息遣いが聞こえ、シディアは氷の玉座を振り返った。
身体を半ば引き摺るようにして、ミコトが玉座に咲く氷の花を目指している。
アリスがしたように、あれを踏み台にして竜王に攻撃を仕掛けるつもりなのだろう。しかし体力の限界が近いらしく、今にも倒れそうに見える。
そういえば。最初の奇襲で吹き飛ばされた際、戦線復帰するまで、ミコトのわりには時間がかかっていたのを思い出す。
単純にそれだけのダメージを負ったのかと思っていたが、今ならわかる。
壁際に飛ばされたあの時、彼女も気づいてしまったのだ。
一番隊員たちが、もう帰らぬことを。
シディアはぐっと剣の柄を握りしめた。
「やっぱり、俺も参戦してくる。ヒューゴ、レオ、援護してくれるか」
二人が頷くのを確認し、ネオンの名を呼んだ。
アリスが戦い始めてからいったん手を止めていたらしいネオンは、戦場の様子を気にしつつこちらへ駆けてくる。
「お。その顔は、なーんか思いついちゃった?」
「思いついたってほどでもないけど、ちょっとした気づきがあってさ。これ、ネオンに預けるよ」
魔法銃と、巾着袋に入れた魔法弾を手渡す。
ネオンはライフルを背に仕舞うと、さっそく魔法弾の袋を開け、残弾数と属性を確認し始めた。さすがの手際の良さだ。
「あの黒い鎧。魔法、もしくは魔法を帯びた武器での攻撃なら通りやすいとみた。明らかに嫌がってたからな。あ、ほら」
シディアが示す先で、アリスがついに竜王を地面に叩き落すことに成功していた。
雷神の力である雷属性の魔法を全身に帯びたアリスの攻撃が、竜王に効いている。シディアは自身が立てた仮説に更なる自信を得た。
「俺とアリスで、できる限り竜王にダメージを与える。どこまでできるか知らないけど、あいつが余裕を少しでも失ってくれたら万々歳だ。隙をついて、ネオンは超★弾・魔法弾バージョンを竜王の魔力炉に撃ち込んでほしい。それから」
氷の玉座に登ろうとしていたミコトに声をかける。
「ミコトは、ヒューゴと一緒に少し休んでてほしいんだけど」
「でも……あいつが……まだ……」
納得しそうにないミコトのもとへ、ネオンがささっと駆け寄ると、あっという間に抱き上げてヒューゴの隣に連れて行った。理解が速くて助かる。
「今ミコトに無理して倒れられたら困るんだってさ。体力も魔力も温存してようぜ。な?」
ヒューゴが諭すと、ミコトは渋々ながらも頷いた。───作戦決行だ。
「魔力残量的に、これがオイラができる最後の援護だ。暴れてこいよ、双子!───輝け、英雄たる者よ!」
第九十二話 突破の糸口 <終>




