第八十九話 封魔の箱
「よし。一番隊、揃ったな!」
いつも通りニッと歯を見せ笑うヒューゴだが、その顔には明らかに疲労が滲んでいた。
聞けば既に二回、適性魔法の輝け、英雄たる者よをミコトに重ね掛けしたらしい。さらにその後も主に防御面でサポートにまわっていたようだ。
いくらヒューゴでも、それだけ魔力も体力も消費すれば疲れるに決まっている。
「さっそくだが、これより箱詰め作戦に移行する!ミコトの体力も無限じゃない、善は急げだ。やれるな、レオ?」
「了解だ、隊長」
ヒューゴとレオが頷き合い、シディアを見た。
作戦上、レオの護衛をシディアとネオンで務めることになっている。
適性魔法の詠唱中、そして発動している間、レオの身動きが取れなくなるからだ。
守り神を守るなんて大役にもほどがあるな、などと考えながら頷き返す。
それを合図に、アリスがレオのもとを離れ、ヒューゴの愛竜・レックスに飛び移った。
───作戦開始だ。
「やるぞ!まずはミコトのサポート。今は攻撃を通すことより、攪乱して時間を稼ぐことを考えろ。この前話したブラッドナンバーの件もある、無理はせず、違和感を感じたら即離脱だ。わかったな?わかったら───突撃!」
「了解!」
皆が向かう先を見る。
巨大な体に、嵐すら起こせそうな大きな羽。全身に纏う赤黒い魔力のヴェールは、先ほどよりも更に禍々しく見えた。
昨日、標準的な個体と戦った今だからわかる。
どう見ても、赤目は普通の黒竜じゃない。比べるほうがおかしいのではと思えてくるほどに、別格なのだ。
その普通じゃない赤目に、一番隊は怯むことなく果敢に立ち向かう。
やはりシディアは今、凄い戦士たちと肩を並べているのだ。
彼らを見ていると、心の弱さとは無縁に思えてくる。ブラッドナンバーの影響など気にしなくて良いのでは、とも思ってしまうのだが。
(戦いの中に身を置いていれば誰しも、弱くなる瞬間があるものだ。───って、ギャビン先生も言ってたし)
例の魔法具は持たせておいて正解なのだろう。ミコトにも───アリスにも。
どこから湧いて来るのか、またしても襲ってきた複数の投石鳥をネオンとともに蹴散らしながら、レオの様子を伺う。
はっきりとは聞こえないが、詠唱は既に始まっているようだ。
レオの適性魔法・封魔の箱。
これに囚われた者は魔法が一切使用できなくなり、体内の魔力量が一時的に半減する。
黒竜は実体があるものの、その身体の大半が魔力で構成されているタイプの魔物だ。
吐き出される灼熱の炎はまさに魔力の塊だし、それ以外も行動のほとんどに多少なりとも魔力を使用しているはずである。
あくまで計算上だが、うまくいけば赤目を標準的な個体に近い程度にまで弱体化できる可能性があるらしい。
マチルダの分身に似ているらしい魔法の対策としても理にかなっているし、一時的に奴の力を削ぐ目的では、特攻と言っていい魔法なのだ。
ただしこの魔法には、厄介な欠点がある。
こちらの魔法も無効化されるため、魔法を使用して攻撃することができないのだ。
箱の外から弓などで遠距離攻撃をすることも可能ではあるが、箱に入った時点で特性付与・対竜特攻の効力は失われるため、それだけで倒すのはあまりにも地道で、現実的とは言えない。
この魔法を生かして倒すとなると、攻撃役も同じく箱に囚われたうえで、何の補助も受けられない、生身での近接戦闘を余儀なくされるのである。
封魔の箱の中で攻撃し弱らせてから、魔法が解けたら全員で一気に仕留める。それが「箱詰め作戦」だ。
「古の檻。神々の監獄。あらゆる魔は閉じられ、かき消され、否定される。───封魔の箱!」
レオが詠唱を終えると同時に、文字通り巨大な「箱」が空中に形成された。透明なものを想像していたが、分厚く層になった魔力の壁のせいで、中は少々見えづらい。
ぼんやりと見える箱の中には赤目。そして───ミコト、ヒューゴ、アリスの三人。
シディアはすかさず両目に魔力を巡らせた。
「赤目の魔力減少を確認!どんどん減ってる、想定通りだ。魔力炉の位置は───下あご!……竜の逆鱗はあごの下にあるってやつか。なんか感動だな」
張り上げたシディアの声に、レオは不敵にニヤリと笑い、ヒューゴはガッツポーズをしてレックスの手綱を握りなおし、アリスとミコトは戦闘態勢に入る。
箱の中で、激しい戦闘が幕を開けた。
封魔の箱は強力な魔法だが、そのぶんリスクも高いため、実際に作戦に組み込むのは初めてだと聞いている。
対象の強さにより持続時間は異なるが、三番隊と研究チームの計算によると、赤目相手でも三分近くは持つだろうとのことだ。
厳しい条件下で赤目とまともに渡り合える戦闘力。三分以内に目標とするダメージを与えられる速攻タイプ。どちらも兼ね備えた戦士といえば。
「そう。適任は一番隊の中で、ミコトしかいない」
作戦会議の場で、ヒューゴは迷わず断言した。そして、こう続けたのだ。
「それともうひとり───アリス。彼女なら、ミコトと肩を並べて戦える」
正直。すごく正直なところ、彼女が邪魔になるのではないかと懸念していた。
ミコトは赤目を挟んで反対側、桃色の戦鎚を振り回すツインテールの少女を見やる。
戦闘中に、しかもこんな強敵を相手によそ見なんて、普段なら考えられないけれど。
どうやっても、目に入ってしまう。
小動物みたいな愛らしさと、明るく爽やかな空気感。戦闘モードになるとそこに激しさが加わって、表情が引き締まって。
しかもちゃんと強い。センスがいい。昨日初めて黒竜狩りに参加した素人とは、とても思えないほどに。
(……ずるい)
見入ってしまう。魅入られてしまう。───ヒューゴも、こういうところに惹かれたの?
