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第八十八話 箱詰め作戦

 何が起きたのか、一瞬理解が追いつかなかった。

 たしか、ヒューゴの叫び声で赤目のほうに顔を向けたら、炎が迫ってくるのが見えて。

 カーラたちを誘導しながら精一杯フォルテの手綱を操ったけれど、間に合いそうになくて。

 そこにレオが飛び込んで来て、大盾でシディアたちを守ってくれたのだ。

 炎を防いでもらうのはこれで二度目だな、なんて思っていたのも束の間。

 気づけば、地上に叩き落とされていたのである。

 戦闘音が聞こえる。上空では戦いが続いているようだ。よく見えないが、ヒューゴとミコトはあの音の只中にいる。そんな確信があった。

 よろよろと立ち上がり、周囲を見回す。

「……え」

 立ち上がったばかりなのに再度へたり込みそうになるのを、なんとか踏ん張った。

 ───木々の上半分が、無い。

 一部を残して、周囲の木々が幹と根だけになってしまっている。

 赤目が吐き出した炎で燃やされてしまったのかとも思ったが、それならとっくに辺り一帯は火の海になっているはずだ。ということは。

「衝撃波だけで、こんな……嘘だろ」

 おそらくその余波をシディアも受けたのだろう、全身が痛い。幸い骨折はしていないようだが、歩くのも一苦労だ。

 周囲には、赤竜(あいぼう)の怪我の具合を確かめる一番隊員が複数人いた。おそらくカーラの危機を察知して、レオとともに加勢に来たのだろう。

 身体を引き摺るように歩きながら、ネオンとフォルテの姿を探す。

「ネオン……!」

 十メートルほど先。木の根にもたれるように、ネオンは倒れていた。その隣で、フォルテが心配そうに顔を覗き込んでいる。

 灼熱の炎はシディアたちの背後、すなわちネオンの側から向かって来ていた。シディアよりダメージを受けていてもおかしくはない。

 駆け寄り抱き起こすと、ネオンは「うう……」と小さく呻いた。

 カーラのように酷くはないものの、ところどころに火傷を負っているようだ。

 仕入れてきた物資の袋はどこかに飛ばされてしまったが、もともと持っていた回復薬の瓶がポーチにあったはず───。

 ポーチをまさぐるシディアだったが、ふと違和感に気づいた。頭上から液体が降り注いで来たのだ。ネオンの顔面にもそれは同じように注がれた。───回復薬だ。

 見上げると、レオの愛竜・ベリーに乗ったレオとアリスが、こちらを見下ろしていた。

「悪い、防ぎきれなかった衝撃が分散したみたいだ。無事か?」

「今注いでもらった回復薬が利いてる、俺たちは大丈夫だ。……あ」

 そういえば、カーラたちは無事だろうか。

 きょろきょろと辺りを見回すシディアに、レオたちの声が降ってくる。

「カーラなら、他の隊員にキャンプへ連れて行かせた。応急処置してくれたんだろ?ありがとな」

「シディアたちがリベルカトゥスで仕入れてきたっぽい荷物も、ついでに持っていってもらったよ。回復薬はみんなに配ったらあんまし残んなかったけど」

 ほっと胸を撫で下ろすシディアだったが、レオの表情は明るくない。

「カーラも赤竜(レッドドラゴン)も危険な状態だった。……期待は、しすぎないほうがいい」

「……わかった」

 ぎゅっと、胸を潰されるような感覚があった。

 カーラのことは正直、よく知らない。親しく話すような機会もなかった。

 それでも、ひとつだけ確かなことがある。

 彼女は一番隊として、たった一人で赤目の足止めをやってのけた。

 それは十数分……否、数分のことだったのかもしれないけれど。

 誇りにかけて立派に戦い抜いた。アダマソルの民を、身を挺して守ったのだ。

「次は俺たちの番だ。行こう、いくらヒューゴとミコトが強くても、二人だけに任せていい相手じゃない」


 *****


 ───ウィレの村を発つ少し前。作戦会議にて。

「改めて確認しておきたい。赤目の能力についてだ」

 ヒューゴが室内を見渡すと、一番隊・三番隊・四番隊の主要人物たちは揃って頷いた。松葉杖をついたマチルダと、研究チームから参加している数名、シディアの知らない「なんだか偉そうな人たち」も何人か席についている。