「ミコト!前!」
ヒューゴの声にはっと我に返る。咄嗟に短剣をクロスし正面に構えると、直後に衝撃を受け後ろに吹っ飛ばされた。赤目の巨大な爪が、振り下ろされたのである。
「ミコト!?大丈夫!?」
「まずい。アリス、こっちに引き付けるぞ!」
───情けない。
ネオンに自分が言ったではないか。ここは戦場だ。戦場での甘さは死を招く。
深呼吸をして、メルの首を撫でた。
メルが回避行動を取ってくれなかったら、無傷というわけにはいかなかっただろう。
黒竜ほどではないにせよ、赤竜も封魔の箱の影響を少なからず受けているであろう状況で、いつも通りの働きを見せてくれている。相棒のためにも、職務を全うしなければ。
「ごめんねメル。大丈夫、ここからは───本気でいく」
赤目の魔力炉は下あごにあると、シディアが言っていた。
ミコトの機動力で魔力炉に着実にダメージを与えるか、アリスの渾身の一撃で頭部を丸ごと叩き潰すか。ヒューゴの頭にある戦法はこのあたりだろう。
使える時間もそう多くはないのだ。どうせなら両方狙って損はない。
メルを上昇させたうえで、手綱を離し飛び上がった。
くるりと縦に回転し、魔力の天井───すなわち箱の蓋部分を蹴る。囚われた者が自らの意思で外に出ることはかなわない、封魔の箱の特性を利用したのだ。
勢いのままに、赤目の真上から刃を振り下ろした。右まぶたから鮮血が噴出する。
対竜特攻の特性付与が生きていれば、そのまま両目とも潰せていたかもしれないが、さすがに片目がせいぜいだった。
それでも、視界の半分は奪えたのだ。これを利用しない手はない。
メルの背に着地し、即座に右側方から赤目の下あごを狙う。爪や牙を避けながらの攻撃は簡単にはいかないが、着実にダメージを与えている自信はある。
ここから一気に───。
「くるぞ、避けろ!」
ヒューゴの叫びが耳に届くより先に、ミコトとメルは回避行動をとっていた。赤目がこれまで以上の速度で身体を捻り、尾を振り回したのだ。
「……アリス!」
レックスの背から、アリスの姿が消えていた。尾の一撃で、はたき落されてしまったのか。しかしよく見ると。
「危なかったー!これほんと、まともに食らったら冗談抜きで死んじゃうね!」
赤目の尾の上で額の汗を拭うアリスは、涼しい顔───どころか、どこか楽しそうにすら見えた。衝撃で多少怪我を負ったようだが、それも戦士の勲章と言わんばかりである。
「ミコト、合わせて!」
「……わかった」
尾から背へ駆け上がってくるアリスを振り落とそうと、赤目の動きが激しさを増す。
アリスに注意が向いているのをいいことに、ミコトは先ほどと同じ、右側方に難なく回り込んだ。
実のところ、もう体力の限界だ。
しかし封魔の箱は、おそらくあと一分と持たないだろう。今手を緩めてしまったら、きっと勝てない。
桃色の戦鎚が後頭部に振り下ろされるのに合わせ、全力で連撃を叩き込んだ。
疲労など意識するな。獲物を前に泣き言など言語道断。
黒竜狩りの一族のひとりとして。一番隊・副隊長として。
───いつでも胸を張って、彼の隣にいるために。
第八十九話 封魔の箱 <終>