 そうそうたる顔ぶれの中で、シディアは小さく肩をすくめた。

 隅の方で目立たず騒がず、必要なところだけ発言するつもりで参加したのだが。気づけばなぜかヒューゴの隣───つまり皆の前に立たされている。

 気まずさで顔が引きつりそうだ。今日ほど、無駄にひょろ長いこの体型を恨んだことはない。

「赤目は先の戦闘の中で、マチルダの適性魔法・分身(ドッペルゲンガー)に酷似した魔法を使った。そうだな?マチルダ」

「……ああ。あれはわたしの分身(ドッペルゲンガー)にそっくりだった。似たような適性魔法は世の中にごまんとあるだろうが、あれほど似た魔法を使ってくるとは……さすがに想定外だったぜ」

 マチルダは当時を思い出したのか、苦々(にがにが)し気に唇を噛む。

分身(ドッペルゲンガー)は一時的に自身の分身体を複数、しかも実体を作り出すことができる魔法だ。マチルダを救助した二番隊員の証言から、効果は長くて五分程度だったと推測されるが───ただでさえ強い黒竜(ダークドラゴン)が一瞬でも増えるとなれば、それはかなりの脅威になる。使わせないのが得策(ベスト)だと、オイラは考える」

 ヒューゴの視線を受け取るかたちで、研究チームのひとりが口を開いた。

「赤目が使用した魔法が、マチルダ隊長の分身(ドッペルゲンガー)と同等の魔法であると仮定した場合、分身体を最大九体まで作り出せることになります。本体を含めると計十体。分身体の能力は本体より落ちるものの、一般的な個体と同程度の膂力や魔力は持ち合わせていると考えるのが妥当でしょう。いくら精鋭揃いの一番隊とはいえ、一度の戦闘で十体の黒竜(ダークドラゴン)を相手取るのは自殺行為と言っても過言ではない。もちろん、過去に例もありません」

 ふむふむ、と相槌を打ちながら耳を傾けていたヒューゴが、ふいにシディアを見上げた。

 何を聞きたいのかはわかっている。このためにシディアが呼ばれたのだから。

「なんだよ、緊張してるのか?───皆には事前に話してあったけど、こちらが助っ人のシディアだ。ベーヌス島・ポートシーガルの港町で起きた件の分析と、対策について聞いておきたい」

 シディアはゴホン、と似合わぬ咳払いをし、強張った口を開いた。

 偉い大人に囲まれるのは、島主の息子と言う立場上、正直慣れている。

 シディアを緊張させているのは、この刺すような視線だ。悪意も敵意もない。ただ、真剣が故の威圧感。覇気が感じさせる重圧。さすがは竜騎兵団の頂上(トップ)を集めた会議である。

「えー……と。ポートシーガルで何が起きたのかは、事前に説明があった通りです。調査の結果ですが……昏睡状態に陥った人々には、共通点が二つありました。一つは平均より魔力量が少ない体質であること。もう一つは───それぞれ、何かしら悩みを抱えていたことです。もちろん、ブラッドナンバーとの距離が物理的に近かったのは大前提ですが、これは町全体が当てはまっていたことなので、個人の特徴によるものではありません」

 シディアたちが首都に帰った後、ロードリックを中心に立ち上げた調査チームが、島主ダリアに報告した内容だ。

 悩み苦しんでいる者。心の拠り所が欠けている者。大雑把に言うと、心が弱っているというのが彼らの共通点だったという。

「対策として、身代わり効果のある魔法具をお持ちしました。ベーヌスのジョセフ作なので性能についてはご安心ください。ただし、急ごしらえのため二つしかありません」

 シディアが魔法具を取り出すと、室内がどよめいた。研究チームの面々が一斉に立ち上がり、身を乗り出して魔法具をまじまじと見つめている。天才ジョセフのブランド力は国外でも変わらず通用するようだ。


 ちなみにこの魔法具、本来はアリスのために作られたものである。

 シディアとネオンは魔力量からして条件に当てはまらないため、不要と判断されたのだ。

 本当は十個ほど持たせたかったらしいが、出発までに量産が間に合わなかったらしい。さすがに一人のために十個は多いだろうと思うが、娘を想う父心なのだろう。


「ありがとう、シディア。以上を踏まえて、オイラから提案したい作戦がある。一番隊(うち)の守り神・レオの適性魔法が鍵になる───名付けて、箱詰め作戦だ!」


 その場は真面目な空気のまま、会議は滞りなく進んだのだが。

 後日、作戦の共有を受けた一番隊員たちから「作戦名がダサい」「もうちょっと良いのあっただろ」などとクレームが入ったのは言うまでもない。



   第八十八話 箱詰め作戦 <終>


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